「一緒にいじめてただろ!」息子の言葉で目が覚めた 夫の暴力を見て見ぬふり、私も加害者だった

浅野有紀 (2023年3月23日付 東京新聞朝刊)
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「肩肘張って疲れていたけど今は自然体です」と話す女性=埼玉県内で

心のてあて 虐待防止研究の現場から・上

 児童虐待を食い止めるには保護者側の心を手当てすることが大切だとして、理化学研究所(埼玉県和光市)は、子どもとの関係に不安を持つ保護者らに、さまざまな支援プログラムで学んでもらう試みを行った。昨年5月までの約6年間実施した結果、たたくことが減るなど、受講者に変化が見られた。プログラムで何が変わったのか、受講した3人の保護者に前後を振り返って語ってもらった。

「パパはこう言いたかったんじゃ…」

 晩酌して酔いの回った夫が、中学生の長男を呼び付けた。「最近どうだ」。長男が学校であった出来事を報告すると「それはおまえが悪い」となじり始める。説教が止まらない。

 上尾市の40代女性が3人の息子たちとかつて暮らした夫は、子どもへの関心が高かった。かわいがったのは、子どもが素直に親の言うことを聞き入れた時期だけ。長男が小学校高学年ごろから口答えするようになると、夫は手を上げることが増え、暴力が日常的になった。

 その様子を女性は「ただ見ているだけだった」。口を出せば、作った食事を食べないなど夫からの無視が続く。「男同士の関わりはこういうものなのかも」と言い聞かせた。見て見ぬふりをし、夫がその場を離れると、子どもたちに「パパはこう言いたかったんじゃないかな」と声を掛けた。

離婚しても続いた、反抗的な態度

 ようやく離婚したのは6年前。心機一転のつもりが、長男は反抗的な態度を止めなかった。ドアをたたき閉めたり、「死ね」と悪態をついたり。ある日、「しっかりしないとこれから大変だよ」と話すと、吐き捨てるように言われた。「一緒になっていじめてただろ!」

 その一言で目が覚めた。私は加害者だった-。なぜ夫から子どもを守れなかったのか。振り返ると、「家庭をうまく回さなければ」と必死だった。

 女性は、自身の母親に「愛されなかった」という葛藤を抱える。1つ下の妹には笑いかけるのに、自分には笑ってくれない。「病的ですけど、愛されないのはいい子じゃないからだと思ってきました」。わが子には愛情不足だと感じてほしくなかったのに、虐待を止めるのではなく、夫の言動のつじつま合わせに徹していた。「親が争わないことがいい家庭」と思い込んでいた。

関係修復したい 理研の「CARE」へ

 息子との関係を修復したいとすがる思いで本を読みあさり、理研がCARE(ケア)というプログラムの受講者を募集しているのを知り、応募。2021年5月から、オンラインでほかの保護者6人と3回の講義を受けた。

 「命令を減らす」「意識的に子どもの良い面に注目する」など、子どもと温かい関係を築く技術と、その上で子どもに効果的に指示を出す技術を、ロールプレイも交えて教わった。講義を受けるうちに、女性は自分の振るまいを省みた。

受講を通して反省…息子から手紙が

 息子が部屋を片付けてくれた時、雑なやり方にイライラしたが、これからはまず「ありがとう」と受け止めよう。その上で「次はもう少し丁寧だと助かるなあ」と思いを伝えよう-。

 落ち着いて接することができるようになると、息子の方からぼそっと言葉で伝えてくれるように。学校のプリントも出すようになった。長男は高校卒業後、「世界で一番の母親だ」と書いた手紙をくれた。

 受講を通して「謙虚さを欠いていたことを反省した」と言う。女性が子どものころ母親にしてほしかった共感のまなざしを息子に向けられていなかった。「子どもに教えてもらうのが一番。気付きとともに、息子たちも変わってきたなって思います」

理化学研究所の研究とは

 子どもとの関係に不安を持つ保護者らを全国から公募し、世界中で実施されている7つのプログラムから、それぞれの状況に合うものを受講してもらった。昨年5月までに修了した119人にアンケートしたところ、子どもの問題行動の減少や、保護者の抑うつも改善する傾向が見られた。また、未就学児の保護者25人に「先週は何回子どもをたたいたか」と質問すると、1回以上たたいたと回答した割合が、受講前は24.7%だったのに対し、受講直後は16.4%、1年後は14%に減った。

元記事:東京新聞 TOKYO Web 2023年3月23日

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