反出生主義を知っていますか? ある35歳女性の告白「生まれなかった方が幸せ。子どもは持ちたくない」

海老名徳馬 (2023年7月12日付 東京新聞朝刊)
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反出生主義の考えを支持する一方、「変われないかという願望もある」と話す女性=名古屋市内で

 「私は生まれなかった方が幸せだと思っている。子どもを持ちたいとは思えません」-。岐阜県の女性(35)から、本紙に、そんな投稿が届いた。全ての人の出生を否定的に捉える考え方は「反出生主義」と呼ばれ、関連の書籍が出版されるなど注目を集めつつある。この女性もそうした考え方を支持する一方で、恋人がいて複雑な思いも。「多くの方の意見を聞いてみたい」という女性と会い、思いに耳を傾けた。 

全てに嫌気 心地いいのは「無の状態」

 生まれなかった方が幸せだと考えるのはなぜか。女性は「働くことや家族との関わり、日常生活の全てに嫌気が差している。頑張ることにも、ただ生きることにも非常に疲れた」と話す。反対に心地いいと感じるのが「無の状態」。寝ている間の無意識が好ましく、起きている間は「考えることも意識がある今も嫌」という。

 そうした感覚は幼い頃から。最初の記憶は定かではないが、小学校低学年で、両親に「私は自殺して死んだ方がいいですか?」と手紙を書いたことがある。子どもの頃からネガティブ思考で、考え過ぎてしまう気質があったと感じている。

両親から愛されていると思えなかった

 会社員と専業主婦の父母、弟との4人家族。「両親から愛されていると思えたことがない」ことも自分の考え方に影響していると感じる。両親はお金の問題でもめる機会が多かったほか、週末は趣味のパチンコに出かけるため、渡される1000円で弟と昼ご飯を買って食べた。中高ではいじめに遭い、20代の頃からうつ病で投薬治療やカウンセリングを受けた時期もある。

 うつが悪化した数年前、両親とそれまでの葛藤について話し合った。父親には「誰のおかげで生活できると思っている」、母親には「愛情を持って育てたのに泣けてくる」と言われた。「だとしたら私の受け取り方が悪かったと、自分を責める結論に至った」。同時に「自分の都合しか考えないのに、なぜ子どもをつくったのか」と両親を恨む気持ちもあったという。

「生まれれば苦痛も」ベネターに納得

 心に秘めていた感覚に名前がついたのは2年ほど前。雑誌や本で反出生主義の考えに触れた。「生まれれば快楽も苦痛もある。生まれなければ快楽も苦痛もない。この2つを比べると、苦痛がある前者の方が害悪」。南アフリカの哲学者デイビッド・ベネターの主張が「思っていたことはまさにこれ」とふに落ちた。

 趣味の読書や映画で感動することはあるが、女性には「喜びや幸せがなくて、かつ苦痛もない方がすごく魅力的」に感じる。自分が「無」でいたかったという思いが、「私の子どもは産んでいないから存在していない。なのでそこにいて、と思う。産まないのが私の愛情」という考えにつながるという。

恋人と子どもの話 変わりたい思いも

 苦痛を感じながらの暮らし。仕事もあまり長く続かず、現在はパートで生活費を得ている。「一緒にいてくれる人がいるとありがたい」と感じるため、パートナーが欲しい気持ちはある。半年ほど前にできた恋人とは子どもや結婚の話が出ている。

 いまは、自分の考えや思いをどう伝えるかが悩ましい。反出生主義を「受け入れてもらえなければ、本当にしょうがないと思うしかない。でも、この人との子どもが欲しいと思えれば幸せだとは思うし、変われないかという願望もある」と心は揺れている。

 「生まれなかった方がいい」「子どもを産まない方がいい」。そんな考え方への意見や女性へのメッセージを下記の「すくすくボイス」欄からお寄せください。取材に応じてもいいという方は、メールアドレスなどの連絡先も記載してください(連絡先はサイト上に公開はされません)。反出生主義の専門家の話とあわせて、後日公開します。

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なるほど!

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グッときた

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すくすくボイス

  • 刺身 says:

    幸福と不幸の感じ方にバランスが崩れることでこのような状態になるのだと、自分自身同じ状態に陥ったことで理解することができた。

    とはいえ、薬を飲んで一時的に状況を改善しても根本的な解決には至らずどうしたものか困っているのが現状。
    特別いじめられたり虐待を受けたこともなく親にはそれなりに愛されていたはずだけれど、自身の言動や感覚が周囲に理解され辛く家庭では薄っすらと疎外感を感じていたのも事実。

    心の理解者の不在が自身のの存在否定に繋がり不幸優位の精神状態を引き起こしているんだろうなと勝手ながら推測しています。

    刺身 無回答 20代
  • みん says:

    いつも考えていたことが、反出生主義という名称がついていたことを初めて知りました。

    頭と耳と首に帯状疱疹後と考えられる神経痛があり、大学病院で治療をうけています。痛みで夜中に目が覚めて頓服を飲んだところで、生まれてこなければこの痛みも無かったと考え、このサイトを偶然見つけました。

    わたしは実母を20日前に亡くしたばかりで、その悲しみも癒えてはいません。・・・本当に私は存在したくないです・・・苦しい、痛い、痛い!

    みん 女性 50代
  • はな says:

    共感しました。(反出生主義という言葉は初めてしりました。)

    私も自分が生きている意味を小学生の頃から疑問に思っていました。今ここに存在していなかったらよかったのに。とか、みんなの記憶から自分の存在を消し去って、自分自身なかった事にしたいと今でも思ってしまいます。

    よくよく思い返すと、小学生の頃、母親に何で私を産んだの?と質問したところ、当時は結婚したら子供をもつのが普通だった。(私には姉が1人いるのですが)世間体には2人子供が欲しかった。と、いうような事を言われ、世間体のために生まれてきたんだと考えてしまっているのかもしれません。

    ショックだったのか、自分の心が頭がよくわからない感じです。楽しい事もよくわからず、世間体の為に生きるのって辛いです。テレビなどで、病気や事故、災害で亡くなった人の事を知ると、私が代わってあげられたらとも考えます。

    こんな私ですが、結婚はしたかったのでご縁のあった方と結婚をしましたが、子どもはいません。子どもが私のように生きているのが辛いと思う可能性があると思うと恐ろしいです。

    夫も子どもは結婚する前からいらないと宣言していたので、私たち夫婦では子どもは産まない方が良いと考えています。けれど、子どもが嫌いな訳ではないです。この世に生まれてきた子どもたちには元気に平和に育って欲しいです。

    はな 女性 30代
  • 無銘 says:

    皆さん記事、大変興味深く読ませていただきました。私も反出生主義に賛成です。

    私は、3人兄弟の末っ子で、幼少の頃に常々、「お前は付録のようなもの」と母親や兄姉から言われ、そうなのだと考えてきました。家の中もいつも金銭に関わるトラブルで満ちていました。両親のギャンブル癖が原因です。よって、自分は塾など行ってはいけないと、自分で勉強をしていました。一浪したのですが、親に迷惑は掛けられないと、世間では珍しい自宅浪人をしました。

    大学に入っても、とにかく奨学金をもらいながら勉学に励み、卒業後、一度、就職し資金を貯めてから大学院に進学しました。最終的には博士号を取得して、現在、某国立大学で教授をしています。

    努力して努力してもそれなりの年収と地位を得ても、生まれてきて良かったと思えないのです。反出生主義というのが、ピッタリですね。

    ただ、好きな人ができ結婚して、子供ができました。息子は29歳で就職して自立しています。自分のためにお金を使えないこともあり、老後の資金も、億を超える金融資産があります。

    普通に考えると幸せ、と思われるでしょう。それがそうでもないのです。幼少の頃の、お前は生まれてこなくても良かったと言われた、トラウマが今でも残っているのでしょう。

    息子には、自分の親からしてもらえなかったことをしたいと、過保護なほど、愛情を注いだと思います。金融資産も全部遺してやろうと思っています。この世に召喚した、お詫びです。

    妻や息子を会えて良かったとは思うのですが、生まれきて良かったまではないかもしれません。幼少期のトラウマって、脳を傷つけるのですね。人の脳って、複雑。。。

    無銘 男性 60代
  • 柴野蘭 says:

    この世は、暴力、殺人、事故、病気、嫉妬、妬み、差別、災害、戦争にあふれている。なのに自分達の幸せの為に作る人たちが理解できない。それだけじゃなく犯罪に巻き込まれる可能性もある。

    それをわかってて作ってるなんて正気の沙汰とは思えない。そして子供に不幸があれば神様のせいにして自らの事は何も責めない。自分が原因を作った事を忘れてる。

    この世が幸せに満ち溢れてて、犯罪もお金の心配も人間関係の煩わしさも、見た目の優劣も身体的な差別も無い世の中ならもしかしたら作るかもしれない。

    子供だって成長して大人というものになって社会に投げ出され、生きるためと国への奉仕の為にイヤな思いをしながら必死に働かないといけなくなる。簡単に人生という苦しいものをおしつけないでほしい。

    柴野蘭
  • 匿名 says:

    生まれなかった方がいい。意見に賛成の立場です。私は発達障害があり、子供の頃からいじめられたり無視されたりしました。成人してもコミュニケーションや仕事がうまくいかず、職場で「使えない」と言われ、親に「あなたが普通の子だったらなぁ」と言われたこともあります。家族には言えませんが、毎日生まれてきて申し訳ないと思っています。

    こんな負の遺伝子を残さないため、また周りに迷惑かけないためにも、結婚、出産は諦めております。話が逸れていれば申し訳ありません。反出生主義に賛成の立場です。

     女性 20代
  • 匿名 says:

    記事を読んでの感想。激しく同意です。本当に、生まれたくなかった。

    私にはasdがあり、今の日本社会に馴染めない、両親からの虐待の思い出はハッキリあっても、愛情の思い出や感覚は全くない。

    生まれたら苦痛しかない。生まれなければ苦痛はない。

    匿名 女性 30代
  • ちょっぱぁ says:

    この記事を読んですごく共感しました。私もどんなに楽しいことや嬉しいことがあっても「生まれてよかった」「生きてきてよかった」と思ったことはありません。どんなにいいことがあっても生まれてこなければよかったという思いを打ち消すことはできません。

    両親が6歳の頃に離婚。父はギャンブル依存性で養育費も慰謝料も払わず、母はお酒を飲んでは「あんたなんか産まなきゃよかった」と言っていました。そして「あなたも将来父親のようなろくでなしになる」と言われてきました。

    私は望まれていないのに産まれてきたことが悲しく、同時に必要ないのになぜ産んだのかという怒りを覚えました。散々父親に似ると言われたため、このダメな遺伝子を残すことがためらわれ子供は欲しくありません。

    あんな父親と母親から受け継いだ遺伝子で、私も自分のことが嫌いです。こんな遺伝子残さない方がいいと思います。色んな方に子供は産むべきだと言われましたがどうしてもこの考えを変えることはできません。

    同じ考えの人がいてよかったです。こういう考え方の人がいるともっと世の中に知ってほしいです。

    ちょっぱぁ 女性 40代
  • 佐伯 says:

    幸せな家庭だと思う。ネグレクトもない、でも触れずに囲ってにこにこしているような感じ。
    不登校になった時、それから15年間両親の中が悪くなった時。今でもずっと苦しい。
    自分のせいで誰かの人生が変わってしまうのが怖い。この遺伝子は自分で終わらせたいです。

    佐伯 女性 20代
  • きよ says:

    20代くらいの頃に「子供が欲しい」と言う言葉を聞くと違和感を覚えるようになりました。私にはエゴイズムのように思えます。もし「あなたは生まれたいですか?」と事前に確認をとってくれるのであれば私は生まれない選択をしたと思います。

    人は1人では成長できなくて周りの人に支えられて育つ。今の自分があるのは周囲の人が関わってくれたからだというのは分かっているのですが、それでも人生は楽しい事ばかりではなく。むしろそれ以上に辛い事や苦しい事、将来への不安や死が常に付きまといます。。

    そんな世界に、子供が欲しいからという理由で産み落とされて、ある程度大きくなったら「ひとり立ちしてね」というのは私には納得がいかないのです。私がいつ生まれたいと言った?と。母には育ててくれてありがとうと心から思っていますが、産んでくれてありがとうと思った事はありません。

    結婚して3年目、30代も後半を迎え周囲からは「お子さんは?そろそろ…」と声をかけられる事も多くなりました。「全然考えてないです!」とサラッというようにしていますが、正直ストレスです。結婚=子供という構図も謎しかありません。私が結婚したのは日本の法律だと色々と不利になる事が多いからで、子供が欲しいからではないのです。

    しかし、周りはさぞ当たり前かのように「早く産んだ方がいいよ~」などと言ってきます。私の頭がおかしいのだろうかと思う事もありますが、反出生主義の方のご意見を聞くと、私が持ってる違和感と同じだ。と安心します。

    私には甥がいますが、その子は可愛くて仕方がないです。生まれたからには幸せになってほしいととても思います。私の意見としてですが、生まれてしまったならば出来る限り幸せに。だけど、人は生まれずに緩やかに人口が減少するのが理想的だと考えます。

    反出生主義だと言うと怖がられそうで公にはできないのですが、私にも愛情がないわけではないのです。むしろ自分勝手に、子供が欲しいという理由だけで過酷な世界に引きずりこむ方が私には恐ろしくさえ感じます。

    きよ 女性 30代
  • nico says:

    私はこれまでいわゆる「幸せな人生」を過ごしてきました。両親に大切に育てられ、夢だった仕事に就けて、結婚をして、家も買いました。今は仕事でつまずいてしまいうつ病治療中ですが、転職することが決まっています。

    両親からも、子供は産むんだよね?という圧を感じます。先日父親には、「子供は産んだ方がいい。老後に面倒見てもらう人がいなきゃ困るし、施設に入るにも保証人が必要だ」と言われました。母にも、以前転職を機に一時的に地元を離れることを考えた時に、「え!私たちの老後はどうするの?お金おろしたいときどうすればいいの?」と言われたことがあります。

    その時、私は介護要因として産まれたのかな?と思ってしまいました。もちろん愛情をもって育ててくれていて、それは分かっているのに…言われなくても親の介護はするつもりでしたが、はっきりとそう言われると辛く感じる部分があります。

    私は、子供を介護要員としては一切見ていません。お金をちゃんと貯めて、1人でも生きていけるように備えたいと考えています。

    もし産んだら、幸せに生きていけるように全力でサポートしたい。そうは思うのですが、産まないことが最大の愛なのではないかとも思ってしまうんです。日本の未来を憂うのもありますが、生まれてくる子供に、病気・怪我・死等の恐怖を感じさせることにすごく抵抗を感じます。幸せな気持ちも感じさせてあげられるかなと思いますが、辛い気持ちをひとつも味わせたくないんです。

    「人生は幸せか不幸かは子供が判断することだ」という意見を見ましたが、それは無責任でとても違和感を感じます。

    でも、私自身としてはそんなことをゴチャゴチャ考えなくてもいいなら子供は欲しいんです。子供はとても可愛いと思います。だからこの考えを変えたくて、色んな人の意見を参考に出来たらと思ってこのサイトにたどり着きました。

    まだこの考えに対して答えは見つかっていないのですが、反出生主義から考えが変わった方がいらっしゃったらその方のお話を聞いてみたいです…。

    nico 女性 20代
  • ひこ says:

    かつて結婚していました。現在は独身、40代前半男性です。「反出生主義」という単語を初めて目にしました。私がうっすらと抱えていたものはこれか、と。

    自分のような遺伝子をこの世に残したくなかったため、子供は作りませんでした。先日上司との他愛のない会話の中で、「独りなんだし、子供もいないし、もっといろんなことができるよ」というような意味合いの言葉を言われたのですが、その意味がよく分かりません。

    結婚して子供がいることが優なのでしょうか。結婚して子供がいると大変だと言いたいのでしょうか。結婚もしていなくて子供もいないお前は時間や金があっていいな、と言いたいのでしょうか。結婚して子供を作って育てるという選択をしたのはその人自身なのに?

    若い頃から自分のことが嫌いで、好きだった相手と結婚はしたものの、その感覚を拭いきれずに悩み倒したこの人生が劣っていると言われるのはいささか気分がよくないもので。

    ひこ 男性 40代
  • 匿名 says:

    自分が生まれてこなければよかったと常に考えて生きているため、新しく人間をこの世へ生み出すことに激しい嫌悪・罪悪感があります。

    自尊心が低く育ちも良くないため、他人や組織から搾取され今まで苦労続きでした。既に辛酸舐め尽くして疲弊しきっており、自分一人生きていくことすらままならない状態です。(両親からの虐待、学生時代の性被害、パワーハラスメントによる精神疾患からの離職、自殺未遂がありました)

    幸い、精神状態が落ち着いたので今は労働できていますが、薄給で生活は苦しく、またいつ病気が再発するかもわかりません。

    何より、他人を信じることができなくなったことで毎日が苦しいです。ただ弱く生まれたというだけで、悪意のあるものに利用され傷つけられて壊されるような世界なら、生まれたくなかった。その弱さの原因も、突き詰めれば自分の育ちや性格となればもう直しようがないです。

    二度と生まれたくないし、生みたくない。

     女性 20代
  • めい says:

    私も生まれなかったほうが幸せだったと感じているため、子供を産みたいとは思えません。
    家族間の不和や自分の社会適応力の低さ・恵まれない容姿に苦しみ、嫉妬や自己嫌悪に悩まされ、常に喉元につかえを感じながら生きてきました。

    自分の遺伝子を引き継がせ、同程度の「手持ちカード」でサバイバルさせることが非常に心苦しいため、結婚した今でも子供を産みたいとは思えません。子供の幸せを願うからこそ産めないのです。

    もし私が恵まれた楽しい人生を送っていたら、考えも変わっていたかもしれません。
    しかし、深刻な社会問題が山積していて、どれだけ手を尽くしても子供がその当事者になりうる現実がある中で、自分の子供を産みたいとやはり思えないでしょう。
    幸せな一生を送れる可能性が低い状況下で、子供を産むことは高リスクのギャンブルです。

    めい 女性 20代
  • みぃ says:

    私も自分が生まれてこなかった方がよかったと思っていますし、子どもを産まない方がよいと思っていますし、実際に子どもはいません。

    そう思うに至った理由はいくつもありますが、一番大きな理由は障害を持つきょうだいがいることです。最重度知的障害者の妹がいます。知的障害は本当に大変です。どうしても妹にばかりエネルギーを割かざるを得ない家庭に育ち、私のことは放任に近い状態。親にさえ気にかけてもらえず、いつも空虚な気持ちを抱えていました。

    私が子どもは絶対欲しくないと思う理由は1つには障害者を産む可能性は絶対ゼロにはできないからです。私は絶対に障害者の親になんかなりたくなかったし、多分普通の人より遺伝的に子どもが障害者になる確率は高そうなので、自分が子どもを産むなんてあり得ないと思いました。

    子どもはいらないと思う他の理由としては、人間はつくづく不公平だと思うからです。世の中には例えば医者でありながらピアノでも才能を発揮している、などという人がいます。天は二物も三物も与える。一方で私のように何やってもパッとしない人もいる。世の中恵まれた家庭に生まれ、習い事もたくさんさせてもらい、塾にも行けて、中学受験する子どももたくさんいる。一方で私のように望んでもどれひとつ叶えさせてもらえなかった人もいる。「親ガチャ」ではありませんが、どんな家庭に生まれたかで能力を伸ばせるかが違ってきてしまうのは本当に理不尽だと思います。

    他にもいくつも理由はありますが、とにかく子どもが欲しいとは全く思えませんでした。

    地球環境も悪化していますし、日本は災害も多いですし、これ以上人間が増えない方がいいと思います。

    みぃ 女性
  • 匿名 says:

    挨拶代わりに「反出生主義、万歳!!」。よく考えるほど、生きている意味わかりません。私自身、生まれつきの知能・精神の障害で親にいまいち理解されず、勉強も運動も駄目。友達なんてできる理由もない。40代なると腎不全で人工透析。そこで、母は末期の認知症で胃瘻。収入は障害者年金だけで劣等感だけの人生でした。私にとって子孫を残すことは、末期がんになるより恐ろしいです。

     無回答 40代
  • こーちゃ says:

    私は小学生の頃に、親に「どうして私を生んだの」と聞いたことがあります。すると母は、「3人欲しくて双子の兄を死産したから、T(私のお兄ちゃん)とあんたと弟を産んだ」「双子が生まれていたらあんたなんか産まなかった」と言われました。

    それを聞いて、私は双子の代わりに生まれたんだ、双子が生まれていたら私なんか必要なかったんだ、と思いました。(言い方的に私を生んで後悔してるように感じたので)

    弟が知的障がいを持っており、仕方ないのですがその分私へのプレッシャーがすごくて、怖くてストレスです。私がテストや体育の成績が悪いときも、双子の兄ならきっと頭が良かった、成績が優秀だった、親は運動神経が良いのになんであんたは何もできないんだ、あんたは親を怒らせるために生まれてきたのか、お前が生まれると知っていたら産まなかったのに、などの言葉を小学生の頃からずっと言われてきました。

    その言葉のせいで、自分はどうでもいい存在、生まれてこなくてよかった存在と今でも思っています。何もかもどうでもいいし何をするにも嫌で辛いです。自分は生まれなかったほうが良かったです。この気持ちは多分変わる事はないと思います。

    自分の親が嫌でトラウマになっているので、自分も親になったら子供にトラウマを植え付けてしまうのではないかと思い、子供を育てる覚悟も幸せにできる自信もありません。なので、自分は子供を産まない方がいいと考えています。

    こーちゃ 女性 10代
  • あこ says:

    物心ついたときから「生まれてこなければ良かった」と思い、今に至ります。父は日常的に、母と自分、妹に暴力を振るっていました。両親はセックスレスだったらしく、父は週末、愛人の家に泊まってました。

    両親は50歳を過ぎて離婚しましたが、正直「遅すぎる」と思いましたし、母に対しては「なんであんな男の子どもを産んだのか?」という苛立ちもあります。

    いま、ゲイのパートナーがいます。友情結婚をする予定です。恋愛結婚なんて考えられません。子どもは絶対に欲しくありません。

    あこ 女性 30代
  • べにお says:

    2019年から反出生主義を知り、共感できる点しかなかったので支持しています。

    少子化で国が危ういのに、体も年齢も産める状態の女性がそんな選択をするのは非国民だという意見を聞いたことがあります。

    成人して税金は等しく払っているにも関わらず、手厚い社会的援助は子のいる家庭に行なわれ、反出生のように子を持たない人は肩身が狭く、仕事でも尻拭い。

    自分達のエゴで子を生み出した人たちの方が、良い思いをしていく世の中にさらになっていくでしょう。

    それでも私は人間の世界を続けていく意義はないと思っているし、人類は地球の癌だと思っているので、考えを変えるつもりはないですし、安楽死制度の導入を待ち望んでいます。

    べにお 20代
  • わん says:

    子どもを持つ方数人に、SNSで匿名で「なぜ子どもを産んだのか」聞いたことがあります。返ってきたこたえは「ほしかったから」。そこを更になぜかと聞くと「仕事辞めたかったから」「子どもができたら結婚を許してもらえると思ったから」「なんでだろう」という絶望的なこたえが返ってきて、それ以上の人に聞くのをやめました。

    私には「ほしいと思うから産む」の意味がわかりません。ほしいけど、産んだら、その子の人生なわけで。人の人生を勝手に作っていいの?その子に何か辛いことがあったときに責任がとれるわけでもないのに?などと思います。なんなら大人になったら衣食住自分でどうにかしてね、自分の力で生きていってね、なんて。勝手に産んどいてどういうこっちゃと思います。

    たまに「あなたが生まれたいと願ったから生まれてきたんだよ」なんてことを言う人がいますが、そんなのどうやってわかんだよ、子どもを産んだ人が自分のしたことを正当化するために子どもになすっているだけだろ、と思います。

    生まれてくることは自分で選べないのだから、死ぬときは自分で選びます。「命は尊い」などとよく聞きますが、今の私にはその意味はわかっていません。

    わん 女性 20代
  • akari says:

    独身時代は「結婚すればいつか子供が欲しくなる」と思って結婚し早3年。子供は大好きだし、子供を作る金銭的余裕もある。

    しかしどうしても「私は本当は生まれてきたくなかった」という気持ちが強く、同じ思いを子供にさせてしまうのではないかと思うと怖くて仕方がない。

    そして「本当は生まれてきたくなかった」という気持ちを抱えながら日々を生きることに精いっぱいで、そんな自分が「子供という他人」の命を背負いながら生きていく自信がない。

    でも子供が大好きな夫がお父さんになれない機会を私が奪っているのが申し訳ない。私と結婚しなければ子供を抱けたのではないかと思うと死にたくなる。

    先日の健康診断で子宮に異変が見つかった。今から病院に行く。この異変が病気だったとしても、病気じゃなかったとしても、私にとっては地獄だし、夫にとっても不幸。

    akari 女性 30代
  • 匿名 says:

    私の家庭はとても恵まれていると思います。父親も母親も私のことを考えていてくれていて、そのおかげで夢だった職業にも就くことができました。

    しかし、その幸せがあるからこそ「自分が子どもを産んではいけない」という考えに行き着きました。私が親になった時、両親の様な子どもの為になるような親になれるとは思えませんし、むしろいわゆる毒親になってしまうと思っています。

    それに子ども自身に「生まれたい」と同意を得られないにも関わらず両親の都合でこの世に生まれさせてしまう事にも罪悪感をおぼえます。子どもを勝手に生まれさせておいて、その子が生きる過程で「生まれてきたくなかった」と感じさせるのはとんでもない罪だと思います。

    それなら両親が自分達の「子どもを産みたい」というエゴをぐっとこらえて自分達だけで幸せに生きていった方が健康的なんじゃないかなと感じます。

     女性 30代
  • ぱん says:

    生まれてこなればよかったと思っている1人です。

    反出生主義にも賛成です。が、全て賛成ではありません。自分の人生に頑張る価値があると思ってる人は生きたらいいし、子供も産めばいいと思います。つまらない人生と思いながら生きていて子に興味もないみたいな人は産まないで欲しいです。

    反出生反対の人が反出生賛成の人を叩いたり、反出生賛成の人が反出生反対の人を叩いたりもよく分かりません。なぜ考え方を押し付けるのか。

    生きたい人が生きて、生きたくない人は遺産を国にどうぞして安楽死できる(犯罪者除く)ような制度ができないかななんて夢見ています。

    ぱん 女性 30代
  • 木の実 says:

    私は幸せな家庭で育ちました。父も母も優しくてやりたいことは何でも挑戦させてもらえて、何不自由なく生きてきました。色んな団体で活動したり海外で働いたら、他人からはアクティブで悩みなどないような人間に思われていることも多々あります。

    でも苦しかった時間が多いです。何にも手がつかなかったこともあります。精神科に通いましたが鬱ではありませんでした。

    でも気分を安定させる薬は持っていたことがあります。調子がいい時と悪い時の差、バイタリティが高い時と低い時の差がとても大きく波のある人生なので、自分を見失うこともありました。

    何百人もの前でプレゼンしたりリーダーとして活動する時があれば、人前に出るのに動悸が止まらず息苦しかったら誰とも会えなくなる時もあります。

    でも、多分病気ではなく性格です。

    長くなりましたが、楽しい事もたくさん経験してきましたが、理由なく苦しい時間も多くありました。苦しさから脱するために何度も奮い立って何かに挑戦したり、何もしなかったり、とにかく良い方向への転換を目指して、結果楽しさを得てきました。でも、その時間が辛いことの方が多かった。

    本当に大好きな人と出会い、相手方の家族も素敵な人で、何は自由ないこんなに恵まれた人生なのですが。

    常に苦しい自分がいます。生きてる以上、よりよい人生が得られるように頑張っている感じです。生まれてきた事、出会い、人生には感謝していますが、もし生まれるか生まれないかを選べるなら、生まれなかったと思います。

    無が1番いい、ということが心からわかります。

    だから、でしょうか。来年結婚するのですが、子供も好きだし自分と彼から生まれる子に会いたい気持ちがありますが、産まない方がいいと思っています。どんなに楽しくても、自分の遺伝子が含まれる以上、私みたいな思考を持って生まれるのではないかと思うからです。

    親がどんなに優しくても、いい家庭でも、子供に好きなようにさせてあげたとしても、幸せな人生だと思うことがある自分でも、結局は生まれなかったら良かったと思っている自分。親がどんなに子供を幸せにしようとしても、結局はその子次第。

    自分のエゴと興味(彼と自分の子はどんな子だろう、という)だけでいうと子供は欲しいですが…。

    真剣に考えるほど、子供を作らないほうが、負を生まないと強く感じています。

    木の実 女性 20代
  • クマの妻 says:

    反出生主義という言葉は、私が子供の頃から抱いていた感覚にほぼ当てはまるように感じました。

    ただ、私の場合は母性遺伝の可能性が否定できない病気を持っており、小さな頃から子供を産まないと決めておりました。生まれてきた子供がもし、障害をもったらと考えると暗くなるだけでしたから。

    なので、30代で恋人ができても、両親には黙って付き合っていました。彼は子供はいてもいなくてもよいという主義でしたので、なんとなく付き合いが長くなり、ようやく40代前半で籍を入れ、お互いの両親に紹介しました。そこまでの年齢までくれば、互いの親から孫を望む声はなくなるかと思ったのです。

    クマの妻 女性 50代
  • ねこご says:

    同じような気持ちで生きてきたので、驚きました。わたしも、ばく然と、生きてることの苦しみを感じ、家庭をもつことに対して現実的に思えないまま年を取りました。

    内心では、憧れはありました。家庭をもっていないまま年を取ることへの危機感もあります。

    四苦八苦、一切皆苦…など、仏教の言葉が浮かびました。苦しい、というか、変化して安定はしない、という感じらしいですが…。そういう意味では、今の考えもまた、溶解し変化している最中と言えます。

    ちゃんとした温かい家庭だったら…と思います。人の心に配慮したような。なんでTVは親子の問題を取り上げたりCMしないのだろうと思ってました。

    親も大変だったんだな、と今ならわかりますが、やはり悲しいばかりです。

    今はこんな自分を変えたくて、学び直しています。オープンにして相談したり、明るい価値観を築こうと、試行錯誤です。

    つらいことは多いです。開示すれば、まわりも同じようなものだったり、もっとひどかったりして、視野が広がりますが、だからといって、あまり救われません。

    知り合いを見てると、自分を助ける力を持った方は切り開いて、しっかりと生きている気がします。逆に、親に空け渡しすぎて、管理や権利を委譲してる人は、無気力になっていったような気がします。

    反出生主義のような気持ちは、相反する気持ち、『より良く生きたい、生きたかった』という気持ちから生まれたもので、その方の心の叫びと思います。

    悲観的になってしまいがちですが、この世は苦しみを、少しでも自他に優しくあることで、生まれてくる子どもも、今を生きる人も、みんな祝福し、幸せであるようにと思っています。

    ねこご 女性 40代
  • 匿名 says:

    反出生主義という言葉を初めて知りました。

    幼い頃から生まれてこなかったら楽だったのにとずっと思っていました。周りから理解されることはなく、生まれてなかったら楽しい思いもしてなかったでしょ、とよく言われます。

    楽しいと思うことは日々ありますが、生まれてこなければ楽しいも悲しいも辛いも関係なくゼロの状態なので、生まれてよかったという気持ちになったことはありません。

    母からは産まなきゃよかったとか、父は堕ろすように言ったけど母がどうしても産みたくて産んだと言われたことがあります。堕ろしてくれたらよかったのに、と本当に強く思っています。

    家庭も少し複雑だったため、もし子供が出来て同じような境遇になったら可哀想というのと、自分の遺伝子を残したくないという気持ちがとても強いです。

    そもそも人を好きになることが出来ないし、人から好かれることもないのでパートナーもいません。これからまだ人生半分残っていると思うとうんざりしてしまいます。

    家族がいるのでまだ死ぬことはできませんし、1人になったとしてもおそらく死ぬ勇気がないので、死にたい、辛いと思いながら生きていくと思います。

    反出生主義という言葉があるほど同じ思いをしている人がいると思うと少しだけ気持ちが軽くなるような気がします。

    日々死にたいと思いながら生きているのは辛いので、普段はこの気持ちに気付かないふりをしてふざけて過ごしていますが、ふとした時にどうしようもなく死にたくなります。

    長くなってしまい言葉も整理出来ませんが、気持ちを吐き出させていただきました。ありがとうございます。

  • 匿名 says:

    反出生主義という言葉や考えがあるのは最近知ったのだけど、考え方がまんま当てはまってたから知った時はビックリした。

    自分も昔から反出生主義の考えだった。周りにも言えない。人間(世間でいう子供)を作らないのが1番の愛だと思っている。こんな残酷で醜い世の中に作りたくない。病気になるかもしれないし事故に遭うかもしれない、誰かに命を奪われるかもしれない。そして自分のように苦しんで悩んでほしくない。こんな弱肉強食な厳しい社会に揉まれてほしくない。自分の幸せの為や「できたから」とか「孫の顔を見せてあげたい」とか「子育てがしたい」とか「自分」の為には作りたくない。

    もっと考えはあるけど長くなるからこの辺で終わります。

     無回答 無回答
  • 匿名 says:

    私も産まれてこなかったら幸せだったのかと何回も思いました。親に死にたいと言ったら「冗談でもそんなこと言ったらだめ」と言われました。私はこのまま生きていても幸せになれるとは思いません。かと言って親に相談する勇気もありません。昔は生きる理由があり、「友達に会いたいから」だったと思います。今は生きる理由なんてありません。私は周りとなんか違うと思います。

     女性 10代
  • はる says:

    今のような世界に子どもを産むことはできないと感じています。もちろん幸せもあるでしょうが、産んだとして、その子が幸せになる道を示してあげられる自信がありません。その可能性が高いなら授かりたいですが…。

    産んだら全力で幸せになれるようサポートしたいですが、現代はそんな余裕はないし、結婚も今までの家庭環境でいろいろとあって辛い思いをしたり、職場の人間がセクハラや不倫をしているのを見たりすると、結婚ってなんなんだと…。

    仕事、子育て、PTA、町内会、親戚、兄弟、家のこと…。そんなことを考えると、先に記入されていた方も仰っていましたが、私の中にはいるかもしれないけれど、その子をこの世に産むことはしたくない、という考えに至ります。

    なんか、老後どうするの?子ども欲しくならないの?結婚しないと老後、寂しいよ。え、もうその時点で自分のためじゃん。子ども自身のことは?ってなります。親のエゴなんじゃないかと思ってしまいます。介護させたり労働させたりするために産むわけじゃないって思います。

    まあ、あまりこういう考え方をされる人は周りにいないですが、この場があってよかったです。

    はる 女性 20代
  • 匿名 says:

    「産まれたい」という意志とは無関係に、この世に出生したは良いが、親からは人格否定と捉えられる数々の暴言、一種のネグレクト、興味を示してもらえず、褒めて貰えない、食事は貧しかったこともあり白飯に具材の入っていない味噌汁のみ。そんな食事環境のため成長できず、思春期はチビチビと言われ、虐められる。幼少期心の傷は癒えないまま大人になったためアダルトチルドレンで生きづらい生活を送り、本当に毎日が苦しい。

    そしてこんな自分でも好きだと言ってくれる相手と巡り会えて結婚出産を果たしましたが、自分が幼少期に親から育てられたようにまるで同じように子どもに接しており、まさに「この子達は産まない方がこの子達にとって幸せだったのでは、、、」と強く思う。

    それ以前に自分が産まれてこない方が楽だった、幸せだった、この世に生を受けたけど幸せだった記憶があまりない。妊娠がわかっても嬉しくはなかったし、結婚しようと言われても、この人を逃したら自分と結婚してくれる人は現れないだろうなと感じて結婚に同意したし。いつも受け身、自らにすら興味がないのでこの世から消えてなくなりたいけど、今突然居なくなったらこどもが可哀想なので頑張っている感じです。ほんと独身だったらこの命どうでも良い。

     女性 30代
  • 匿名 says:

    自分は生まれてきたくはなかったし、キャパが小さいので育てている間は投げ出したいこともあったけど、我が子がいてくれてよかったと思う。人生は辛くしんどいことが多いゆえに、我が子が少しでも楽しい時間をすごせるよう願っているし、できることはしてやりたいと思う。

     女性 50代
  • タケ says:

    私もずっと生まれてこなければよかったと考えています。親には人並みに育てられ、いじめなどの経験もなく、人並みに過ごしてきました。しかし、夢が叶ったこともなければ、ほしいものは手に入らないまま。心が満たさるた経験がなく、この凪のような人生に意味があると思えません。生きているだけで煩わしく、そのうち自分を産んだ親を許せなくなりました。病にかかり老いた両親をどうしても許せず毎日つらく当たってしまい自己嫌悪を繰り返しています。優しくしたいけど、どうしても許せないのです。親より先に死にたいのです。私が生きていても誰の喜びにも希望にもならないし、もう全部やめてしまいたいと毎日考えています。生まれたくなかった。反出生主義という言葉はこの記事で初めて知りました。

    タケ 女性 30代
  • 匿名 says:

    気がつけばこの世にいて、一緒にいたいかどうかもわからない家族といて、行きたくもない学校に行かせられて、親や先生の言う事をきかせられて、じっと座って授業を受けさせられて、勉強や運動を頑張らされて、長時間仕事をして、人間関係やお金に苦心して、親の介護をしなくてはならず、自分の健康もままならず、孤独や老後や死の恐怖におびえる。地球環境は破壊され、戦争はなくならず、政治には期待できない。生まれてきたくなかった。
    でも自ら死ねないのでなんとか人生を全うするしかない。

     女性 50代
  • みー says:

    とてもよくわかります。

    生きていても辛いだけだし、出来のいい兄だけで十分だったじゃないかと思います。実際母親には「お兄ちゃんに期待とかが集中するといけないと思って、あんたを産んだ」と言われたことがあります。本人は世間話の一つとして軽く言ってました。言われた方は「そんな理由で?じゃあ産まないでよ」と思いました。
    強制的に人生スタートさせられた気分です。

    育児も向いていないことが産んでからわかってしまったし、こんな世に、こんな母親の元に子どもを産み落としたことを今は後悔しています。しかも子供は障害を持って生まれました…。私のこれからの一生は子供に捧げることが決定してしまいました…。向いてないのに…なんで子どもを望んでいる人のもとに生まれなかったの…?

    旦那に「こんな世の中に産んでいいものかと考える人もいる」と話したら、
    「あなたくらいでしょ」と言われましたが、こちらの記事やコメントを読むと、私だけじゃないと勇気をもらえました。

    私も周りからの産め産めコールに流されずに、あの時感じた「私は本当に子どもが欲しいのかな?」という違和感を大切にしていれば良かったと、後悔しかありません。

    子どもが将来、もし無事に福祉との繋がりも持てて、私がいなくなっても良くなったら、この先の幸せを引き換えにしてもいいから安らかに眠りたい…と思ってしまう日もあります。

    みー 女性 30代
  • あーちゃん says:

    わたしも、反出生主義的な感覚を抱いています。

    がんばってがんばって、何度も折れて挫けそうになっても、親の誇れる子供として生きていました。摂食障害、いじめ、うつ病を経て、それでもそれらを乗り越えて今、医師として仕事をしています。他人の命を救おうとしながら、生きたくないわたし自身。アンビバレントな日々に引き裂かれそうです。

    長時間労働の中、自分を削りながら仕事をしていて、これが生きたくないわたしのある意味での免罪符のような気がしてなりません。

    世の中にはこんなに生きたい人たちがたくさんいて、感嘆すると同時に、どうしてこの世はこんなに不平等なのだろうと思います。

    わたしは生まれたくなかった。こんな人生望んでいなかった。笑顔を貼り付けて、虚勢を張って、他人から見ればわからないでしょうけど、わたしの心は干害のごとく乾いています。

    この心が再び潤う日なんて来るのでしょうか。それこそ神なんてものがいればですが、神のみぞ知る、のでしょうか。

    あーちゃん 女性 30代
  • なつめ says:

    私も苦しむ度生まれたことを、酷い時は産んだ両親を恨んできた。

    悲観的なことを目を向けるよりも、もっと楽な生き方があるのは分かりますし誰かに相談する度言われます。
    ですが、そう出来ないのが現状で何の解決にもならなくてそれが苦しいのです。

    産まないことが自分への救いにもなると私は考えます。
    人類を存続する理由も全く分かりません。

    子孫を残さない人に対して、老後他人からの支援を受けるな、などと言う声もあるでしょう。

    そこからまた、新たな悩みが生まれます。安楽死を認めて欲しい。
    どうにかして生きようとしなくても良いと思いたいですね。

    なつめ 無回答 20代
  • 匿名 says:

    私は自分の子供を心から愛しています。
    それゆえこの地獄のような世界に子供を産み落とさないのです。

     男性 40代
  • 殻剥き says:

    散々母親に産むのでは無かったと幼少期に言い聞かされ20歳を超えた現在、やっと大人になって親の言うことも気持ちもある程度分かってきた年齢になったと母も分かったのでしょう、まるで手のひらを返すように産んで良かった、子供は1人は産んどいた方がいい。などと私に言うようになりとても母に対し腹が立っていました。

    母は父と不仲で無理やり出産させられた立場なので、私のことを産んだ当初は恨んでいたのも分かりますが、こうも人の気持ちは自分に都合が良くなると変わるのかと呆れてしまいました、私は自分もこうはなりたくないと子供は産みたくないし、自分は産まれなかったら良かったと悩み続ける日々を自分の子供にも送らせたくはないです。

    殻剥き 女性 20代
  • まの says:

    私も若い頃から反出生主義です。

    母は、私からみれば、自己犠牲という言葉がふさわしいぐらいに家族の為に尽くす人。妹は人気者で、頭も良く、要領、ルックスもいい、私は、籤運以外は全て妹に負けてました。なので、私は両親の失敗作なのです。こんな私の遺伝子は残したくない。 母の遺伝子を残したいという思いは、妹が叶えている。

    そんな思いから一生独身を考えていましたが、子供なしで楽しそうにいきている夫婦を見て、「そっかぁ。結婚と子供を別々に考えればいいのだ」と気づきました。正直言って、私の収入だけでは、楽しく生活できないから、結婚するのも悪くないなぁと思いました。(母に離婚してもいいから、一度ぐらいは結婚したら?と言われたしなぁ。)

    子供いらないのに結婚。さきのことはわからない。旦那は、子供はどっちでもいいという考え方なので、万一考え方が変わっても問題ないと思い結婚しました。

    私は、パート勤務と家事をしています。結婚生活が長くなるにつれて、ますます子供がいらなくなってきたのです。旦那は趣味にお金をかける方で、(生活に支障のない程度に)子供ができたらパートを辞めて専業主婦して育児してほしいという考え方なので、ものすごい不公平だとおもった。

    パート辞めたら、私の趣味につかえるおかねがなくなる。私だけ我慢するって不公平。完全に自己犠牲になってしまう。という理由から、結婚して27年子供なしで続いています。

    先の事はわからないから、結婚するのもありだとおもいます。一度きりの人生。世間体よりも、2人の楽しみが重要なので、これで良かったと思っています。

    まの 女性 50代
  • 考えた末に says:

    昔も今も子育てに適していない人間は私含め少なからずいて、それに関わらず有無を言わさず子を作らせる産ませる、子を成すのが当然と思い込ませていたのが今までの社会。

    ほんの数十年前まで、子を成さない女性(男性不妊も少なからずあるのに!)に対する侮辱語が平然と使われていたのですから、自ら産まないという女性に対する世間の態度は想像するまでもありません。

    向いていない人間が向いていないことをすれば、何が起こるか。子に対するネグレクトや虐待、父母自身の自傷行為です。子育てに向いていないことすら気がつけなかった、なぜなら気がつかせないように世間が仕向けていた。

    そういう時代であったことを考えると、外野から色々言われつつもこうやって実際に子を作らない選択を夫婦でして、更に意見を言えるこのような場のある自分は幸せだ、と思えます。

    考えた末に 女性 30代
  • アーサー says:

    私も産まれてきたくなかった派です! 確かにこの世には美しい部分もあるかやはり生活するのにお金が無いと何もできません。 お金を稼ぐためにどれほど苦痛や辛さや苛立ちを覚えるのか…そして大人になり失恋の苦痛、寂しさの苦痛、後悔の苦痛、人間関係の苦痛、他人と比較しまう苦痛、などなど数えたらキリがない。

    いい事に目を向けましよと言うものの、生きるのに常に何事もお金き追われ心に余裕が無くなり良い所に目を向ける余裕が無いですよね… としか思えない。

    こんな状態で子供を産むなんてその子に同じ苦痛を味あわすのかもしれません……。考えるだけで申し訳ない気持ちになります!

    私自身は出来たならこの世に産まれたくなかったなとすごく感じる。産まれた瞬間に死は確定してて、たくさんたのしい事を経験したとしても死ぬんだから、結局1周回ってすべて無です。

    産まれて来なければ悩まないし苦痛も無い。ただ1つだけ思えるのは猫が大好きなので猫と出会えた事。けど結局猫も生きてる=いつか死ぬんだから、考えるだけでこの世のルールは残酷で涙が出ます。

    だれがこんな残酷な世界を作ったのだろうか……。生きてる者は生きてる命を食べないと生きていけないこの世。とても残酷で不完全に思えます。

    なので死ぬには怖くて死ぬないから、生きてるしかない笑。私の後世が居なくても全然いいと思う。お金がもの凄いあってとても裕福な方は何人と産んで良いと思う。少なくともその子が大人になった時お金に追われる苦しみ、この1つからは解放されるから。

    アーサー 女性 30代
  • 匿名 says:

    反出生主義
    生物としてごくごく自然な考えと思います。
    ある個体は増える事を良しとする。ある個体は減らす事を良しとする。どちらも自然から与えられた役割を果たしているだけではないでしょうか。

     女性 50代
  • みけ says:

    30代後半既婚です。反出生主義です。

    数年前に反出生主義の考え方を知り、自分が長年ずっと(中学生位から)思ってきたこと、考えてきた事はこれだったんだと衝撃でした。身の回りに誰一人理解者はいません。今の夫は、私を単なる極度の子供嫌いだと思っていて、(実際に子供は嫌いですが)本人も子供は別に要らないという考えです。 

    子孫繁栄は良い事、人が生まれる事はおめでたい事という考えは、人間最優先の考え方でこれは人間という動物の本能上仕方ない思考なのかもしれません。しかし、我々人間が他の動物と違う所は、「未来を考える知能」がある事だと思います。産まれてきてしまった人間が今後生きる環境、世界情勢、異常気象など本当に考えたり思考を巡らせる事が出来る方は、人を産み出そうとはあまり思えないのではと思います。 

    そして、子供が「欲しい」から「作る」というのは、100%生み出す側の物欲です。産まれてきてしまった後は、後は死の恐怖や病、痛み、苦悩満載の生地獄。ある程度育てたら、自立だの自活だの促し放り出す。(ニートは別…) なんて無責任かのか。

    人生は苦しみだけじゃない! 幸せな事や、楽しいことがたくさんある、それの方が多いじゃないか!と反論が聞こえてきそうですが、その「幸せ」は、「死の恐怖や痛み苦しみ」にさえ打ち勝てますか?打ち勝てるはずというならば、なぜ自殺者はいなくならないのでしょうか。激烈な頭痛や腹痛に耐えている時に、幸せだった出来事を思い出したら、痛みはなくなりますか?一時の幸福と、永遠の苦悩を比べる事自体が愚かだと思います。

    子供を欲しがる人は、「欲しいから作った」人間が生きる先の未来にまで思考が及ばず、自分たちの世界で時が止まっているように感じます。 

    みけ 女性 30代
  • 考えた末に says:

    アラフォーです。結婚して何年もの間夫婦で何度も話し合った結果、子はいません。

    一瞬欲しいかな、と思いかけた時はあったのですが、なぜこう思うのだろうか?と考えると「老後が心配だから」「施設に入ろうと思ったら保証人が必要だから」「世間に社会的労働力の生産能力があると認められたいから」など、呆れるほど自分中心の理由ばかりだったのです。

    生まれてくる子に幸せになって欲しいから、とは一ミリも思っていない自分に愕然とし、こんな醜い自己中心的な理由で命を生み出すわけにはいかない、と強く思いました。

    子はいつか、なぜ自分を作ったの?と聞くでしょう。その時に、こんな理由を聞かせるわけにはいきませんし聞かされた方はたまったものではないでしょうが、事実としてそうとしか思えない自分たちがいるのです。だから作りません。

    考えた末に 女性 30代
  • マリモ says:

    反出生主義者です。
    私はアダルトチルドレンで家族仲が最悪な環境で幼少期を迎えました。それも関係していると思います。

    年頃になった時に友人たちがキラキラした目をして「はやく結婚して、子供を生みたい」そんな言葉を聞いても自分だけが「無」でした。そんな憧れもなく、でもそんな事を言ったら変な目で見られるので普通から道を外さないよう精一杯話を合わせていました。

    28歳になり、周りは結婚し子どもを生みました。それが、幸せだと、生みたいと、そう思える感覚が本当に羨ましいんです。だってそれが普通の事だから。でも、私にはその気持ちが分からないんです。分かりたいのに分からない。旦那と子供がいるから羨ましいんじゃなくて、それを心から求められるその気持ちがただ羨ましいんです。

    生んだら子供が可愛く思えるよって、本当だろうか?自分の血が入った子は本当に可愛く思えるのか?正直、考えただけで吐き気がしてきてしまう。こんな感覚で産めばきっと子どもは辛い目に合う、可愛がる演技はできるだろうけれど、本当に心の底で愛は芽生えないと、そう思う。待ち望んでもない人から生まれて子どもは幸せなのだろうか?そう、だから産まないのでしょう。

    マリモ 女性 20代
  • るる says:

    私も、ずっと、生まれてこなければつらい思いをしなくて済むし、子どもにつらい思いをさせたくないと思うのであれば、産まない方がいいと、小さい頃から思っていました。

    反出生主義という考えがあることを知り、他にも同じように考えている方がたくさんいて安心しました。

    自分より若い人が多ければ、寂しくないし、老後も安心だろうと言われることは多いですが、あまりにも自分勝手な考えで、嫌気がさします。子どもは自分たちの奴隷ではありません。

    るる 女性 20代
  • 中間子 says:

    私は中間子で全然愛されませんでした。
    だからこそ私は反出生主義者です。
    これ以上毒親を作らないで。

    中間子 女性 10代
  • みりあむ says:

    新潟県に住んでる花も恥じらうJKです。

    特に嫌だったことはないけれど、生に意味や価値をもたせられなくて、この考え方になっている部分がある。

    というのも、人生16年間、辛いことも苦しいこともあって、それに満足している。十分頑張ったし、十分生きたかな、みたいな。希死念慮にちかいのかな。

    学校で凄く嫌なことがあって、この前1度心療内科に行って、心因性のもので体とこころに影響が出ていると診断されました。
    それくらい繊細で、難儀な性格をしています。自覚はあるけど、そのポリシーが消えることは無いのかも。だから、それを貫いたり、自分をこれ以上否定しないために死にたくなることがよくある。あんまり死というものに対して、ネガティヴなイメージをもっていないというのもある。

    地獄に落ちようが天国にいこうが、1度死んでいるから楽しめる気がするし、そういうものが存在しない世界でも絶対的な 無、ならなにも問題ない。

    両親に対して感謝も申し訳ないという気持ちもあるけれど、自分が1番大切だから死にたくなったら死んじゃうかもと思って生きてきたものの、特に死ぬ理由もないので、今日も生きています。

    みりあむ 女性 10代
  • 匿名 says:

    反出生主義は絶対的に正しい。この世の凡ゆる苦行や苦痛はこの世に生まれた事によって発生している。

    具体的に大きい物で言えば戦争や天災、小さな物で言えば犯罪、格差、事故、病気、差別、人間関係まで様々な苦痛と困難が生まれた事によって待ち構えているわけだが、子供を生み出すという行為は子供がこの世で受けるありあらゆる苦痛を親自身が容認したという事に等しい。

    子供を生み出す輩は子供の幸せを願ってではなく、性行為という快楽追及の結果、もしくは子供がいれば老後に面倒が見てもらえる・寂しくない。などというあくまで自分本位で身勝手な欲求の結果でしかない。それを否定する為に少子化などという自分に都合の良い社会問題を持ち上げて自己正当化する輩がいる事に本当に気持ちが悪く不愉快である。

    例えば、子供に対する虐待事件が起きれば「子供が可哀想である」という意見がある一方で「産後鬱なら仕方がない」「子供がダウン症や発達障害なら仕方がない」と犯罪を犯した親に対して同情するどうしようもない輩がいる。

    子供を生まないという選択肢が取れたのにも関わらず、わざわざ子供をこの世に生み出し、我々にこの世は残酷であるという現実を見せつけるのはもはや人間ではなく悪魔の所業と言っても良いだろう。そういう輩と同類になりたくなければ子供を生まずに静かに自分の残りの余生だけを考えれば良い。

     男性 30代
  • 麻実愛 Asamia says:

    誰も存在しなければ誰も苦しまないと考えているので反出生主義を支持します。

    麻実愛 Asamia 男性 30代
  • ノーネーム says:

    考え方としては誰もが(多くの人が)通る道筋であり、私自身も勿論そうだったし、今でも同様に感じる部分もある。
    が、誰も何も強制などしていないし、誰も同じでない事で不利益を負わせようともしていない。
    言い方は悪いが、つまるところ大部分は他人になど無関心な者ばかりで、誰もが黙って好きに生きれば良いだろうと考える。

    そんな中にあって
    「この考え方に共感して欲しい」
    「他人に伝えたい認められたい」
    と気持ちを表明するという行動は、内容と裏腹に人間が好き、人間に認められたい、という意識が見え隠れしているように感じられる。
    人間はとても可愛い。

    ノーネーム 無回答 無回答
  • 60代母 says:

    60すぎて生まれなければよかったと思うようになってしまいました。

    結婚して42年、実母が病弱で結婚後しょっちゅう点滴通い、20回ぐらい入院や手術。間に実父、義父母の入院。不器用な私は働くこともできず、家のことは何もしない低収入の夫に妻が働いてないのはうちだけだと何度も叱られ、バブル崩壊で子供の教育費もままならず、ストレスで子供にあたってしまいました。

    娘が40になった今も帰省の度にあの頃は母が大嫌いだったし、よそのお母さんは働いてるのにと言われ続け、自己嫌悪にさいなまれ、同時にあの頃弟夫婦が何も手伝ってくれなかったことや、ほんの少しパートに出たときにすぐ骨粗鬆症の母が骨折したことや、心筋梗塞になったことなどが思い出されました。

    実父を病院に連れて行くときに、お前はもう少し勉強ができると思ってたと言われたときは悲しくて仕方なく、勉強ができてたら親の近くにいなくて世話もしてなかったと言いかえしました。

    なぜ一生懸命面倒見る方が報われず、悲しい思いばかりするのでしょうか。本当に生まれなかった方が楽だったし、子供にも嫌な思いをさせずに済んだと思います。

    苦労は買ってでもせよと言いますが、器用な人だけにしてほしい。私がしてきたことは記録があるわけでもなく、子供も夫も弟も実際に見たわけでないからどれだけ大変だったかわかるわけもありません。

    実母が86で亡くなった時は涙も出ず、やっと済んだとしか思えませんでした。やっとパートに出れるという時もう私は動けません。これからは私はひとり孤独に静かに生きていたいけどその勇気もお金もない。生まれなきゃよかった。

    60代母 女性 60代
  • まい says:

    共感しました。
    必ず幸せになれるわけでもないのにこの理不尽な世界に産み出して生きることを強制させるのは無責任で可哀想すぎます。
    友人が子供を産んだなどの話を聞くと、あー可哀想に、親のエゴで誕生させられちゃってと思います。

    まい 女性 無回答
  • 山羊野 says:

    自分は反出生主義者ではなく、この先子供を産む可能性は十分あるし、生まれてこなければよかったとも思っていません。しかし、反出生主義という価値観があることは大事だと思う。反出生主義者が声を上げることを私はとても歓迎しています。

    私が反出生主義に期待するのは、今まであまりにも無責任に賛美されてきた「出生主義」を、相対化し検討する機会を作ってくれる思想だと思うから。

    「産むのが普通」「生物としての役割」「親にならなければ人として一人前とはいえない」そういう声があまりにも大きすぎる。出生に対してネガティブな意見を持っている人の声は「大人になれ」「不幸な人生を送っているからそんな考え方になって可哀想だ」「あなたも子供を持ってみれば考え方が変わるはずだ」とまともに取り合われない。無視される。私はそういう風潮が嫌です。

    とにかく生まれてくるということは素晴らしいと無責任にいい面ばかりを教え込んで、デメリットを深く考えもしないまま勢いで取り返しのつかない決断に踏み切らせて、その結果生まれた不幸には目を向けない。本当に白々しく気持ち悪いことだと思う。

    だから、自分は反出生主義者ではないが反出生主義を応援します。

    山羊野 女性 20代
  • yuico says:

    共感する部分が沢山あります。私は結婚していますが、子供は産みません。

    投稿者の方にお伝えしたいのは、その考えを理解してくれる友人や、パートナーは必ず居てくれるはず、ということです。

    私は正直、幼い頃から、子供が欲しいという感覚が全く理解できないです。

    子供を欲しがる方を否定する気も無ければ、傷つけたい訳でも無いので、友人と話す時にはそのような事は口にしませんが‥

    もちろん、結婚相手のことは大切に思っていますし感謝しています。この先も一緒に生きていきたいと思いますが、そこに子供は欲しいと思いません。

    私も、今の夫にプロポーズされた時に「私は絶対に子供を産まない。それでもいい?」と聞くことに勇気が必要でした。それでも良いと言ってくれたことに安堵した記憶があります。

    (余談ですが、以前付き合っていた男性は、その人自身が子供を持たない主義だったので、分かりあい長く付き合う事が出来ました。ただ、その方が子供を持たない=結婚もせず一生独身を貫くという考えでしたのでパートナーとして一緒に居るという感覚でした。)

    また、今の時代、子供は高級贅沢品です。高所得層の一家でないと‥子どもを持つ選択はできない時代。1人育て上げるのに、一体いくら必要なのか考えただけでも絶望します。

    我が家も共働きで、世間で言う平均収入は有りますが、この物価高、税金の支払いに追われ、子供を育てる金銭的余裕なんて何処にも有りません。自分たちの老後資金を考えるだけで精一杯です。

    私の周りにも、金銭的理由で子供を諦める家族は沢山います。友人と一緒にいる時に、街中で子供連れの家族を見ると、彼らはお金持ちなんだねぇと話題になります。また、「結婚したら子供を産むべき」という確固たる信念を持つ母とは疎遠です。 

    もう、産んだら何とかなる昭和の時代は終わりました。

    普段口に出さない意見を代弁してくれたような投稿に共感して思わず書き込みました。投稿者の方の参考になれば幸いです。

    yuico 女性 30代
  • 匿名 says:

    現在の技術で原発事故を防ぐ唯一確実な方法は原発を作らないことであるように、現在の技術で不幸せな子供をうまない唯一確実な方法は子供を作らないことです。

    「子供を幸せにする努力が大事」とか「覚悟が」というのは、「原発事故を起こさないための努力が「覚悟が」と言うのと変わりません。努力や覚悟で正当化されるものではありません。

    子作りは倫理的に良くないこととしか思えません。

    もちろん、できちゃった子供の幸せは守るべきでしょうし、幸福に生きている人は祝福すべきでしょう。それと新しい子供を作るべきかどうかとは全く別の話です。

  • 匿名 says:

    私も反出生主義者です。反出生主義者である理由は
    ・生まれなければ誰も傷つけることなく、誰にも傷つけられることもない
    ・快楽と苦痛は対照ではない
    ・人は生まれると必ず死ぬ
    ・地球環境が悪化している
    などです。

    先の話になりますが介護を受けるつもりはありません。もちろん子供は作りませんし、結婚には興味がありません。

    最後にエミール・シオランの言葉を2つ引用してこのコメントを締めさせてもらいます(どちらの引用元も読めていませんが)。シオランは反出生主義的な言葉をこれら以外にも多く残しているので、気になった方は調べてみてください。

    「私が己を自負する唯一の理由は、20歳を迎える非常に早い段階で、人は子供を産むべきではないと悟ったからだ。結婚、家族、そしてすべての社会慣習に対する私の嫌悪感は、これに依る。自分の欠点を誰かに継承させること、自分が経験した同じ経験を誰かにさせること、自分よりも過酷かもしれない十字架の道に誰かを強制することは、犯罪だ。不幸と苦痛を継承する子に人生を与えることには同意できない。すべての親は無責任であり、殺人犯である。生殖は獣にのみ在るべきだ。」
    シオラン 『カイエ』

    「私がこしらえようとしなかった子供たち。もし彼らが、私のおかげで、どんな幸福を手に入れたか知ってくれたなら!」
    シオラン『告白と呪詛』

     男性 10代
  • しおん says:

    「反出生主義」という言葉を知って、今まで感じていた「生きづらさ」の正体がわかったような気がします。

    子どもの頃から漠然と「死にたい」と感じていましたが、こちらの記事を読んで「死にたい」のではなく、「生まれてきたくなかった」のだと気づくことができました。

    私の両親は「授かり婚」で、彼らが不仲になるたびに、自分の存在が間違いなのだと思えて仕方がありませんでした。両親は、そういったことを決して口にはせず、愛情をもって育ててくれました。ですが、どうしても私は「私が存在しない世界」の彼らを想像し、そちらの世界のほうが両親は幸せだと思ってしまうのです。「産んでくれてありがとう」というよりも「生まれてしまってごめんなさい」という気持ちのほうがずっと強く、それを「死にたい」願望だと思い込んでいたのかもしれません。

    現在、私は結婚していますが、子どもはいません。「子どもを作らなければ」という義務感はありましたが、どうしても「子どもを産みたい」と思えず、ずるずるとタイミングを逃してしまった結果です。今はそれでよかったと思っています。「産まれたくなかった」人間が、どうして子供を産んで育てられるというのでしょう。

    記事中の女性のように、私も「無」を望んでいます。眠っている時が一番幸せです。夢を見ると哀しくなります。

    しおん 女性 40代
  • クレモンティーヌ says:

    癖のある人間は敬遠される。臨床心理士からも変わっている。と言われているので、一般人とうまくやっていけるわけもなく転々とすると、我慢が足らないと言われ、また辞めたの?など諦めの言葉ばかり。育て方を間違えると大変なことになるので、産まなかったこの選択は間違ってはいないとは思うのだが、しかし、おばあちゃんになったらどうするの?と言われると自己責任になってしまう。

    これから、独身の女性と話し合ってみようと思う。老後はどうするのか。プライバシーに触れることになってしまうのだが、仕方がない。役に立たないとよく言われるが、公務員は人の役に立つようにしつけられていると思うが、私は、あまり人の役に立ちたいとは思わない。からいけないのだと思う。

    クレモンティーヌ
  • りーう says:

    新聞記事の「反出生主義」という言葉に驚いて、しばらく保存して読み返していました。

    わたしは、振り返ってみると小学生の頃は宿題がやってないともう死にたいとなってしまう短絡的思考で、死にたいという思いは成人以降もあり、今でも不調になるとあり、うつをもっています。

    けれど、現在母親14年生となり、3人の娘がいます。生まれてくるということは何らかの使命があり自分自身という主人公をより幸せなところにもっていくことが、わたしの出生観です。

    あかちゃんの姿をみていると、手足、首を懸命に動かして、自分自身を成長させているかのよう、生まれたことには自分をよりよく生かしていくことという現れだと感じます。

    妊婦は胎児の鼓動に安心し、生まれたときは呼吸していることに安心します。鼓動と呼吸がありがたい、と思っていると、いつでも幸せです。つらい、苦しい、というところに着目し続けると、ずっとついてくるようなところがありませんか?カサブタが気になるとまたはがして流血するような感じで。

    いきものには生命として次世代を残すという役割が備わっているので自己出生否定感がありながらでも、妊娠出産に挑んでみることをわたしはすすめたいです。あかちゃんの存在は人生を変えます。

    りーう 女性 40代
  • らー says:

    投稿者さんの生い立ちと考えが自分と似ていて読み込んでしまいました。
    何もかもが苦痛なんですよね。早く楽になりたいと常に思います。
    経済的にも自分が生きることで精一杯なのに、こんな地獄に子供を産もうなんて考えられません。
    同じ思いをしている人がいると知ってなんだか安心しました。

    らー 女性 20代
  • ふじっこ says:

    私も産まれなかった方が良い、子供を産まない方が良いという意見です。

    私は持病があり、雑誌やTV等に出る女性の様な外観をしておらず、女性として楽しみながら生きる、というのが難しいのも一因です。
    親を責めてしまうようですし、相談しても完治する訳でもないので誰にも相談出来ませんでした。

    日々無力感に苛まれ、一人で生きていくのは無理だ、と思いパートナーや子育てという生きがいを得る為に出産、育児をした様なものです。
    一人で生きていくという選択も出来ない弱虫が私です。

    幸いにも五体満足で子供達は産まれて来てくれたので、少しでも生きやすい世の中と感じてくれる様に全身全霊をかけて育児をしています。
    それがこの世に産んでしまった罪滅ぼしです。

    子供達には結婚は勧めないかな。
    一人で生きていける分位は稼げるよう教育します。

    こんな感情は誰にも言えません。
    墓場まで持って行きます。

    ふじっこ 女性 30代
  • 匿名 says:

    最近、反出生主義という言葉を知って、他にもこのような考え方の人がいることに少し安心しました。住むところもあり、仕事もあり、食うに困ることもなく、時々は趣味の旅行に行ったりもできますが、それでも考え方は変わりません。「生きていれば良いことがある」「生まれてきてよかった」と心底思うことはありませんでした。

    他の人が子供を産むことに何か言う気持ちなどはありませんが、私自身は過去に戻れるなら生まれたくなかった、親は何で産んだんだろう・・とふっと考える時があります。こんな感情は生まれ育った環境によるものなのか、知りたいです。

     女性 50代
  • 匿名 says:

    私も女性の考えに共感します。

    人生の先のことに対する不安が常にあります。「次の瞬間にも(病気や災害などで)苦痛を味わうかもしれない」などという考えが頻繁に頭に浮かび、怖くて生きているのが苦しいです。苦痛や困難がつきものの人生、生まれなかったほうがよかったと思っています。

    幼いころから両親の仲が非常に悪く喧嘩ばかり。母からはしょちゅう「結婚は間違いだった、あんたを生まなきゃよかった」(おそらく子どもがいるから離婚に踏み切れないということ)と言われました。それもあって「自分は生まれてこなきゃよかったんだ、なぜ生んだのか」と親を恨み、自分のことをまったく肯定できません。精神疾患にも苦しめられました。

    いまは結婚して夫とふたりで暮らしており子どもはいません。子どもを持たなかった理由はいくつかありますが、そのひとつが、親(毒親)の血を受け継ぎたくないという思いです。いまも自分の中に親の血が流れていることが汚らわしいと思っています。(子どもを作ったとしたら)その血が子に引き継がれてしまうので恐ろしいし、子どもに、この生きにくい社会の中で私と同じような苦難だらけの人生を味わわせることもイヤです。生むのは申し訳ないと思ってしまいます。

    女性は「一緒にいてくれる人がいるとありがたい」とおっしゃっていますが、それは私も本当にそう思います。私の場合は、生きるのが苦痛ということも子どもをもたないということも全部夫に受け止めてもらい、安心を得ることができました。もし変わりたい思いがあるのなら、まずは恋人に少しずつ話をしてみたらどうかなと思います。

     女性 無回答
  • 空蝉 says:

    若い時から一度も子供を持ちたいと思ったことがなく、それを貫いて現在に至れたことに安堵しています。理由は、ざっと以下の3つと認識しています。
    1つは記事にてご紹介の「反出生主義」に類する指向性。2つ目は、女性に生まれたが、故に感じてき諸々の不公平、不条理によるもの。3つ目は、乳児の匂いが生理的に受け付けられなかった、というものです。

    尤も、このような理由から「子供は要らない」とする女性は、あくまで少数派だと思っていました。子供がいる人生を幸福とする多数の女性の思いや願いまで否定するつもりは毛頭なく、ですから、敢えてこのことは誰にも話すこともなく過ごしてきました。

    「子供を欲しがらない」なんて、人間として/女として欠陥があるのでは?と謗る向きもあるかと思います。ですが、私はむしろ以下のように肯定的に考えています。

    他の生物とは異なり、天敵に捕食されることもなく、医療を発達させ、地球環境を改変できるほどに進化し、爆発的に増えてしまった人類… その代償として、或いは一種の調整装置として、でしょうか。生存や生殖に”後ろ向き”な個体が一定数生まれるように出来ているのではないか、と。

    とはいえ、現に生まれてきて生きている以上、そう簡単に自ら死ねるものでもない。寿命がくるまでは、取り敢えず生きるしかない。であれば、せめて生きている間は楽しんで生きよう、と開き直ることにしました。楽しんで、出来れば何か残して、誰かの役に立てればなお良い。ただ、自分の子供に同じ悩みを授けるのは忍びないから、そこだけは譲れないとしても。

    実際のところ、人間は極めて高度に社会的な生物です。それなら、蜂とか蟻のように、生殖に直接関与しない個体もひっくるめて、種として成立しているということで、ありなのかもしれません。

    空蝉 女性 60代
  • 匿名 says:

    たまたまこの記事を見かけた時衝撃を受けました。人生が苦しい時は「なんのために生まれたんだろう?」と思う事があると思いますが、もともと人は何かをなす為に生まれる訳ではないので悪い考えの循環にはまってしまいます。

    「どう生きるのか」と考える方が大事でそのために教育がとても大事と思います。幸い日本では何歳になっても学び直せます。分からない事が多く何をしていいのかわからない時こそ学び、今の自分を受け入れて、この先どう生きるかゆっくりと考えて行くことができればと思います。

     男性 40代
  • RRR says:

    私も無の状態が好きで、特にやりたいこともなく生きてきました。

    生きることはすばらしい、幸せになるために生まれてきた、などの言葉に違和感を持っていたものの、それを口に出すことはできませんでした。そんな風に考える自分を見せないように努力してきました。「主義」なんて立派なものでなく、ただネガティブな性格だと思っていたのです。

    今回、同じような考えの方がたくさんいることを知り、心強く思いました。しかし自分を隠すことによって得た平安も捨てがたいものでした。こんな私を励まし、支えてくれた両親、配偶者、子どもたち、友達、同僚…みなさまのおかげでいろいろな経験をさせてもらいました。ただただ感謝の一言に尽きます。

    生まれ持っての性格は変わらないかもしれませんが、いろいろな人と接して見聞を広めることで変われる自分もありました。人生いろいろ、ゆったりいきましょう。

    RRR 女性 60代
  • 匿名 says:

    それ、人間の浮生なる相をつらつら観ずるに、おおよそはかなきものはこの世の始中終、幻のごとくなる一期なり。

    さればいまだ万歳の人身を受けたりいふことを聞かず、一生過ぎやすし。いまにいたりてたれか百年の形体をたもつべきや。我や先、人や先、今日とも知らず、明日とも知らず、おくれ先立つ人はもとのしずくすえの露よりもしげしといえり。

    されば朝には紅顔ありて、夕には白骨となれる身なり。すでに無常の風来たりぬれば、すなわちふたつのまなこたちまちに閉ぢ、一つの息ながくたえぬれば、紅顔むなしく変じて桃李のよそおいを失いぬるときは、六親眷属集まりてなげきかなしめども、さらにその甲斐あるべからず。さてしもあるべきことならねばとて、野外におくりて、夜半の煙となしはてぬれば、ただ白骨のみぞのこれり。あわれといふもなかなかおろかなり。

    されば人間のはかなきことは老少不定のさかいなれば、たれの人もはやく後生の一大事を心にかけて、阿弥陀仏をふかくたのみまいらせて、念仏申すべきものなり。あなかしこ、あなかしこ。
    (白骨の章 五帖目 第十六通 蓮如 上人)

    蓮如上人とは浄土真宗の中興の祖です。この文章はその蓮如上人の文章です。

    もう少し達観したほうがいいです。生まれてこなければよかったも何も、人間の一生はそもそも儚い。まずはそれを自覚しましょう。

     男性 30代
  • says:

    私もこの女性と同じ考えです。人生はつらくて苦しいものでそれが何十年も続きさらにはそこに老いも付いてきます。

    また今の世の中を見てより良い世界になるとは到底思えず、この死にたくてもなかなか死ねない生き地獄の中、どうして子供を持ちたいと思えるのか私は心底不思議でなりません。

    子供を持ちたいと思う方が私には理解が全くできず、気色が悪いと思います。親は子を自分以上に大切に思うとよく聞きますが、そんな自分以上に大切な存在をこの生き地獄に放り込み苦しめる事ができるんだろうかと不思議に感じています。

    私は今30代で人生はつらくて苦しい苦行と思っています。この先さらに年老いて老いからくる見た目の劣化、体力の低下、昔できたことができない等苦行がさらに大きくなると思うととても耐え切れません。

    本能的な死の恐怖や痛みさえ無ければすぐに命を断てるのにと何度も考えたこともあります。医療の発達から死ぬべき人がなかなか死ねず生きながら死んでいる人も増えています。人はもっと死ぬべきです。そもそも人類なんて存在しない方が絶対良いです。

    いま世界はおかしくなっています。そんな中生き地獄で長く苦しむより本当の意味で解放されるため安楽死が早く認められますように。

    ぬ 女性 30代
  • 匿名 says:

    「変われないかという願望がある」ということは、人間関係や人生にひどく疲弊されてはいるものの、「認められたい」「愛されたい」「何とか前を向けないか」という思いが伝わってきました。

    私は、まだまだ子育てをはじめて5年ばかりですが、子育て=子どもを育てることではないと感じています。子どものお陰で親になれ、大変ではあるものの、親をさせてもらうことで、さらに人として子どもに育ててもらえてると思っています。

    「誰のおかげで生活ができている」などと言われて、悲しかったですね。親だから偉いなんてことは絶対にないと思います。お父様は生活費を稼がないとと思って一生懸命働かれていたのは事実でしょうが。

    幼少期からの愛されていないと感じた記憶を消すことは難しいと思いますが、趣味がおありで、恋人もいらっしゃることもあり、幸せな気持ちを増やしていくことは可能だと思います。

    見ず知らずの方ではありますが、生まれてこなければよかったというのは、自分を否定されていて、とても寂しいです。

    私は3人子どもを出産しましたが、出産は親だけが頑張って生むものではなく、赤ちゃんもとてつもないエネルギーをもって一生懸命に生まれてきてくれてからこそのものだと実感しています。

    突然、幸せを感じることは難しいかもしれませんが、まずは自分をたくさん褒めて愛でてあげて下さい。毎日、「今日も1日よく頑張った」と寝る前に。

    「この人との子どもが欲しいと思えれば幸せだとは思う」なんて、素敵じゃないですか!
    お幸せになれることを切に願っています。

     女性 30代
  • 匿名 says:

    ものすごく共感します。私もまさしくパートナーが子どもを欲しがっているけれど自分は「こんな世に生まれない方が幸せなんじゃないか」と思って迷っている人です。

    正直「生まれなければ楽だったのに」と心底思ってしまうと、起こり得ない「生まれなかった状況」を理想化して、それと現実を比較してしまうので、どんどん負の螺旋にはまっていく気がします。そのため子どもに「生きるのはしんどいのに、なぜ産んだの? 産まれたくなかった」と言われたら返す言葉もないです。

     女性 30代
  • 匿名 says:

    記事と投稿されたメッセージを読ませて頂きました。皆さんお疲れなんだなぁ~と思います。とりあえず心と身体を休めて欲しいです。

    どうすれば休めることができるかは事情も方法も個人差があるでしょうからどうこう書くことはできませんが、疲れて気持ちが追い込まれて、たぶん自分が嫌いになっている状態で頭に浮かんでくることと、休むことができてから浮かんでくることは違うのではないでしょうか。

    私も皆さんが書かれているようなことは色々と体験してきましたが、疲れたらしばらく動けなくなって休み、少し回復したらボチボチ動いて…、でやってきました。怠けていると思われることも多く、そのためか相手の視点から自分はどう見えるのか考える癖がつきました。その人にはその人の事情があるわけですし。

    正直なところ若い頃より今の方が楽です。自分ができることをして生きていきたいなと思っています。

     女性 60代
  • 匿名 says:

    反出生主義の研究者です。私も、反出生主義です。例えば、おいしいものを食べても、次にもっとおいしいものを食べれば、以前のおいしいものは、まずいものとなります。このように人は快楽よりも苦痛を感じるようにできているのです。

     男性
  • まゆ says:

    私には3つ上の兄がいます。私の母は親元から遠く離れてワンオペ育児で大変だったのですが周りのママ友からの同調圧力?1人っ子は可哀想、我儘になると言われた結果、私を産んだらしい。

    私が小3の頃から父親の実家に父親が経済的援助をするようになり、家計は火の車、その上ワンオペ育児、必要以上に叩かれて育った自覚がある私が結婚しても子供を産まない選択をした理由です。

    必要以上に叩いて育てたかもしれない、厳しく育て過ぎたかもしれない。すまなかったと80代すぎの父親に言われても未だにフラッシュバックする時がある。心の傷を抱いてこれからも生きてゆく覚悟が出来た今、未来だけを見つめています。

    まゆ 女性 50代
  • みなみ says:

    反出生主義者の女です、夫も選択子なしに同意しています。

    パートナーとはちゃんと話し合ってから結婚した方がいいと思います。心の底から納得しないまま結婚して出産というのは避けるべきです。

    人間は産まれたからには絶対に死にます、安楽に死ねるとは限りません。人を産むということは人を殺すことと同義です。あなたはベネターを学んだのにまた愚を犯すのですか?

    みなみ 女性 30代
  • すてら says:

    反出生主義ではないかもしれませんが、こちらの女性と同じ思いをいつの頃からか抱くようになりました。

    きっかけは、親戚からの心ないひとこと(父方の親戚の子供は『3人兄弟』なのに、自分達は『2人兄弟』しかいないと言われた。私を出産時の手術で、それ以上の出産はできなくなった)や、母のすぐ上の姉が、母の誕生と共に亡くなった。それは、自分のせいなのだ、という事を、幼少時から繰り返し聞かされ続けたからかもしれません。

    そう言われる事を嫌だと告げても、女性の両親と同じ事を返されるばかりでした。自分が育った環境も深く関わっているのかもしれません。

    普段は気に留めなくても、ふとした時にそれは芽吹きます。読書など、心を動かされる事はあっても、それは根深く残り、痛みと共に何回も顔をのぞかせます。そのたびに、『こんな思いをするなら、こんなに生きづらいのなら、生まれてこなければ良かった』て思っています。

    そして、こんな自分が誰かと一緒になることはもちろん、子どもを産まない方がいいと思っています。周りの人が当たり前にできている事をできていない自分や、関わる人々、社会などに息が詰まりそうな日々です。 
     
    すぐには変われないかもしれないですし、それこそ、自分の命が終わるその時まで、この思いを抱えたままかもしれません。今回の記事で、この思いの名前を知る事ができたので、ほんの少しだけ、安心しました。

    すてら
  • はまち says:

    生まれてきてよかったと思ったことがありません。

    自分が生まれてきてよかったと思っておらず、自ら死ぬのが怖いのでただ生きているだけなのに子どもをもつのは自分がそのような行動をとるのは無神経だと思えます。(他人には思わないようにしています。他人の事情は全く分からないし、腹に命が宿ればこのようなことを考えるより、どのように命を安全に育てていけばいいかだけを考えた方がよいと思うので)

    「自分が生まれてきてよかったと思うので子どもを持つ」というのと「自分が生まれてこなければよかったと思うので子どもを持たない」というのは同じ話だと思うのですが、ただどちらにせよ自分の気持ちと子どもの気持ちを一緒くたに考える暴力性を持っているなとも思います。

    でも、多分なのですが、例えば「政治がうまくいっていて人々が働けば働くほど生活がよくなり今日より明日はいい日だと信じられる社会」で生まれ育っていれば、このようなこと考えなくて済んだのではないかと思うのです。明日が今日よりよくない可能性がいつでも頭から離れないから、いつまで経っても安心感が持てずに怯えて生まれてこなければよかったと思っているのではないかな。

    はまち 女性 30代
  • ぽにぽに says:

    SNSで反出生主義を掲げているアカウントを見かける時があるが、正直言って印象は良くない。

    子どもを持つ親に対して「こんな時代に子どもを生まれさせるのはバカのすること」、「強産魔(子どもの同意を得ずに産まれさせることかららしい)」など、見るに耐えない言葉で罵倒しつくしておきながら、「ずっと独り身で生きる。介護が必要になったらお金で雇った人に世話させる」などと宣う。

    その介護のために雇う人は木の股から産まれたとでも言うのか。誰かが産んで育てたであろう人に世話されながら、「生まれてこない方が幸せ」と主張するなんて滑稽である。

    どこまでも自己中心的で他者に働きかけるという視点が欠落している。投稿者は「一緒にいてくれる人がいるとありがたい」とパートナー探しをしたそうだが、これも自分のための理由でしかない。

    好きな思想の元に生きるのは自由だが、「私は反出生主義です」と言われたところで、「それが何?」という感想しかない。

    ぽにぽに 女性 30代
  • たけのこ says:

    私には生まれてすぐに亡くなった姉がいます。3姉妹の末っ子として生まれた私は、小さいころから「もう一人の姉が生きていたら私は生まれてなかったな。」と考えてきました。「やっぱり子どもは3人欲しかった」と母は言っており、我が家の経済事情からして4人目を作ることは考えにくいので、姉が元気に生まれていたら私は存在しなかったでしょう。

    家族はそれぞれに私のことを大事にしてくれましたが、「どうして姉は亡くなったのに、自分はのうのうと生きているのだろう。」と罪悪感のようなものをどこかで抱いていました。

    死んだほうが良いのかも…。そう考えたことも何度もありました。しかし、世界中には今日の食事にも事欠く人もいるのに、たまたまこの国で食うにも困らず、学校にも行かせてもらった自分は、社会に恩返しをしないと死ぬに死ねないと思い、義務感で生きてきました。

    私は今、岐阜県の女性と同じ35歳です。仕事やプライベートの負荷などで7年前に躁うつ病を発症し、治療を継続しています。うつがひどいと死にたい気持ちが止まらないこともあります。ですが、落ち着いてくると「生まれることも自分の意志ではなかったのだから、死ぬことも自分の意志で行うものではないのではないか」と思えてきます。

    今の私は、この世に生を受けてしまったので、無の存在になれない以上、「生まれた方の幸せ」と「生まれなかった方の幸せ」をきちんと比べられないと思っています。同様に、「生んだ幸せ」と「生まない幸せ」も比べられないと思います。難しいのは「愛情」という言葉です。愛情を持って育てたと言うお母様と、「生まない愛情」と言う女性。どちらにも嘘はなく、立派な「愛情」であると私は思います。

    パートナーの方にどう伝えていくかは難しい問題だと思いますが、納得のいくまで話して、お二人の答えを見つけていけるよう、陰ながら応援しています。

    たけのこ 女性 30代
  • じゅんこ says:

    反出生主義。

    そんな言葉を作ってしまったばかりに、そこへ閉じ込められる人を作ってしまう。

    ありがとう、その一言を嬉しく思わない人がいるだろうか。自分という存在は、どこまで自分でどこまでが自分でないのか、もうわからない。こだわればこだわるほど辛くなるものではないのかな。

    一人で生きている人はいない。みんなつながっているはず。閉じている心も、ふとした加減で開く時があるかも。

    人は変わるもの。
    反出生主義。そうした言葉の枠の中に、自分を閉じ込めて固定化しないで欲しいと思った。

    じゅんこ 女性 50代
  • とある一般人 says:

    私は男性ですが、この方の気持ちにはとても共感します。
    というのも私も同意見だからです。

    事の始まりがいつだったのか、はっきり覚えていませんが、生まれつき病弱だったこともあり、幼少期より生きづらさを感じながら生きてきました。

    死を考えたことは数えきれない程ありますが、自死はなんだか違うという思いもあったりで、結局死ぬこともできなかったため、ずっと死を願いながら、それでも死が訪れることもなく、なんとか今日まで生きている状況です。

    今は54歳になりますが、もちろん楽しかった時もありましたが、今も数々の持病を抱えており、30歳の頃からは、うつ病の兆候も現れて、その当時からメンタルクリニックに通院を続けています。

    10年ほど前に、うつ病が酷くなり始めて会社を休職し、数ヶ月後に復職しましたが、その後も再発と緩和を繰り返しており、当時の会社は退職しましたが、今もまたうつ病で療養中です。

    そういった経緯もありますが、それに限らず人生は本当に辛く苦しい事ばかりで、やはり生まれて来なければ良かったと思っています。

    こちらの女性と違い、幼少期より母親からの愛情はちゃんと受けてきましたので、愛されたことが無いという訳ではありません。
    ですので母親には、生んでくれない方が良かったとは言えませんが、自分の心の中ではそう思っています。

    私は結婚もしていなければ、子供も居ませんが、もし仮に今までに子供を作る機会があったとしても、昔から人生の苦しみを感じてきた身としては、自分の子が自分と同じ思いをする可能性があるなら、その苦しみを自分の手で生み出すのはとても罪深いと思っているので、我が子を作るというのは考えられません。

    もちろんこれはあくまで私見であり、生きるのが苦しいと感じてる方は他にもたくさんいらっしゃるでしょうが、楽しいと感じてる人もたくさん居ると思いますので、それを否定するつもりはありませんし、誰かに押し付けるものでもないと思います。

    そもそも子孫を残すとか種の存続というのは、人間に限らず地球上の生命の本能として存在するものだと思っています。
    何故そういう本能が存在するのかまでは分かりませんが。

    反出生主義という言葉は、この記事を読むまで知りませんでしたので勉強になりました。

    とある一般人 男性 50代

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