〈古泉智浩の里親映画の世界〉vol.33『市民ケーン』 人を愛せない新聞王の、幼少期のできごと

古泉智浩「里親映画の世界」

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vol.33『市民ケーン』(1966年/アメリカ/7歳くらい/男の子/里子)

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 『市民ケーン』は僕が高校生くらいの時に歴代映画ベスト100みたいな、キネマ旬報だったかそのような雑誌かムックで堂々の第1位で紹介されていました。ちょうど折よく、地元の映画館でリバイバル上映があり勇んで見に行きました。歴代第1位の映画がどれほどのものなのか期待で胸をパンパンに膨らませて臨んだところ、あんまりピンと来なくて「これが~?」と思いました。それが今から遥か35年くらい前のことで、大学で上京して見た歴史的名作「天井桟敷の人々」も今では何も思い出せないくらい印象が薄く、「市民ケーン」についてもおぼろげな記憶しかありません。そしてこの度、「マンク」という「市民ケーン」の撮影舞台裏を描いた作品が大評判となっており、それを見るためには「市民ケーン」を見なければならないと、35年ぶりに見返すことにしました。

◇「市民ケーン」予告編(英語)

◇「マンク」予告編

 あんまり面白くなかったという印象以外ほぼ記憶から消えていた『市民ケーン』ですが、若きオーソン・ウェルズが監督主演で、おじいちゃん時代の役まで特殊メイクで演じていることなどは知っています。物語は新聞王のケーン(オーソン・ウェルズ)が1941年に、最期の言葉「薔薇のつぼみ」という謎の言葉を残して亡くなるところから始まります。その最期の言葉の謎を解くために新聞記者が関係者を訪ね歩いていくうちに、ケーンの人生が浮き彫りになっていくというミステリアスな内容です。

 ケーンの少年時代、お母さんが借金のかたで鉱山の権利を手に入れると、それが莫大な資産であることが判明します。山小屋のようなわびしい自宅で暮らしており、お母さんはケーンを銀行家に預け、いい教育を受けられるように計らいます。当時ケーンは7歳くらいでしょうか。お母さんが「この人と一緒に汽車で旅に出るのよ」と告げます。

 「お母さんも一緒に行くの?」

 突然現れた銀行家と一緒に旅に出ろと言われ、少年ケーンは戸惑い、お父さんも反対します。その背景にはお父さんの体罰などの虐待があることをお母さんは語ります。どの程度の体罰なのかは描かれていないので、見ている僕もその当時なら普通ではないだろうかと思いました。特にケーンがお父さんに怯えているような様子もありません。一緒に行こうと腕を引っ張る銀行家にケーンは持っていた木製のソリを叩きつけて逃げまどいます。しかし抵抗も虚しく銀行家に連れられて行ってしまいます。

 親元を離れたケーンは、その後両親に再会することなく銀行家の元で高度な教育を受け、一流大学をいくつも退学になりながら成長しました…という具合で実は『市民ケーン』は里親映画だったのです。成長の様子も特に描かれず、お母さんの鉱山の権利がもたらした財力で数多くの企業を買収し、資産はますます拡大していました。その中からケーンは新聞社に興味を持ち経営に乗り出します。ケーンがオーナーの会社が労働力を搾取する一方で、ケーンが経営する新聞社は資本家による労働力搾取を告発するダブルスタンダードであり、大統領の姪と結婚し、選挙に出馬し、スキャンダルで落選、離婚して歌手と結婚し、妻のためにオペラハウスを建設するなどなど、豪快に浮き沈みする人生が語られます。

 関係者をめぐり歩いても最期の言葉「薔薇のつぼみ」の謎はまるで解明されず、特に里親的な場面がなく、そういった目線で見ても仕方がないのかなと思っていたところ、ここから先、思いきり重要ポイントのネタバレです

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 映画の終盤、ケーンの豪邸に彼がコレクションした彫刻や美術などが山積みされているシーンが登場します。持ち主のいないそれらの収集品は収拾がつかず、不要と思われるガラクタは焼却処分されていました。清掃スタッフがひょいと持ち上げて炎にくべたのは木製のソリでした。ラストカット、ソリの表面には「薔薇のつぼみ」と書かれており、炎に焼かれてじわじわと燃えて行くのでした。

 少年時代のケーンが田舎の山小屋のような自宅で、銀行家を叩いたあのソリです。「ずっと持っていたんだ」と思いました。ケーンはどんなに栄華な暮らしをしても心はあの山小屋やお母さんと共にあったのか、物に満たされても、貧しくても暖かい暮らしが常に心にあったのか、と。

 当時は体罰や児童虐待への意識が今とは全く違い、養育者との愛着がはぐくめない「愛着障害」などといった概念もなかったことでしょう。素晴らしい教育を受けさせたいというお母さんの思いが間違っていたとは言えません。しかし、ケーンは人を愛する気持ちを持つことができず、どこまで行っても自分本位であると2番目の奥さんに指摘され、人を愛する代わりに物を集めることに執着している寂しい人のように描かれています。あのまま山小屋みたいな家でご両親と過ごしていたらどんな人生だったのだろうと、やっぱり里親映画として考えされられるものがありました。せめて中学校を出たくらいまでは両親と暮らしていたらよかったのではないでしょうか。そのソリも、もしかしたら山小屋の自宅の実物ではなく、同じ製品を別に入手していたのかもしれません。

 里親・里子としての養育場面は全く描かれず、親代わりの銀行家との関係は悪くなかったのですが愛着は不明です。しかしケーンの人格を物語る上での背景としての里親性は重要なポイントなので里親映画度は7です。

写真 「市民ケーン」

◇「市民ケーン」DVD販売中
発売元:アイ・ヴィー・シー
価格:1980円(税込)

古泉智浩(こいずみ・ともひろ)

 1969年、新潟県生まれ。1993年にヤングマガジンちばてつや賞大賞を受賞してデビュー。代表作に『ジンバルロック』『死んだ目をした少年』『チェリーボーイズ』など。不妊治療を経て里親になるまでの経緯を書いたエッセイ『うちの子になりなよ ある漫画家の里親入門』や続編のコミックエッセイ『うちの子になりなよ 里子を特別養子縁組しました』で、里子との日々を描いて話題を呼んだ。現在、漫画配信サイト「Vコミ」にて『漫画 うちの子になりなよ』連載中。

 〈古泉智浩 里親映画の世界〉イントロダクション―僕の背中を押してくれた「里親映画」とは?

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