矢田わか子参院議員(後編) 当選して中2の息子と離れ…でも向き合う時は濃密に〈ママパパ議連 本音で話しちゃう!〉

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子育てを支えてくれた人について語る矢田稚子さん(隈崎稔樹撮影)

ママパパ議連 本音で話しちゃう!

大阪に残った息子 近所の人に助けられ

 前編に続き、今回のリレーコラムを担当する参院議員の矢田稚子です。

 出馬が決まると、やはり全国まわりが始まり、結果的に北海道から沖縄まで全国1500拠点を回りました。地球4周の距離です。そして彼が中学2年の夏、当選しました。ただ彼は東京行きを望んでいませんでした。「お母さん、当選してうれしいけど僕は中学の友達もいるし」と言うんです。サッカーをやっていて、大阪大会を共に目指す仲間ができていたんです。当時、息子の友達からも「東京に連れていかんといて」と言われました。

 随分悩みましたが、息子に「大阪におるか?」と聞くと、はっきりと「おる」との答えが返ってきたので、大阪に置いておくことに決めたんです。でもまだ中学生で1人では難しい。だから小さい頃からお世話になってきた近所の人にお願いすることにしました。

 それには背景がありました。私が長男を産んだときは、夫がアメリカ赴任中。父が末期がんで余命宣告を受けていて、母や妹はその看病にかかりきりでした。そんななかで産後、1人きりで育てなくてはいけないような状況でした。

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長男の出産直後、大阪の実家で

 だから出産する前、妊婦の時に名刺をもって近所をまわったんです。みんな、土地柄か「おめでたなん」って声をかけてくれましたね。それで私も、「夫がアメリカなんで一緒に育ててください」なんて話をして、実際に近所の人たちに助けられながら育てたんです。

 その中の1人が行政から補助を受ける地域保育園をやっていた方でした。その方が「見てあげるよ」って言ってくださって。2カ月で仕事復帰したんですけど、基本的に首もすわっていないような子は公立保育園は受け入れてくれないんですよね。それでその地域保育園に預けるようになりました。

私が帰れなくても息子を見てくれた先生

 その園は融通が利いて、夜8時ぐらいまで延長してくれました。忘れもしない、石川県、福井県あたりに出張に行ったときに大雪で特急「サンダーバード」(大阪ー金沢間)が止まって、その日中に大阪に帰れなくなってしまったんですね。そのときに先生に慌てて電話をしたら、先生はもう園から息子を自宅に連れて帰って見てくれていたんです。そしたら「もういいからお母さん。今日はこの家で寝かせて、また明日の朝園に連れて行ったらいいんやろ」って言ってくださったんです。

 それがきっかけになって、宿泊保育もお願いすることになったんです。それは全部契約書を交わしました。1時間当たりいくら、宿泊1泊に月いくらって。その方がずっと家の近くに住んでくれていたんです。

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 選挙活動中、日本中をぐるぐる回っているときにも、その方にずっと面倒を見ていただきました。組合には、「1週間に2回は帰らせてください」ってお願いして、時には宮城・仙台まで行ったのに、1回自宅に帰って福島に行くことなんかもありました。

 当選した後、その方のご自宅の部屋を1室お借りして、ベッドと机を置かせてもらいました。でも「ここで寝てね」と言っても、本人は嫌がるわけです。自我が芽生えて反抗期でしょう。学校と家は歩いて3分くらいと近かったんですが、その先生のお宅が20分ほど先に引っ越しされていたので、少し遠かったんです。だから息子の生活は、中学校から帰ってきたら、まず自宅にかばんを置いて、着替えて、遊びに行ったり、塾やサッカーに行ったりして、終わったら先生のお宅に帰ってきて、ご飯とお風呂をいただいて寝て、朝また自宅に戻って、着替えて登校するようなパターンでした。

一緒の時間は短くても、しっかり会話を

 最初のころは自宅がぐちゃぐちゃになっていました。1週間に1回、私が自宅に帰ってばーっと洗濯して掃除してましたね。ただそのうち、自分で洗濯もしてくれるようになりました。そういう生活を送りながら何とか中学を卒業しました。

 息子もこの2年間ですごく強くなりました。高校からは東京に来て、一緒に暮らせるようになりました。今は大学生ですが、最近は法律や政治にも興味を持つようになりました。「僕はお母さんが国会議員になったから、政治に関心持てて、今世の中のことが多少なりとわかって良かったなと思ってる」と言ってくれましたね。

 私たち親子はたぶん、他の家庭と比べたら一緒にいる時間は短いと思うんです。でも、向き合ってる時は「濃密な時間」を持つ、しっかり会話するということを大事にしてきました。これは政治家になる前から続けてきたことです。あとは、やっぱり食事はできるだけ自分が作る、ということです。

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2歳ごろの長男と、京都・嵐山にあった勤務先の保養所で

 とはいえ平日はなかなか時間もないので、週末に副菜10品くらい作り置きをします。日曜の15時とか16時くらいから3~4時間かけて、だーっと作るんです。そうすると、平日帰ってきて、息子から「おなか空いた」と言われても、副菜はこの中から取り出して、お魚とか肉のメインだけ作ればいい。これは楽ですよ。おすすめです。最近息子も感謝してくれてます。

幼い頃から「自分の食いぶちは自分で」

 それと、息子が保育園のときから「自分の食いぶちは自分で稼げ」というのが私の口癖でした。靴並べたら5円、ゴミ捨ては10円…というようにお手伝いをしたらお金をもらえるという仕組みを作っていましたね。子どもへのお小遣いという概念があまりなく、基本的には一個人として接してきました。「自分の人生は自分のもの。お母さんはいつまでもあなたのこと見られないから」とよく言っていましたね。だから、我が息子ながら自立していると思います。「賢い子」とかじゃなくて「自分で生きる力のある子」にしたかったんです。

 「高校行け」とも「大学行け」とも私はそんなに言ったことはありません。私が高卒だから、息子も「お母さんみたいに高卒でも自分の力で切り開いていく人もいる。だから学校で勉強しなくてもいい」と言っていた時期もありました。

 私からは「大学に行けるチャンスがあるし、行った方が選択肢が広がると思う」とは言いましたね。「悪いけどお母さん、ここまで来るのにかなり苦労したからね。選択肢はあるに越したことはないから」という話はしました。そういうことを一つ一つ丁寧に親子で話してきましたね。私の生き方にも、ものすごく興味を持ってくれていて、いろいろ質問をしてくれることも大きいと思います。

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 最後に次のコラムを担当される寺田静さんに質問です。ご夫婦で国会議員をされていますよね。ダブル国会議員の子育てって想像もつかないので、役割分担とか、何かお互いに気をつけていること、ご苦労などもお聞きしてみたいです。

矢田稚子(やた・わかこ)

 参院比例区、当選1回、国民民主党副代表。1965年9月生まれ。大阪府立寝屋川高校卒。松下電器産業(現パナソニック)に入社後、パナソニックグループ労働組合連合会副中央執行委員長、電機連合男女平等政策委員長などを経て、2016年7月の参院選で民進党比例区で初当選した。

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