3歳児放置死、母親も壮絶な虐待経験 悲劇の連鎖を断つには「受刑中の回復プログラム」が必要

木原育子 (2022年2月13日付 東京新聞朝刊)
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被告と向き合い続けた社会福祉士の橋本さん=東京都千代田区で

 3歳の娘を東京都大田区の自宅マンションに置き去りにし、死亡させたとして保護責任者遺棄致死罪などに問われた母親(26)の裁判員裁判。東京地裁は9日、懲役8年(求刑同11年)の実刑判決を言い渡した。被告自身も壮絶な虐待を受けて育ち、結果的に自らも繰り返した。刑務所内での処遇でも、虐待した受刑者に特化したプログラムは事実上ない。虐待の心的外傷(トラウマ)はどうケアされるべきか。

法廷で「うちがこんな弱くなければ」

 被告は法廷で、何度も何度も娘の名を呼んだ。「のんちゃん、ごめんね…。ごめんなさい…」

 事件が起きたのは2020年6月上旬。新型コロナ第1波の緊急事態宣言が解除された直後のころだ。起訴状などによると、被告は知人男性に会うため、鹿児島県に1週間以上出かけた。その間、当時3歳の稀華(のあ)ちゃんを自宅に置き去りにし、死亡させたとして、保護責任者遺棄致死罪などに問われた。

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死亡した女児が母親と暮らしていたマンション=東京都大田区で

 今月1日の東京地裁、最終意見陳述。被告は黒のスーツに身を包み、証言台の前に立っていた。

 「ただ、ただ…全部後悔しかない。うちがこんな弱くなければ、言いたいこともちゃんと言えていたら…」。ひと言ひと言途切れ途切れ、消え入りそうな声で、被告が話し始めた。

風呂に沈められ、ゴミ袋に入れられ…

 実母が高校生だった17歳の時に生まれた被告。いったん施設に預けられ、小学校入学とともに実母に引き取られた。

 公判では、風呂に沈められたり、ゴミ袋に入れられたりと、実母から壮絶な虐待を受けていたことが明かされた。被告が小学2年の時、両親は保護責任者遺棄容疑などで逮捕される。その後、18歳まで宮崎県の児童養護施設で暮らした。

 「親の虐待、施設でのこと、学校のこと…。暴言暴力も、こんなうちがいけないし、自分が弱いから悪い」。意思を伝えることを極度に恐れ、人の誘いを断れない。裁判でも、流されるままに生きてきたこと、そうしなければ生きていけなかったことを切々と語った。「いらなくなったら捨てる。うちは、そういうモノや道具と一緒なんだなってずっと感じていました」

 裁判員も言葉をぶつけた。「だとしても、たとえ過去の虐待があっても、3歳の子を1人にしたらどうなるか、何も思わなかったのか」。被告は「のんちゃんが…うちからいなくなるっていうのは考えていなくて。ずっと…何があっても生きていてほしいっていう思いがあったから」。被告なりの懸命な弁解が、法廷に響いた。

「全部間違ってた」捜査中に自殺未遂

 鹿児島に行く前、被告は寝室にお菓子やパン、ペットボトルの水を残し、稀華ちゃんに二重におむつをはかせた。「(私は)何とか自力でお風呂場の水を飲むっていうぐらいだったので、それは嫌だったので、食べてほしいっていう思いがあったので(お菓子と水を)いっぱい置きました」

 だが、被告が自宅に戻ると、稀華ちゃんは息絶えていた。変わり果てた「宝物」の姿に、警察の捜査で別室に待機中、被告は自殺未遂。「うちが我慢してれば、一人で頑張ってれば、そうしてればって…。我慢の限界…どんどん超えていたことも、過去に縛られていたことも全部間違ってたんだって」。あふれ出る涙をぬぐい、鼻水をすすり、ぐちゃぐちゃになって自身を全否定する。

 そんな被告と同じように、涙を流す一人の女性が、傍聴席の傍らにいた。

「虐待の支配」から抜け出せていない

 被告を見守っていたのは、橋本久美子さん(52)。福祉的支援が必要な人をケアする社会福祉士だ。20年10月に起訴された後、弁護士側から「被告の話を聞いてあげてほしい」と打診があり、支援に入った。公判が始まるまで、1カ月に2回ほど計28回、東京拘置所に通った。

 面会で被告が自身が受けた虐待のことを話す時は、おびえた子どものような表情を見せ、今も「虐待の支配」から抜け出せていないことが橋本さんに伝わったという。時に取り乱す被告に、橋本さんは何度も語りかけた。「生きて幸せになっていい。今死んだら、苦しみから逃げているだけ。死んでしまったら、のんちゃんを思うこともできないんだよ」

 法廷で、被告は橋本さんと向き合った日々を振り返り、言葉を絞り出した。「橋本さんと出会っていなかったら、うちはただ(この公判でも)自分が悪い、自分が全て悪いとしか言えなかったと思います。のんちゃんにしたことに対して償うために、何をしたらいいのか、何をすべきなのか…。ちゃんと考えて、のんちゃんを思って…」。少しの沈黙の後、「償うためにも変わりたい」。やっと言えた意思だった。

 9日の判決では、被告の「成育歴」が事件に影響を与えたとしたが、「一人衰弱していったつらさと苦しみは言葉にしがたい」と、懲役8年が言い渡された。

公判でやっと福祉的ケア 珍しくない

 虐待で受けた心の傷は癒えずに沈殿し、皮肉にも、公判を通して初めて福祉的ケアにつながった。被告のケースは珍しいのか。

 刑事施設での社会福祉士の役割についての研究がある旭川大学の朴姫淑(パクヒスク)准教授(社会学)は「同様のケースは多くあるように思う」。

 警察庁によると、児童虐待の検挙人数は2020年が2182人(前年比7.8%増)。2003年の242人と比べると、9倍に跳ね上がる。朴准教授は「司法手続きだけでなく、被告を中心にした司法と福祉のつながりはますます重要になる。それは服役後もだ」と指摘する。

 朴准教授が視察した英国やカナダの刑務所では、施設内で実施される矯正プログラムに対する地域社会の参加が進んでおり、「日本も罪の償いだけでなく、社会とのつながりの中での福祉的支援に力を入れていくべきだ。加害性には被害者の属性が潜在し、複雑にからみ合っている。刑務所内でのケアの視点は不可欠になっている」。

「虐待した側」へのプログラムがない

 だが、現実は厳しい。

 刑務所内の特別改善指導は、薬物や性犯罪など6分野。この中には、「被害者の視点を取り入れた教育」があるが、生命を奪ったり、被害者に重大なけがを負わせたりした受刑者が対象。法務省成人矯正課は「虐待事件の受刑者に特化したプログラムは用意していない」とする。そもそも指導は全員が受講可能ではなく、再犯防止推進白書によると、2020年度の受講者は6分野で1万3800人余。このうち「被害者教育」は538人と、3.9%にすぎない。

 虐待した親の回復をもたらす「MY TREE ペアレンツ・プログラム」代表理事の森田ゆりさんは「今回のケースは、児童養護施設を出た後の社会的養護における自立支援施策の貧しさが招いた事件。孤立と貧困の中、一人で子育てする親には支援が必要不可欠だ」と指摘する。

 森田さんが文通する別の虐待事件で服役中の女性受刑者の手紙には「事件に向き合いたいが、虐待した親対象のプログラムはない」と書かれていたという。そんな受刑者の声も踏まえ、森田さんは「反省を求めるだけではなく、内面に深く向き合うことでしか真の更生はない。受刑中の回復プログラムを用意し、当事者同士が出会い、語り合い、学べる場をつくってほしい」と訴える。

デスクメモ

 被告の母親が虐待で逮捕された後、もしそこで福祉的ケアが行われ、虐待などしない母親となり、周囲も支えながら被告を育てていたら、事件は起きなかったかもしれない。事件となる前、事件が起きた後、それぞれの段階で、親の「心の欠落」を見逃さずケアできる仕組みが必要だ。(歩)

元記事:東京新聞 TOKYO Web 2022年2月13日

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  • ひよこ says:

    とてもいい視点の記事だと思います。もっとシリーズで取り上げてほしいと思います。
    虐待加害者には自身がそうだとは認められない人々もいます。また虐待の世代間連鎖を恐れる人も多くいます。そうした側面も多く取り上げていただきたいです。
    また、児相が軽症と捉える被虐待者が、働けないほどに後年精神的に病むことが多いことは知られていません。

    こうした「虐待」「被害者の子ども」「加害者の大人」だけでない、今回のような記事が増えることを望みます。

    ひよこ 女性 50代

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