心愛さん虐待死から5年、まだ救えない命がある 「子どもの声を聴くこと」を制度から文化にしなければ

吉田拓海 林容史 (2024年1月25日付 東京新聞朝刊)

「子どもの声からはじめよう」川瀬代表に聞く

 野田市の小学4年栗原心愛(みあ)さん=当時(10)=が父親に虐待され死亡した事件から、24日で5年を迎えた。助けを求める心愛さんの声に、なぜ社会は向き合えなかったのか。かつて自身も虐待を受け、柏児童相談所に保護された当事者で、一般社団法人「子どもの声からはじめよう」の川瀬信一代表理事(36)=市川市=に聞いた。(吉田拓海)

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虐待対策について「子どもの声を出発点に」と訴える川瀬さん=千葉県市川市で

野田市女児虐待死事件

 2019年1月24日、野田市の小学4年栗原心愛さんが自宅浴室で死亡した。心愛さんは父親から冷水のシャワーをかけられるなどの暴行を受け、十分な食事や睡眠も与えられていなかった。事件の前、心愛さんは学校のアンケートで「お父さんにぼう力を受けています」と訴え、柏児童相談所に一時保護されたが、翌月に解除されるなど行政の対応も問題視された。

子どもの権利を守る支援者にもケアを

-5年間で虐待を取り巻く状況は改善したのか。

 改善されたところと、変わらないところがある。法整備が進み、かつては虐待と認識されていなかった行為も「虐待だ」とする認識が社会に広まったことで、虐待の認知件数は増えている。児相に寄せられる相談対応件数が、2013年からの10年で3倍になり、見過ごされてきた虐待を発見できる社会に変わりつつあると分かる。ただ、虐待で亡くなる子どもの数は、減っているとは言えない。相変わらず、救えていない命がある。

-どのような対策が不足しているのか。

 支援側のマンパワーが圧倒的に足りていない。単純計算で児童福祉司1人あたり、約38人に対応する必要があり、子どもの声を丁寧に聴くことが困難な状況だ。保護された子どもが安心して暮らせる代替養育のための施設や里親家庭も不足している。心愛さんのケースのように「親元に戻りたくない」と訴える子どもの声を軽視し、リスクの高い親元に帰す、誤った判断が生まれる温床になりかねない。

 子どもの声を反映し、権利を保障するためには、支援に関わる人たちの心身の健康や精神的余裕なども、十分に保障される必要がある。子どもの声を聴こうとする人たちの声もまた、誰かに聴かれる社会でなければ、子どもの声を聴くことが当たり前になっていかない。

非対称な関係ではなく、パートナーに

-子どもと向き合う際、どのような姿勢が必要か。

 自己決定の主体として尊重することが大切。「支援する側とされる側」の非対称な関係ではなく、パートナーになることだ。そのためには、自分の偏見や固定観念を脇に置き、目の前の子どもの気持ちを丁寧に受け止める必要がある。

-社会全体に求められることは。

 子どもの権利を守ることを、制度から文化にしていくことが必要だ。子どものために何が最善かを、親や専門家だけで考えて一方的に押しつけるのではなく、子どもの声を聴き、一緒に考えていくことで、大人が何をするべきか、社会がどう変わっていくべきなのかが明らかになっていくはずだ。 

「過剰な対応」と批判されてもいい―。市職員の決意

 野田市では24日朝、虐待やDV(ドメスティックバイオレンス)の現場で最前線に立つ子ども家庭総合支援課の職員ら約40人を前に、健康子ども部の須田光浩部長が訓示した。(林容史)
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訓示を受け、再発防止への思いを強めた職員ら=野田市役所で

疑わしい時は「最悪の事態」を想定 

 事件の発生から対応に当たってきた須田部長は「『救える命だったのに頼れる大人がいなかった』と事件の検証報告書は指摘している」と振り返り、「対応不足より、『過剰な対応』と批判された方がいい。疑わしい時には、最悪の事態を想定して行動に移してほしい。空振りは許されるが、見逃しは許されない」と呼びかけた。

 野田市は事件を受け、2019年10月、子ども家庭総合支援課を新設した。それまで児童虐待を担当する職員は実質DV3人だったが、現在はDV担当も含めて34人体制に拡充。須田部長は、精神疾患のある保護者が虐待するケースが見受けられるとして、専門的な知識を持つ職員の増員を課題に挙げつつ、「子どもの命を守るため何でもやる。全国の子どもらが被害に遭わないよう、野田が手本になりたい」と力を込めた。

 市や児童相談所への通報、施設の聞き取りなどによる市内の児童虐待の相談受付件数は、事件があった2018年度の249件から2019年度は430件に跳ね上がり、高止まりが続く。「虐待防止に向け市民の意識が高まった」と市はとらえる。

 野田市要保護児童対策地域協議会が登録、管理している虐待や虐待の危険性が高い児童も、事件発生時の166人から現在は587人に増加している。教諭や民生委員、医師からの通告件数が増えているという。

反省を生かし「虐待防止条例」施行

 事件の風化を防ごうと、野田市は1日、「虐待防止条例」を施行した。昨年12月、市議会が全会一致で条例案を可決し、成立した。

 児童だけではなく、高齢者や障害者に対する虐待もなくすことを目的とする。職員の異動などによるルールの形骸化を防ぐため、職員、関係機関、市民らに求める対応を細かく示している。

 第2章「児童虐待」には事件を防げなかった反省が反映されている。

 虐待されたと思われる児童を発見した場合、「躊躇(ちゅうちょ)なく、速やかに」児童相談所への通報を義務付ける。市は通告や相談を受けると、緊急受理会議で具体的な対応を決め、48時間以内に児童の安全を確認しなければならない。

 個別事案について協議する要保護児童対策地域協議会の個別支援会議は、児相の一時保護が解除されたり、児童が入所した施設から帰宅したりする前にも開催。また、転出入で支援が途切れてしまわないよう、転出先・元の市区町村との引き継ぎ、報告の徹底も規定している。

元記事:東京新聞 TOKYO Web 2024年1月25日

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