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画家 山口晃さん 父みたいな人を「芸術家」というんだろうなあ  

(2019年9月29日付 東京新聞朝刊)

家族のこと話そう

写真

(河郷丈史撮影)

施設勤務の傍ら スケッチ、抽象画、漫画、木彫りも

 障害者施設の職員をしていた父は、絵を描くのが好きでした。食後に出された桃を描いたり、どこかに出掛けてスケッチをしてきたり。奇妙な四角の抽象画もあれば、何だかよくわからない「断面」の絵をひたすら描くのがテーマの時期も。とにかく、いろんなものを描いていましたね。

 漫画もありました。「それいけピーマン」というタイトルで、八百屋の店先で暴れるならず者をピーマンが退治するというストーリー。絵のほかにも、山で拾ってきた枝を削り、だるまみたいなものをいくつも作るのに熱中していたこともあります。

人に見せるでもなく、ビビッときたものを掘り下げる

 興味に貪欲で、ビビッときたものを掘り下げる。身の回りのものに突き動かされ、興味の火がぱっとともって、ともり続けたり、すーっと消えたり。火が消えたときが、終わるとき。誰に言われるでもなく、人に見せるわけでもなく、繰り返す。今から思うと、こういう人を芸術家というんだろうなあ、と。

 芸術家が制作に打ち込むというと、自分の世界に閉じこもる、というふうに見られがちなんですが、逆ではないでしょうか。ものすごく世界が開かれていく。むしろ、展覧会に作品を出して人と接しているときは、その関係性で忙しく、世界が閉じてしまう。

 父も毎日、施設の利用者のお世話をして帰ってきた後、一人で世界と向き合っていたんだろうな、と思います。

絵の終わりは自然に決まる…父の姿見て、先生に反発

 幼いころの僕はレゴブロック、粘土、絵の3つの遊びの繰り返しで、一人遊びが好きでした。絵は今も両親がとってくれてあります。例えば、金魚鉢に車輪が付いた絵には、「晃は最初に形にした絵が蒸気機関車だから、どうも車輪をつけなくてはいけないと思っているらしい」みたいな父のコメントも。子の成長に目を細めるというより「ほーう」と興味深げに観察している姿が見て取れるんです。

 小学生のときの絵の課題で、僕ができあがっていない絵を先生に提出すると、「時間をかければ、誰だって描ける」と突き返されたことがありました。僕は心の中で「それは違います」と。桜の木を描くなら、幹は黒っぽかったり、コケが生えていたりして全部色が違う。観察せずに「幹は茶色」という見方をしてしまったら、時間をかけたくてもかけることができない。保育園のときも、絵を描く時間の最後に「また明日、続きを描く」と言って提出するような子どもだったそうです。

 絵の終わりは人が決めるのではなく、自然と終わるもの。それを普通のことと思わせてくれたのは、興味の火が消えるまで描き続けていた父の姿でした。今でも、締め切りというものは全く、僕の性に合わないんです。

やまぐち・あきら

 1969年、東京都生まれ。群馬県桐生市で育つ。東京芸術大大学院美術研究科絵画専攻(油画)修士課程修了。日本画の伝統的な手法を用い、街を緻密に描き込んだ鳥瞰(ちょうかん)図などで知られる。NHK大河ドラマ「いだてん」ではオープニングのタイトルバック画を担当した。

元記事:東京新聞 TOKYO Web 2019年9月29日