大好きな柳田選手に会いたい…親子ふたり旅〈清水健さんの子育て日記〉48

(2023年1月27日付 東京新聞朝刊)
写真

思い切って行ってよかった! 息子の笑顔が全てです

清水健さんの子育て日記

全身「ギータ」で大阪から大分へ

 親子ふたり旅。最高の笑顔を見ることができました。

 大好きなソフトバンクホークスのギータこと柳田悠岐選手の自主トレを見に、大阪から大分県まで。出発は午前5時半。僕が起きた時には息子はすでに、ギータのユニホーム、ギータのバッジがついた帽子、ハンカチ、サコッシュ、マスクもギータ。全身を「好き」で包み、準備は万全。

 大分空港からはレンタカー。どんな表情を見せるんだろう。ハンドルを握りながら想像し、親であることのうれしさをかみしめる。昨季、何度も球場でメガホンをたたき、活躍を願ってグラウンドを見つめていた息子。その大好きな選手が、いつもより近くで見られるかもしれない。

 僕もキャンプ取材には行ったことがあるけれど、自主トレは初めてなので、「近くで会えるよ!」というような過度な期待はもたせずにいた。

 着いた! すでに多くのファンが待っている。勝手が違うレンタカーの鍵に少してこずる僕に「落ち着いて!」と息子。ふたりで走る。

 いた! いつも京セラドームで見ている柳田選手が、バットを振る時の声もはっきりと、そして、話し声も聞こえる距離。室内練習場の見学は、先に到着したファンがグルッと囲っていて、見られる場所が限られる。隙間を探して息子を肩車。久しぶりかもしれない。重くなった。

先輩パパが言う「寂しさ」の意味

 シングルファーザーの先輩である、「はなちゃんのみそ汁」の著者、安武信吾さん。娘さんが20歳を迎えた。「ダメです。たまらなく寂しいです」とのLINEが届く。まだまだ続く子育て、離れていくわけではない。それでも、あふれてくるであろう、いろんな感情。僕はまだ、今に必死で、息子の20歳は想像できないけれど、時間に追われ、子育てに追われ、仕事にも追われ、それでも、一番に、家族とのことを思い走り続けてきた。「寂しさ」、その言葉の意味することがわかりすぎて切なくなる。

 大阪に戻り、興奮しながらも、僕の膝に、まだまだ小さい頭をのせて、すぐに眠ってしまった息子を見て思う。この子のためなら何でも頑張れる。頑張らないといけない。

 「絶対に寂しい思いはさせないから」。そう妻と約束した言葉を思い出しながら、なぜか涙があふれた。これでいい、こんなんでいい。息子の満足した寝顔から感じる幸せと、妻と喜びあえない寂しさ。でも、きっと妻もこの寝顔を見て喜んでくれていると思う。(フリーアナウンサー)

1

なるほど!

94

グッときた

2

もやもや...

3

もっと
知りたい

すくすくボイス

  • 南初子 says:

    清水さん、お疲れ様です。大好きな息子さんと柳田悠岐選手の自主トレ行かれたのですね!息子さんも大好きな選手が目の前で見られ本当に嬉しかったと思います。清水さんの笑顔にとても癒やされたと思います。育てる中で本当に苦労はあると思いますが負けずに頑張って欲しいと思います。最近痩せてきたのでとても体のことが心配です。
    これからも息子さんと2人走り続けてくださいね。応援しています。

    南初子 女性 70代以上
  • 何年経っても、、 says:

    清水さんと同い年の主婦です。大阪に越してきてからTVで拝見していました。
    私は、子供を無事産むことさえ出来なかったので、、無事産まれた奇跡、その手に抱くことが出来た奇跡は素晴らしいと思います。普通に思い描いていたことと、現実はこんなに違うのかと思わされることばかりの日々。このコロナ禍もそうです。地方に実家がある為、コロナ禍が始まって以来の3年、実家に帰省出来ず(大阪からは帰省しないで欲しいと)、その間に、義弟、父をガンで亡くしました。父の葬儀の際は、大阪は緊急事態の真っ只中、実父の葬儀にも帰って来ないほうがいいと言われお別れも見送りも出来ないまま、心に折り合いもつけれず日々を送っていました。去年やっと1周忌に帰省し、少しだけですが、気持ちが楽になった気がします。それでも、未だにいつでも、涙が出ます。失ってすぐの時と、また違う感情、寂しさの涙だと思っています。何年経っても寂しさは形や種類が変わってもあると思います。でも、日々の生活でいっぱいいっぱい、その気持ちもわかります。
    妹の旦那さんである義弟は39歳の若さで家の父より半年早くガンで亡くなりました。妹と子供3人を残して。一番下の甥っ子だけ年が離れているので、まだ小学4年生でした。パパを亡くしたこともショックなのに、コロナ禍で普通の生活がままならず、修学旅行も県内から出れないという状況で、つまらないと愚痴を言っていました。この春、小学校を卒業したら大阪に遊びに来ると、、本当は3年前から来たいと言っていたのに叶わず、3年越しにやっとこれる形です。この2、3ヶ月の間にも同居していた義弟の父、おばあちゃんと相次いで亡くし、誕生日プレゼント何が欲しいと甥っ子に聞いたときには「普通の日常」と言っていたとのこと。子供ながらに寂しさや、急な環境変化、喪失感、色んな葛藤を抱えているからこそ、口から出たのだと思います。私は我が子さえ抱けませんでしたが、春休みに来たら甥っ子に楽しい思い出をたくさん作ってあげることは出来るはず、、と自分の話ばかりになりましたが、清水さんと息子さんの、この記事で、ますます思い起こさせられた気がします。寂しい思いはさせない、、自分も寂しくても、小さな子供の寂しさを思うと、そう言い聞かせてしまいますよね。清水さんも無理だけはなさらず、自分の気持ちも労りつつ、息子さんとの日々を大事にお過ごしください。

    何年経っても、、 女性 40代

この記事の感想をお聞かせください

/1000文字まで

編集チームがチェックの上で公開します。内容によっては非公開としたり、一部を削除したり、明らかな誤字等を修正させていただくことがあります。
投稿内容は、東京すくすくや東京新聞など、中日新聞社の運営・発行する媒体で掲載させていただく場合があります。

あなたへのおすすめ

PageTopへ