広がる小児科オンライン診療アプリ 「受診するのが大変な保護者、子育て中の医師を支えたい」と誕生 使い勝手は? 今後の課題は?

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自宅のリビングで、オンライン診療時に使う画面を見せる小児科医の瀬上友見さん=東京都内で(実際の診療の様子がイメージしやすいよう、画面の向こうには保護者役の男性が子どもに見立てたぬいぐるみを抱いて座っています)

 具合の悪い子どもを連れて医療機関を受診することを負担に感じる保護者と、子育てと両立しながら働きたい医師。両者をつなぐオンライン小児科診療が誕生し、徐々に広がっている。

 学生発のベンチャー企業が開発したシステム「あんよ」を利用した診療が、昨夏に先行してスタートした愛知・岐阜の両県に続き、昨年10月に東京都でも始まった。利用者は「あんよ」のアプリやLINEの公式アカウントを通じて予約から受診、薬の処方まで、一連のサービスが受けられる。

 保護者の負担軽減と医師の働き方改革、2つの社会課題の解決を目指す取り組みだが、どのような症状の時に適し、対面診療との違いはどこにあるのか。利用者である0歳児の母親、子育て中の男女の医師、24歳の開発者の3者に、使い勝手や利用する際の注意点、今後の課題を聞いた。

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「あんよ」アプリの画面。症状からの予約や、受診するべきかどうかの相談もできる

この記事の目次

  1. 使ってみて/利用者の使い勝手は?
  2. 使ってみて/医師の使い勝手、今後の課題は?
  3. 開発者の思い
  4. 増える「オンライン診療ができる医師」

1. 使ってみて/利用者の使い勝手は?

  0歳児を育てる福島千恵さんに聞きました。

クリニックが混み合う土曜日に 

 昨年12月のある土曜日の朝、東京都内在住の福島千恵さん(40)は、生後5カ月の娘の肌に広がる小さな赤いポツポツに気付いた。その3カ月ほど前にも同じように湿疹ができ、皮膚科を受診していた。「再発したのかな。でも前にもらった薬はなくなってしまったな」と思いながらも、徒歩で15分かかる皮膚科のクリニックを、混み合う土曜日に赤ちゃんを連れて受診することを考えると気が重かった。受診後、薬局での薬の受け取りまで入れると1時間では済まない。土曜日の診療は午前のみ。受診するなら早めに動かなくてはいけない。

 そんな時、アプリをダウンロード後、LINEで友達登録した「あんよ」の存在を思い出した。まだ利用したことはなかったが、「今日、受診できたらラッキーだな」と予約枠の空きを調べたところ、最短でその日の午後5時20分の受診が可能だった。10分ごとに設定されている枠を予約し、子どもの保険証と医療証、保護者の身分証明書として免許証の画像を登録し、問診票を記入して送り、夕方の受診を待った。

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診療時間は、土日祝日も朝8時から夜11時までで、アプリから予約することができる

自宅で受診 娘が泣かなかった!

 問診票で3カ月前の症状と皮膚科での診断を伝えていたこともあり、受診はスムーズに進んだ。自宅でいつものように遊んでいる娘の服をめくって、目尻とこめかみ、おなかのポツポツをカメラに写し、医師に見てもらった。「いつから?」「前と比べてどう?」「背中も見せて」。診断は「湿疹かあせもでしょう」とのことで、以前処方された薬と同じ成分の薬を処方してもらった。

 福島さんは「先生が非常に丁寧に聞き取りをしてくれたので、安心してやりとりすることができた」と振り返る。「何より、自宅での受診だったので、娘が落ち着いていて泣くことがなかった。病院に行くという非日常のストレスがなく、昼寝の時間を気にしたり、ミルクやオムツの用意をして出かけたりという負担もない。いつもと同じように娘を遊ばせたり、家事をしたりしながら待てるのは本当に助かる

 福島さんは「対面での診療は待合室で待っている人も多く、先生も一通り見たら『ハイ、次』という感じで、いつも症状や他に気になる点をうまく伝えられないまま終わってしまう」と打ち明ける。初めて利用したオンラインでの診療は「10分の予約が取ってあるので、自分のために確保されている時間だと思えたのが大きかった。体の別の場所も見てくれたり、他に気になることがないかを聞いてくれたりしたので、安心感と満足感があった」という。

感染の心配がないのもメリット

 受診後の薬の受け取りは、自宅への配送と薬局での受け取りの2つの選択肢のうち、後者を選択。月曜日の午前9時半頃、無事に薬を手にした。「週末で受け取りまでに時間がかかったが、軽い症状のうちに受診できたので、今すぐに薬がほしいという切迫した状況ではなく、問題はなかった」

 福島さんは、「ほかの病気への感染の心配がないことも含め、家で診療を受けられるメリットは多い」とし、今後も症状が軽く、緊急の受診が必要でない時や、わざわざ受診するかどうかを迷った時など、状況に応じてオンライン診療を利用したいと考えている。「特に心配事の多い乳児期の子育てでは、『ミルクを飲まない』『寝ない」』といった日常的な不安も多い。「あんよ」からのLINEメッセージを通して案内のあった小児科医への育児相談も、機会があれば利用したい」

2. 使ってみて/医師の使い勝手、今後の課題は?

  2児を育てる小児科医・瀬上友見さんに聞きました。

医師として子育てとの両立に苦労

 都内で中学1年生の長女と高校2年生の長男を育てる小児科医・瀬上友見(せがみ・ゆみ)さん(45)は、週4~5日は都内と神奈川県のクリニックで対面診療を受け持ち、平日夜や土日に「あんよ」のオンライン診療を担当する。長男を出産後、大学病院で働き続ける中で、子育てとの両立に苦労。「患者の急変や急患がある中で、周りの医師に申し訳ないと思いながら帰っていた」と振り返る。長男が3歳の頃にクリニックへ転職し、「目の前の育児で困っている母親たちの身近な相談役になれたら、自分の子育て経験も生かせる」と、育児支援に関わりたいという思いを育ててきたという。

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小児科医の瀬上友見さんは、受診する保護者に「こういう場合は対面受診をするように」と判断の目安やタイミングをしっかりと伝えているという

 コロナ禍と長男の高校受験が重なり、医師として家族への感染リスクとも向き合いながら働き方を模索する中で、「あんよ」開発者からオンライン診療の依頼を受けた。温めてきた「医師として、身近な子育てで悩む母親たちの力になりたい」という思いに加え、診療のない日や、平日の夜間と土日のフリーの時間に、通勤時間なしに働けることに魅力を感じて参加することを決めた。

「他に気になること」聞ける余裕

 現在は平日夜に1~3時間、土日に5~6時間ほどオンライン診療を担当。「自宅での診察だと私もくつろいでいる感覚があり、ゆったりとした気持ちで診療に入れる」と話す。「クリニックでの診療は、待っている患者さんがいるのでなかなか医師の側も余裕がない。『あんよ』での診察は1枠10分の時間が確保されているので、『他に気になることはある?』と聞くこともできる

 自宅から受診する子どもは、食事中のこともあれば、寝ていることも。瀬上さんは「診察室では怖がる子が多いのに対し、自然な状態でスタートできる自宅でのオンライン診療は患者である子どもの負担が少ない」と指摘する。

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朝8時から夜11時まで、診察日時が選べる

判断に迷う時、積極的に利用して

 ただ、「体に触れることができず、写真や画像で皮膚などの様子を見ても、実際に目で見るのとは違う。対面には劣る」ときっぱり。受診する保護者にも、「こういう場合は対面受診をするように」と判断の目安やタイミングをしっかり伝える。一方で、「熱が出始めたばかりだが、受診するべきか?」「△回吐いたが、様子をみてよいか?」など保護者が対面受診の判断に迷う時は、オンライン受診を積極的に利用してほしいと勧める。

 今後は、「離乳食が進まない」「授乳と離乳食のバランスで悩んでいる」など、「病気ではないので受診までは必要ないけれど、誰かに相談したい」という子育てや子どもの発達の悩みを相談できる場としても利用が広がるといい、と願う。

課題は…過剰利用、モラル、給与

 オンライン診療の課題としては、過剰な利用の制限、利用者のモラル、給与面の不安の3点を挙げる。

 東京都内をはじめ、子どもの医療費を自治体が負担し、実質的に無料で医療が受けられる地域が増えている。薬局でも購入できる保湿剤を「半年分処方してほしい」と求める保護者もいるため、「『この薬剤は△日分までの処方』などの制限が必要」とする。

 「どこでも受診できる」ため、利用者の中には駅やショッピングセンターなど外出先で受診する人がいるといい、「子どもの服をめくり、肌を見せてもらうこともある。プライバシーが守られる、落ち着いた空間で受診してほしい」と求める。

 瀬上さんは給与面については、「オンライン診療だけで生計を立てるとなると、まだまだ難しい」と指摘しながらも、「女性の医師の人生の中で、出産や子育てで仕事を諦めたり、制限したりする必要がある場面は少なからずある。勤務を維持し、コンスタントに医師としての経験を重ね続ける機会があるのは良いこと」と評価する。

  2歳の子を育てる小児科専門医・栁下康博さんに聞きました。

妻から「一緒に育児を」と請われ

 東京都内で2歳の長男を育てる小児科専門医・栁下康博(やなぎした・やすひろ)さん(32)は、都内の大学病院で時短勤務をしながら、月2~3回、2~3時間のオンライン診療を担当する。

 大学病院が他病院へ派遣する当直や準夜勤のバイトは報酬としては割が良いが、子育てで一番忙しい夜の「ごはん、おふろ、寝かしつけ」の時間帯に関われなくなってしまう。妻から「一緒に育児をしたい」というリクエストがあり、栁下さん自身も「1人で子育てするのは大変。今はまだまだ学ぶ時期で働くことも大事だが、子育てを経験することは家族としてもメリットがある。子宝に恵まれたのだから育児を経験したい」という思いが強く、時短勤務への切り替えに踏み切った。

意外に多い画面越しにわかる情報

 準夜勤や当直のバイトを減らしたことで給与は2割ほど減り、生活は厳しくなった。長男を寝かしつけ後、フリーの時間となる午後8時以降を活用して少しでも稼ぎ、医師としてスキルアップもしたいと、オンライン診療を始めた。

 診療をしていて感じるのは、「思っていたよりも、画面越しに得られる情報が多い」こと。自宅からの受診は、背景に子どもが生活をする場が写り込む。診療室での受診では見えない家での様子が分かるため、「対面の診療より、情報量が増えることもある」

救急医療の現場の負担分散になる

 夜間も診療する大学病院で、「患者のいわゆる『コンビニ受診』(緊急性のない軽症患者が、休日や夜間の時間帯に医療機関の救急外来を受診すること)に悩まされる日々を経験してきた」という栁下さん。夜間の子どもの急病時に、病院へ行った方がよいかどうか判断を迷った時に利用できる小児救急電話相談(#8000)も、相談が相次いで受けきれなくなると、大学病院にも対応が回ってくるという。

 「夜間のオンライン診療は、コンビニ受診や小児救急電話相談の受け皿になりうる。『あんよ』のオンライン診療のように、夜間も診療や相談を受け付けることで、救急医療の現場の負担を分散し、医療資源の適切な利用につながれば画期的なことだと思う」と話す口調に力がこもった。「(国や自治体が負担する医療費が膨らむという観点から)手軽なオンライン受診の過剰利用を心配する声もあるが、現時点の医療の状況では、かけていいコストだと考える」

 一方で、働く側としては、「あんよ」に登録する他の医師との兼ね合いなどもあって希望した時間分だけオンライン診療のシフトを入れられるわけではなく、「オンライン診療1本で家族を養うのは難しい」と話す。

3. 開発者の思い

  サービスを運営する「ジークス」社長で名古屋大情報学部生の村上嘉一さんに聞きました。

子育て中の医師の隙間時間を活用

 「あんよ」は、名古屋大と名古屋工業大の学生発のベンチャー企業「ジークス」(名古屋市)が開発した。ジークス社長で名古屋大情報学部生の村上嘉一(むらかみ・かいち)さん(24)は「子育て中で夜勤などのハードな働き方ができない医師や、現場に戻りにくい医師でも、スキルを磨きながら隙間時間を生かせる環境を提供したかった」と話す。

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村上嘉一さん

 村上さんは、「女性医師は35歳までに24%がやめている。ライフイベントで離職せざるを得ないケースが多く、育休から復帰しても、現場の戦力として夜勤でバリバリ働けるわけではない。一方で、小児科の医師の3分の1は女性。こうした現状の課題の解決につながれば」と願う。

 高校生の時に叔母が闘病の末、亡くなったことが医療の分野に進むきっかけとなったという村上さん。初めは大人に対して受診するべき診療科や病院を提案するプライマリーケア(初期診療)のシステム開発を請け負っていた。今回、小児科に特化したのは、その成人の利用者から「子ども版がほしい」という声が多かったため。「あんよ」には現在24人の医師が登録しており、内訳は男女とも12人ずつ。うち子どものいる女性医師は9人、男性医師は8人。

保護者の「受診のネック」を解決

 利用する患者の側は、利用料はかからず、診療費は各自治体の助成内容による(対面の保険診療で支払いがない場合は、オンライン診療でも同様)。受付時に保険証、子ども医療証、保護者の身分証をチェックする。診療時間は午前8時~午後11時。薬の受け取りは、提携する薬局の窓口か、無料宅配で行う。

 村上さんは、「小児科にフォーカスしているので、子育て中の人には使いやすいと思う」と胸を張る。「子どもの体調が悪いときに、場合によっては他のきょうだいも連れて受診するのは保護者にとっては負担が大きい。別の病気に感染するのでは、という不安もあるだろう。受診のネックとなっていることを解決し、重症化しないうちに気軽に受診できる環境を広げたい」と話す。「対面診療の合間に忙しく診察するのではなく、1枠10分、1時間に6枠とオンライン診療に専念する体制。患者は時間をかけて見てもらうことができ、医師にとっても回転率がいい。働きたくても働けない医師という潜在的な医療リソースを発掘して必要な人に届けることができている。さらに効率的に患者に届ける余地がある」と考える。

 今後の課題は3つ。まず、患者に対面診療やより高度な医療機関の受診を勧める際に、紹介状をつなぐルートを整備すること。「現在は、対面での受診を促すだけにとどまっている。カルテや患者情報も含め、最初から最後まで切れ目なく、リレーできるようなシステムを整えたい」と村上さん。次に、薬の受取店舗を増やすこと。そして、インフルエンザや新型コロナウイルス感染症、RSウイルスなど、「誰がやっても差が出ない検査は、オンラインでできるようにしたい」。

4. 増える「オンライン診療ができる医師」

 厚生労働省医政局医事課によると、医師は厚労省が設ける「オンライン診療研修」を修了するとオンライン診療をすることができる(所属する病院などがその地方の厚生局にオンライン診療の届け出をする手続きが必要)。研修の修了者数の累計は2020年4月の時点では605人だったのが、コロナ禍を経た2023年4月には4万6965人と約78倍に増えた。

 同課担当者は「オンライン診療の受診に関する国民への周知・啓発や、実態調査やを予定している。オンライン診療がある程度利用されるようになってきたからこそ、不適切な診療など見えてきた課題もある。次の段階として使い方が適切なものか実態を把握し、対策を考えていきたい」とする。

オンライン診療

 新型コロナウイルスの流行で急速に広まった。スマートフォンやタブレット、パソコンなどを使って、自宅などにいながら医師の診察や薬の処方を受けることができる診療。 直接の対面による診療と異なり、触診などができないため、医師が得られる情報は限られる。対面診療と適切に組み合わせて実施することが基本。

 厚生労働省保険局医療課によると、オンライン診療(保険診療)の届け出をしている医療機関数は2023年10月1日時点で1万108機関。データとして比較のできる2022年7月1日時点の5494機関から約1.8倍に増えた。

 子ども向けのオンライン診療アプリとしては、「ファストドクター」「キッズドクター」なども。小児科だけでなく内科や耳鼻科、皮膚科、婦人科など幅広い診療科に対応する「SOKUYAKU(ソクヤク)」「CLINICS(クリニクス)」「curon(クロン)」など総合的なオンライン診察アプリも普及している。小児向けとしては、アプリではなくサイトを介して予約ができ、年中無休で夜7時から朝6時まで子育て経験のある小児科医が対応する「オンラインこども診療」のような取り組みもある。

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