<記者の視点>わが子も「問題児」だった… 横須賀市の学童保育預かり拒否 自治体は福祉の視点を 

(2019年4月9日付 東京新聞朝刊)
子育て世代がつながる
 小学生が放課後を過ごす学童保育(放課後児童クラブ)。共働きやひとり親の家庭が増え必要性が高まる中、児童福祉が専門でない事業者の参入によるトラブルを取材した。
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今川綾音記者

「断られても仕方ない」 多数の反響にやり切れない思い

 神奈川県横須賀市にある民設民営の学童保育が1年前、「指導員の言うことを聞かない」と児童2人の預かりを拒否した。保護者は、事業者に補助金を出している市に相談したが、いまだに学童を利用できずにいることを東京新聞と「東京すくすく」で報じた(「二度と学童に来るな」事業者に怒鳴られ、子どもが通えないまま1年…横須賀市は介入打ち切り)。

 記事に対し、東京すくすくには「断られても仕方がない」との指摘が多数寄せられた。「子どもに問題があるのに受け入れろと要求するのはモンスターペアレント」「学童にそこまで求めるな。現場は回らない」。つまり「事業者が子を選ぶのは仕方がない」という意見だ。一定数はあると思ったが、ここまでとは正直やり切れない思いだった。

指導員「いろんな子がいるのが学童」 徐々になじんだ息子

 私も手のかかる「問題児」の親として、2年前まで「受け入れを拒否されても仕方がない」と思っていた。

 息子は1年生の時、同学年の友だちに乱暴する、指導員の言うことを聞かない、ルールを守らない-と問題行動のオンパレードだった。毎日学童に預けるのが指導員に申し訳なく、夏休みは遠方の両祖父母宅へ何日も行かせた。

 そんな息子に粘り強く付き合い、学童生活に徐々になじませてくれたのは指導員たちだった。「いろんな子がいるが、それが学童。任せていただいて大丈夫ですよ」。その言葉に励まされ、学童と密に連絡を取りながら2年間息子を見守ってきた。3年生になった今、息子は生き生きと学童に通い、目立った問題行動もなく落ち着いている。

 たしかに、受け入れ側の苦労もあるだろう。ただ、そもそも学童保育は「サービス」でなく「児童福祉」と位置づけられている。その視点は見落とされがちだ。

子どもの安全と保護者の安心 視点欠く横須賀市

 全国学童保育連絡協議会の佐藤愛子事務局次長は言う。「『学童はお金になる』と参入し、『言うことを聞かないならやめてもらう』との意識で運営する事業者が増えている。でも本来は指導員に、問題のある子が納得できる指導をする力が求められる」

 2月の市議会では、「子どもの立場で考えていない」との指摘も出たが、市は「事業者と保護者が話し合いにより解決してほしい」と繰り返すばかり。まるで人ごとだ。補助金も出しているのに当事者意識が欠けていないか。

 子どもが安全に過ごせ、保護者が安心して預けられる-。取材では、学童保育にとって一番大事な視点が置き去りにされていると強く感じた。2015年に見直された子育て支援制度で「市町村事業」と位置付けられた学童保育。必要な支援を受けられない人をなくすためにも、「保育の質」の担保について、自治体がもっと手厚く関わる必要がある。

すくすくボイス

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コメント

  • 匿名 より:

    本当に大変でしたね。私は九州地方の学童支援員の補助員です。なので主になって保護者の対応や運営に関わる事はありません。そんな私が感じた事です。
    確かに力の足りない、努力の足りない支援員はいると感じます。それは共に働く支援員がその支援員への支援が足りないからだと思います。そして何より支援員としての自覚と責任が足りないのだと感じます。自分自身もまだまだだと日々寝る間際まで反省し次に繋がるよう努めています。

    私の学童にも他の子や支援員に暴力、暴言、物を壊す等を繰り返す子どもがいます。色んな子がいて当たり前。そう思いながら一年間一生懸命支援させて頂きました。そこで感じたのは、やはり保護者の協力がなくてはとてもじゃないが難しいという事です。保護者の方からは「言われないと分からない。」「仕事をしているのにそこまで求められても。」「学童に預けてる間は学童の仕事でしょ。」という気持ちがこの一年間でひしひしと伝わってきました。

    子どもは正直なので、保護者が家で言った事をそのまま言います。例えば、人に怪我をさせるような行動を取りそうになった時、「危ない!お友達が怪我するよ!」と声掛けをしました。すると、「学童で起こった事は先生たちの責任。パパが言ってた。」と。遊びが発展し過ぎてそういう行動になったようだったので似たような遊びを提案し、遊びたい気持ちを受け止めつつ再度危険だった事を伝えました。聞いてないそぶりでしたが、背中を少し触ってスキンシップを取りながら伝えました。危ない目に合いそうだった子はその子の態度にとても不満そうでした。もちろんその子にも「びっくりしたね。早く気付かなくてごめんね。また何かあったら話してね。」と伝え、本人もとりあえずは納得していました。問題行動は日に何度もです。なので周りの子はいつもそれらを見ています。いくら支援員が理解が求められるよう努めても、毎日迷惑している子どもたちはたくさんいます。これを支援員のせいだけにされては堪ったもんではありません。こんな状態で保護者の協力が得られなければどうでしょう。

    あまりにも我が子を見ていない、知らな過ぎ、覚悟が無さ過ぎではないでしょうか。子供を作る、産む、育てる事を決めたのは親です。孤立しがちな社会と言われてますが、我が子のために自分から進んでコミュニティに入ろう、作ろうとしていますか。何かご自身に問題があるようでしたらその対処をしようとしてますか?知らない、分からない、なら学ぼうとしてますか。自分の時間がないと言われる方もいますが、毎日何時間も勉強せずとも、隙間時間の一部分を我が子を知るために使えばいいのでは? 問題児と言われてるなら尚更明らかですよね?子どもを育てるのにお金も時間も労力もかかるのは容易く想像できますよね?そもそも気付いてないのなら我が子を見ていない、自覚が足りないのでは?問題児と言われた時点で何か気付くチャンスなのでは?人のせいにする前に自分を見つめ直すチャンスなのでは?隙間時間の一部分、子どもに使えませんか?使えないなら使えるように工夫してますか?使う気ありますか?

    さて同じ空間にいる他の子どもの気持ちはどうでしょう。八つ当たりされ、暴言を吐かれ、学習中に問題行動を起こす子は自分は学習したくないと奇声を永遠と聞かされ、通りすがりにちょっかいをかけられ拒否すると殴られ…。その度に対応する支援員を蹴り、殴り、暴言を吐く。クールダウンのため別室へ。対応した支援員を追いかけてきて殴る蹴る暴言を吐くが日常茶飯事。これらを聞いて「学級崩壊しているのでは?」と言う人もいます。止める事は実は簡単だと思います。大人主体のルールでがんじがらめにすればいいだけです。でも国が定めた指針は『子ども主体』を重んじています。私自身も学童だからこそそうできる子どもたち自ら学童を作っていく事がすごく良い事だと思います。 だからこそ保護者の協力が不可欠です。

    家と学童の環境は全く違います。家で大人しいのに、家で言う事を聞くのに…は通じません。少し考えれば容易く想像できると思います。知らない、分からない、聞いてなければ尋ねるべきです。学童は客商売ではなく児童福祉。保護者もそれに大きく加担してますよね。自分が想像する答えが返ってくるなんて甘いと思います。覚悟が足りないのでは?我が子のために食い下がるのが保護者なのでは?

    支援員は懲戒の権利を持っていません。でも保護者はその権利を持っています。それだけ保護者は子どもに対して大きな責任があるという事ですよね?
    本当に子育てを頑張って下さっている保護者の方はたくさんいます。本当にたくさんいると感じます。私がいる学童でも8割以上はそうだと感じています。でも2割ほどは今回書かせて頂いた事を伝えたくなる方がいます。問題を起こしている子ども本人が一番困っていると強く感じます。私はこれからもその子に対してその子のための支援ができるよう日々努めていきたいと強く思います。

    私たち支援員は子どもだけでなく保護者への支援も求められています。それは本当に必要だと思います。保護者が健全でなくては子どもも健全にはなり得ません。支援員から歩み寄り、支援できるようこれからも努めていきたいです。殴られようが暴言を吐かれようが、真正面からぶつかってくるその子の気持ちに寄り添ってこれからも支援していこうと努めてます。支援員も覚悟してます。保護者も覚悟してほしいです。

  • 匿名 より:

    ADHDの息子。児童クラブの申し込みと福祉サービスも年中の12月から何件か見学し、児童クラブには適切なサービスが受けれる所へ。とやんわり断られ、ADHDのみだと健常児と同じ通常クラスで授業をする。配慮や支援で通級クラスに入れる。
    支援学校の生徒や本当に支援がいる子ども達の利用時間を削って、息子を入れるのは違うのではないか。福祉サービス→療育を目的にしているので、児童クラブの様な単に預け先ではない。通えても週に2日ぐらい。小学校にあがるまでにしっかり、登下校、留守番をしっかりできる様にしてください。と福祉サービスの支援員さんに言われてしまい、何もいえませんでした。
    年少から三年間、療育と保育園の平行通園。母子通園の日も通いました。療育の職員の方には仕事を辞めて下さいとまでいわれました。手帳がないので保育料も療育料も高いです。私も生活があります。働かないと、生活できません。仕事をしているし、下校、夏休み、1人で息子に留守番。はっきり言って、無理です。どこにも預け先がない。見放された思いでした。会社にはフルタイムからパートへ変更からの、出勤時間もシフト制を固定時間に変えてもらい、児童クラブへ預ける時間を短くするので、私たちも努力します。と食い下がり、市役所の方々が、今年度入れるかどうか(児童クラブの職員会議は定期的にあります)決めるので…
    といわれつつなんとか、児童クラブにはいれました。
    何度辞めてくれ、このままだと通えないと言われた事か。来年は二年生で絶対的に通えないです。フルタイムでもないし、シングルでもないので、しょうがないと思っています。
    投稿の職員さんは口が悪いと思います。が、ケガ はあってならない事です。ゆうことを聞かない、ルールが守れない、衝動(うろうろする) 他のお子さんがケガをされたら大変、あってはならない、安全に安心して預けられないと困る、と何度もいわれました。私はその通りだ。と思い、子どもと私と主人でこの先も乗り越えていけないんだと、つくづく思った1年でした。
    ADHDは健常者には障害者枠でしょ。ADHDは福祉関係のかたは健常者の枠でしょ。という考え方のスキマに私親子はいるんです。2年生で夏休みひとりで留守番させます。してもらわないと困ります。
    下校→帰宅→留守番の練習もしました。会社を早退して、徒歩で学校へ行き下校を一緒に帰る。親は往復1時間かかります。半月しました。そこから始めました。頼れないです。フルタイムに戻ってと会社には言われますが、戻りたいけど、しょうがないと思ってます。

  • 匿名 より:

    公金における補助を受けているのだから、すべてを受け入れてほしいと思われる親御さんの気持ちは分かりますが、現実にはその学童にすでに入所している中に、対応に工夫のいるお子さまがすでに複数入れば、これ以上は厳しいということもあります。
    学童の運営は厳しく、職員は少ない給料(ワーキングプアのレベル)で、子どもの命を預かっています。行政がいうように、学童の職員と相談して折り合いをつけるしかないのではと感じます。俗に学童デイサービスと呼ばれている障害児の放課後支援なども利用しながら、就労を続けていく道もあると思います。

  • 匿名 より:

    私の息子は知的障害の可能性があり、療育の医師から発育を促すために早期の保育園を勧められましたが、保育園に受け入れ拒否されました。発言なしですが、他害も自害もないと説明したのですが、酷い園は小バカにしたように『来年度の入園者は決まっている、ごめんなさいね』『うちの園が、どのような園がご存知?』と言われ、公立以外の園は見学さえさせてもらえませんでした。
    区役所では『粘って必ず見学した園を申し込みして下さい』と言われたのですが、相談しても『見学した園のみ申し込みして下さい』と取り合ってもらえず。
    まだまだ、息子の障害を飲み込めない親には、保育園の対応も、区の対応も、絶望を与えるには十分な破壊力でした。これから先、私達はこのような差別を受けていくのか・・・。特別な加配を求めたわけでなく、ただ息子を同世代の集団にいれて、少しでも発達を促したかっただけなのに。人手が足りないなら親が同伴だって良かったのに。何も出来なくて、惨めで、息子に申し訳なくて、とても居たたまれなかった。
    こんな思いをする人は、一人でも少なくして欲しい。

  • 匿名 より:

    今私も学童を経営しています。
    種々な子供達ですが、全てが学童のせいしてしまう保護者、私は子供一人一人がかわいいし、我が子の様に接しています。時には怒ったり、宥めたり、必要です。
    トラブル事は子供達は当たり前、この中で種々な事を学んで欲しい、思いやる気持ちを経営する側の立場、保護者の立場、我が子が一番と思う気持ち毎日がお互いに勉強です、

  • 匿名 より:

    自分の子どもに指導をしない親はいないと思います。指導をしていても、子ども同士のトラブルは起こるものです。ましてや、学校生活や学童には親はいないのですから、事故を起こさないように解決をするのは指導にあたる大人です。だからこそ、指導力が求められているのです。
    学校の先生は資格を持ち研修を重ねる体制が整えられているため指導力がありますが、学童の支援員にはそこまでの法制度も体制も整っていません。ですから、事故やこのような事業者の身勝手な受け入れ拒否が起きてしまいます。
    学童も子どもたちの集団であり福祉施設であるため、支援員の指導力が必要となり、この課題が行政に求められているのです。
    この課題を解決できるのは、行政しかありません。子どもたちの健やかな未来のために、改善がされることを願ってやみません。

  • 匿名 より:

    乱暴をしないよう、記事を書いた方はご子息に保護者としてご指導なさらないのでしょうか?
    「同学年の子供に乱暴する」に「粘り強く付き合い」今は「子供は落ち着いております」
    乱暴を受けて、怪我を負わされた経験を持つ保護者です。

  • 匿名 より:

    4月9日の「視点」を読みました。私には自閉症・知的障害のある子供があり、やはり学童受け入れに関して苦労した思い出がよみがえってきました。
    障害があろうとなかろうと、子供は理由もなく問題行動を起こすものではないと思います。行動を起こすのは子供ですが、その責を子供に押しつけることはできません。問題行動の陰に隠れた理由を見つけだし、解決するのは大人の責任であり、学童であれば設置者や管理者である行政の仕事です。
    学童における生活で一番問題なのは、「集団生活」ばかりが強調され、一人ひとりの子ども固有の特性や生活リズムを抑圧しがちなことです。うちの子どもの場合、聴覚過敏があり集団生活では安定を失いがちで個別の配慮が必要でした。障害者手帳を所有していたこともあり、特別に保育加算を受けて個別対応していただき乗り切ることができましたが、もしそれがなかったなら、問題行動を起こす子どもとして学童から排除されてしまったでしょう。
    問題行動を理由に学童保育の利用を拒否できるのであれば、それはもはや公的サービスとはいえず、公金による補助を受けるという正当性を失います。
    それにどのような行動をもって、それを問題とするのかは人によって大きく基準が異なります。「大人のいうことを聞かない」から問題だというのは、子供の問題ではなく、大人の指導力の問題です。
    子育て支援は経済性や効率性を元に判断してはならず、一人ひとりの特性にあわせた体制づくりが必要です。

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