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〈アディショナルタイム〉京アニが生んだ再生の弓道小説『ツルネ』

谷野哲郎  
 多くの人が犠牲になった京都アニメーションの放火事件から2カ月がたちました。凄惨(せいさん)な事件は今でも語る言葉を持ちません。犠牲者の方々のご冥福を祈ると同時に、今回は彼らの作品で特に印象深いものを紹介したいと思います。『ツルネ 風舞高校弓道部』(綾野ことこ著、KAエスマ文庫)は弓道に打ち込む少年たちのあきらめない心を描いた再生の物語です。

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 物語は中学の弓道部で活躍した鳴宮湊(なるみや・みなと)が、風舞高校に入学するところから始まります。湊は幼なじみの静弥と遼平から何度も弓道部に誘われるのですが、なぜか断り続けます。頑なに拒絶するのには、ある理由がありました。

 実は「早気(はやけ)」にかかっていたのでした。早気とは自分の意思に反して、早く矢を放ってしまう運動障害のこと。精神的な問題だけに、弓道では最も治すのが難しい病とされています。中学最後の試合で的を外したことで、以後、弓を引くのが怖くなってしまったのです。

 そんな湊を変えたのは、偶然、迷い込んだ弓道場で出会った滝川雅貴でした。同じ早気に苦しんだ経験を持つ青年弓道家の指導を受け、湊は風舞高校弓道部に入る決断をします。待っていたのは静弥、遼平の他、海斗、七緒の個性あふれる仲間たち。彼らと友情を育みながら、悩みや迷いと向き合っていくのです。

 タイトルの「ツルネ」とは聞き慣れない言葉ですが、「弦音」と書き、矢を発したときに鳴る弦の音のこと。射手の心理状態の影響を受けやすく、いつも同じ音を出せるとは限らないのだそう。湊は幾度となく失敗を繰り返しながら、正しい射法で、美しい弦音を鳴らそうと努力を重ねます。彼の早気が治ったかどうかは、ぜひ皆さんの目で確かめてください。

 京都アニメーションでは毎年、映像作品の基になる小説を公募しており、「ツルネ」は第7回大賞の小説部門審査員特別賞を受賞した作品です。アニメ化され、NHKで昨秋から今冬まで放送していたので、話題になりましたね。京アニの特徴である映像美、特にふとした風景に描かれる色彩の美しさは、出色の出来でした。

 この作品は、湊やその周囲の人が弓道を通じて自分の過去を乗り越えることがテーマになっています。考えてみれば、京アニの作品は、耳の聞こえない女の子へのいじめを扱った「聲(こえ)の形」、戦争で両手を失った少女が手紙の代筆業を始める「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」など、悲しい過去との向き合い方、再生がテーマになっているものが多いのですが、私は同社の現状と重ね合わせずにはいられません。

 現在、京都アニメーションには全世界から応援メッセージや支援金が寄せられています。「事件に負けないで」と、活動再開を切望する声も聞かれます。「ツルネ」も2巻まで発売されていますが、未完です。一日も早く続編ができるよう、同社が以前と同じようになるよう、心から祈っています。

 「アディショナルタイム」とは、サッカーの前後半で設けられる追加タイムのこと。スポーツ取材歴30年の筆者が「親子の会話のヒント」になるようなスポーツの話題、お薦めの書籍などをつづります。