産後ケア事業で2カ月の乳児が死亡、責任はどこに? 両親が横浜市などを提訴 全国に急拡大、母親をサポートするはずが…安全管理は現場任せ

神谷円香 (2024年2月27日付 東京新聞朝刊)
 出産後の女性をサポートする横浜市の「産後ケア事業」を委託されていた助産所で一昨年、乳児が死亡する事案があり、両親が横浜市などを相手に計約8900万円の損害賠償を求めて横浜地裁に提訴した。産後ケア事業は全国の市区町村で急拡大しているが、子どもの安全管理は現場任せになっているのが実情だ。産後ケア事業に関する死亡事案が司法の場で裁かれるのは初めて。間もなく始まる裁判では、小さな命を守る責任の所在が争点になりそうだ。
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生前の写真などが飾られている茉央ちゃんの仏壇=横浜市で

助産師がミルクを飲ませた30分後に…

 亡くなったのは、当時生後2カ月の長女茉央(まひろ)ちゃん。訴状などによると、母親は2022年6月8日、横浜市が産後ケア事業として実施していた宿泊型サービスを利用し、市内の助産所に2人で泊まった。

 母親が助産師に預けて別室で休んでいたところ、助産師がミルクを飲ませて寝かせた約30分後、心拍停止の状態で発見され、その後死亡が確認された。

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亡くなる数日前、ベビーカーに初めて乗った茉央ちゃん

 死因は特定されていないものの、ミルクの誤嚥(ごえん)による窒息の可能性が高いとみられる。両親は「市は安全管理の指導を怠った」と主張している。

 横浜市は、宿泊型サービスでは母子同室が基本と説明。茉央ちゃんが死亡した経緯も「権限がない」として詳しく調べていない。事業内容に「預かり」は含まれていないという立場だ。

「預かってもらえる」と勧められたのに

 確かに横浜市は、利用案内に「預かり目的では利用できない」と明記している。しかし、母親は2年前、市による新生児家庭への訪問の際、担当者から「預かってもらってゆっくり寝られる」と勧められたという。

 夫は仕事が忙しく、初めての子育てで産後うつの状態に陥る中、「市の事業なら安心」と2回利用。3回目となった死亡事案の発生当日は、助産師に「何かあれば起こして」と伝えていた。「30分も目を離されると分かっていたら預けなかった」と悔やむ。

 産後ケアの必要性は認めている。だからこそ、悲劇を繰り返さないためにも「安全管理はしっかりしてほしい」と力を込める。

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横浜市役所

政府のガイドラインは「子どもの安全管理」が不十分

 政府が自治体向けに作成した産後ケア事業のガイドライン(運用指針)には、子どもの安全管理に関する記述が乏しい。母親の育児不安を取り除き、心身の状態を安定させるのが主目的の一時的な支援策と位置付けているからだ。乳児にかかわる重大事案発生時の報告様式すら昨年1月まで定めていなかった。

乳児対応は?2024年度中に改定へ

 こども家庭庁によると、子どもを安全に預かる「保育」を行うかどうかは各自治体が判断する。母親の入浴中などに短時間、子どもを預かったり、体調を回復させるのに1人で休息させる必要が生じたりすることが想定される。

 こども家庭庁は2024年度中をめどにガイドラインを改定する方針で、乳児への対応についても新たに盛り込みたい考えだ。

「母親のため」子どもがおろそかに

 改定作業に参画する日本産婦人科医会の鈴木俊治常務理事は「事業は母親のためのケアとして始まり、これまで子どもの安全管理はおろそかになっていた」と認める。

 一方、委託先で不定期に利用があるたび、子どもの面倒を見る人員を確保しようとすれば、より多くの予算が必要になることも課題に挙げる。その上で「理想は子どもから目を離さないことだが、少しの時間でも、子どもの急変は家庭でも起こり得る。何分おきに様子を見るなどの基準を決めるのは難しい」と打ち明ける。

産後ケア事業とは

 産後に心身の不調や育児不安などがある母親と乳児を対象とする子育て支援策。病院や助産所の空きベッドなどを活用する「宿泊型」、施設を訪れる「デイサービス型」、自宅に担当者が赴く「アウトリーチ型」がある。2014年度に国の妊娠・出産包括支援モデル事業の一部として始まり、翌2015年度から本格実施。実施主体は市区町村で、2021年4月施行の改正母子保健法で事業実施が努力義務になった。国は財源の2分の1を補助。2020年5月に閣議決定した少子化社会対策大綱では、2024年度末までの全国展開を目指すと明記し、2022年度時点で約84%に当たる1462市区町村が行っている。 

元記事:東京新聞 TOKYO Web 2024年2月27日

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