矢田わか子参院議員(前編) 夫婦別姓のわが家 親子で違うけど何か問題が? 自ら調べて発言した息子〈ママパパ議連 本音で話しちゃう!〉

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夫婦別姓や子育てについて語る矢田稚子さん(隈崎稔樹撮影)

ママパパ議連 本音で話しちゃう!

6歳の息子が夫の姓に変えたら「離婚?」

 参院議員の矢田わか子です。

 まずは、前回コラムを担当された参院議員の橋本聖子さんから頂いた質問にお答えしたいと思います。夫婦別姓に関するご質問です。

 「矢田さんのお子さんは、親と子で姓が違っても、親子の関係には全く問題ないと、大人たちに自ら説明をしているという話を聞きました。すごくいいお子さんに育てられているなあと。どんな子育てをされてきたんですか」

 ありがとうございます。私と夫は別姓で、長男は夫の姓です。正確に言うと、現在大学生の長男は0歳から6歳までは私と同じ姓だったのですが、小学校に入るタイミングで夫の姓に変更しました。長男が生まれたときは夫が仕事でアメリカに赴任していたので、ワンオペだったこともあり、まずは私の姓にしようということになりました。夫は三男で、お兄さん2人の子どもは女の子だったこともあり、もし男の子が生まれたら夫の姓にしてほしいという話がもともとありました。じゃあ女の子だったら私の姓ね、みたいな話をしていました。

 小学校に入るタイミングで夫の姓に変更するにあたって、保育園でも説明したんですね。私は当時、組合の役員をやっていたので出張も多く、息子を連れて海外出張したこともありました。

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3歳ごろの長男を、オーストリアのウィーンで開かれたIMF(国際金属労連)世界女性会議に同行

 保育園の先生はいろいろ理解してくれていて、息子の友達に説明してくれたんですよ。そしたら、園児たちは当時6歳なのにませていて、「お母さん離婚したん?」って聞いてきたんです。だから「違う違う。何にもお母さんは変わらへん。家族も一緒。名前が変わるだけやよ」と説明したら、それで納得してくれたんですよね。

予防接種で「誰?」 でも息子は全然平気

 そのあとはたくさん苦労しました。まずは姓を変えるときが大変でした。家庭裁判所で、私の子ではなくして夫の子にするというふうに手続きしないといけないんですね。15~16年前のことで、夫婦別姓ということ自体が今ほど報道もされておらず、手続きする人が書類をなかなか受け付けてくれませんでした。私が親権を手放し、相手に渡すということになるので、「なぜですか」とすごく聞かれましたね。しかも当時は、住所が夫は東京、私が大阪でした。違う姓の母と息子が大阪に住み、夫が東京に住むということで、なかなか理解してもらえませんでした。

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 何より大変だったのは、健康診断とか予防接種に連れていくときです。子どもが小さいときは親が代わりに書くことって多いですよね。パスポート申請もそうです。息子を一緒に連れていくんですけど、姓が違うから、「え、あなたは誰ですか」になるわけです。「母親です」と言っても「姓が違うじゃないですか」と。あとはPTAの役員名簿で私だけ息子の姓と違うとかね。そういうのを不便だと自分は思っていましたけど、息子はなんだか全然平気だったんですよね。

一般的でなくても「かわいそう」は違う

 面白いのは、彼が母親と自分の姓が違うことは一般的なことではないんだ、と気づいたのが高校生になってからだったということです。それくらい気にしていなかったんですよね。友達から「お母さんと名前違うの」と言われて、「みんな一緒なん?」という会話をしていました。姓が違っていても普通だと思ってるわけですよ。たまたま友達Aさんは親と姓が一緒だけど、僕は違うっていう、それぐらいの価値観だったのかなと思います。それが、調べてみてそうじゃないんだとわかったみたいで。それで、冒頭の話につながるんです。

 夫婦別姓の親から生まれると何か弊害があるのかというのを高校2年のときに調べたらしいんですね。それで行き着いたのが市民団体「選択的夫婦別姓・全国陳情アクション」だったんです。私に聞かずに自ら事務局長の井田奈穂さんに行き着いていました。井田さんから私に連絡があり、どうも話を聞いていると、お母さんが議員と言っているし、矢田さんの息子さんではないですか、ということでした。

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長男8歳の誕生日を、大阪の自宅でお祝い

 息子に話を聞くと、「井田さんていう人がすごい頑張ってやってるから、そこに高校生のメンバーとして入って活動したいと思った」ということだったんですね。たまたま自民党が夫婦別姓の勉強会をやったときに、夫婦別姓の両親をもつ子どもとして参加して、「自分は不便を感じていません」という話をしたそうです。終わってから話を聞くまで、全然知りませんでした。

 その後、自民党の議員さんからも「矢田さんのお子さんだったんですか、すごいしっかりしてびっくりしました」と言われましたね。どんな話をしたのか聞くと、「夫婦別姓の反対派の方が書かれた本を読んで、それなりに納得できることもあった。ただ自分たち当事者がかわいそうと書かれていたけれども、それは間違っているということを言いに来たんです」といったことを話したようです。当時は高校2年生で17歳でした。

小6のとき立候補を相談したら「頑張り」

 立候補を決めたのは、息子が小学6年生、12歳のときです。最初に相談しましたね。当時は大阪で2人暮らしをしていて、夫は単身赴任で東京にいました。「お母さん、国会議員になろうと思ってんねん」と言ったわけです。彼はもうすごくびっくりしちゃってね。まずは「国会議員ってことは東京やろ」と言ったんです。そして「またおらんようになんの?」と聞かれました。それはものすごく心に響いたし、やっぱり寂しい思いをさせているんだなと思いましたね。当時はやはり組合の役員として、たびたび出張していました。それも1~2週間に1回泊まりがあるぐらいのペースで。泊まりのときは基本的に他の家に泊めてもらっていたんですよね。1人で置いておけないから。だから彼は真っ先にそれが心配になったんだと思います。

 私は「もし国会議員になると決めたら全国まわりが始まる」と話しました。当時、私自身が「全国まわりが始まったら、この子1人でどうしよう」と不安に思っていて、そういう気持ちも含めて何か察知したんでしょうね。だから最初は嫌だという思いのほうが強かったんだと思いますが、いろんな話をする中で、最終的に本人も納得して「じゃあ、頑張り」と言ってくれました。

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 彼が「頑張り」と言ってくれたのには理由がありました。息子の友達で、同じ日に生まれた子がいて、うちの子は一人っ子で長男だけど、その友達は下に4人の弟妹がいました。今も名前を覚えているけれど、シングルマザーの家庭で経済的にとても苦労していました。例えば、サッカーを習いたいけど月1000円が出せない、弟妹のお世話で学校に行けない、絵の具も習字道具も買えない…。

 私はお節介なので、その子の家に行って、お母さんに「学校行かせたりいや」「生活保護申請しなさい」とかいろいろ話をしていました。息子も「お母さん、怒ったってよ。なんでああいうことになるの、学校行かせたってよ」と言うような子でした。それで彼にこう話したんです。「私があの子のお母さんに注意しても、絵の具を買ってあげることができたとしても、もしかしたら世の中にはそういう子がいっぱいおるかもしれんやん。お母さんはそういう子を助けたいねん」。そうしたら彼は「そうやな」と。「俺寂しくても我慢するわ」って言ってくれました。そして私を応援してくれるようになったんです。

※後編では、参院議員に当選し、東京行きを相談した息子から「大阪におる」と言われたこと、その決断の背景となった小さい頃からの地域の方たちとのつながりをつづります。

矢田稚子(やた・わかこ)

 参院比例区、当選1回、国民民主党副代表。1965年9月生まれ。大阪府立寝屋川高校卒。松下電器産業(現パナソニック)に入社後、パナソニックグループ労働組合連合会副中央執行委員長、電機連合男女平等政策委員長などを経て、2016年7月の参院選で民進党比例区で初当選した。

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  • 匿名 says:

    難しいことを、分かりやすく、書いていただくことが、素晴らしい。私は、長崎の被爆者で、父は、3歳のときに病死していました。母が被爆後の9月9日に亡くなり、同じ姓の夫婦に養子として育ててもらいましたが、何の不自由もなく、高校卒業まで面倒見てもらいました。ご近所さんも、養子のこと、被爆していることを承知されていましたが、子供付き合いも何の不自由もありませんでした。物の豊かさもさることながら、心の豊かさを実感しながら、成長させていただきました。

     男性 70代以上
  • hi says:

    社会は常に変化する。
    それについていけないのは年寄りと、変化を好まない一部の人々。
    日本国憲法が発布して70数年。戦前の常識は戦後大きく変わったが、その後の人の心が変わらない。
    昭和20年代にはまだテレビ放映も始まっていない。洗濯機も冷蔵庫も、ほとんどの家庭に電話もない。
    電気製品はラジオと電球だけ。
    それから技術と社会は大きく変わったというのに心が変えられない。
    昔の年寄りは50年位でいなくなったが、昨今の寿命は大きく伸びていつまでも年寄りの権利を求める声だけは大きくなった。
    自分は努力もしないでデジタル化を阻害する。
    結婚式も葬式も大きく変わったのに、家族や夫婦の姓も同じである意味意義を考え直そうともしない。

    hi 無回答 60代
  • まさ says:

    頑張ってください。

    まさ 男性 70代以上
  • ひで says:

    ほんとにしっかりしたお子さんで、感心しました。
    矢田さんは絶対に落とせない議員です。

    ひで 男性 50代
  • 子育て完了間際の母 says:

    「世の中にはそういう子がいっぱいおるかもしれんやん。お母さんはそういう子を助けたいねん」
    それを応援してくれるお子さんも、矢田さんも、とても素敵です。
    たとえ接する時間が短くても、しっかり向き合えている親子感があって、温かくて良いお話ですね。

    子育て完了間際の母 女性 50代

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