フットサル選手 星龍太さん 先駆者の兄・翔太に追いつきたくて ついにかなった日本代表での兄弟出場

植木創太 (2020年9月13日付 東京新聞朝刊)
子育て世代がつながる

家族のこと話そう

写真

星龍太さん(名古屋オーシャンズ提供)

性格は真逆 外交的な兄、内向的な僕

 2歳上の兄、翔太は長年フットサルの日本代表として活躍を続ける先駆者。ずっと追いつきたい、一緒に代表でプレーしたいと思ってきました。今年、僕も代表になり、2月の公式戦にそろって出場したときはうれしかった。

 子どものころから性格は真逆。兄は外向的で、周囲を引っ張る兄貴肌。僕は内向的で気を使うタイプ。仲は良く、大学生のころまで同じ部屋の二段ベッドで寝ていました。
 
 兄が地元のサッカーチームに入ったのをきっかけに僕も年中ぐらいから一緒にボールを蹴り、日が暮れるまで公園で毎日練習。兄のボールが取れず、泣いてばかりでした。
 

サッカーとフットサルは全く別の競技

 
 高校まで兄弟で同じ私立校。サッカー部は強豪で、兄とよく比較されました。兄はスタミナがあって走れ、「おまえも走れるだろ」と。兄の代は中学時代に全国制覇しましたが、僕の代は結果を出せず、悔しかった。プロになる夢も「僕には難しい」と思うようになりました。
 
 そんなときフットサルに導いてくれたのも兄でした。兄は高校卒業後にサッカー部の先輩や仲間と始め、僕にも「面白いよ」と。大学入学後、兄のチームに入りました。スピードや動きなどサッカーとは全く別の競技。兄には「体の向きを気にして」「トラップを動かそう」と基礎を含め、いろいろ教わった。少しずつ上達していく感じが、サッカーを始めた幼少期を思い出し、のめり込みました。
 
 2007年にFリーグ(フットサルの全国リーグ)が発足し、2年後、兄はプロに。僕も名古屋からオファーをもらったのですが、「やれるのか」と二の足を踏みました。兄に相談すると「名古屋はトップチーム。行く価値がある」と。
 
 同じころ、兄はスペインのチームへ移籍が決定。その姿に、僕は僕の道で自身を高めると、決心した。最初は「星翔太の弟」。でも、比較されることは徐々に減りました。星龍太としてプレーを見せてきた結果と思っています。

パスの時、兄の意図が感覚的に分かる

 
 2年前に兄が名古屋に入り、ポジションは兄が攻撃の「ピヴォ」で、僕が守備の「フィクソ」。パスを出す際、兄がどう動こうとしているか、どこにボールがほしいのか感覚的に分かり、すごくやりやすい。2月の日本代表の公式戦の直前、父が病気で亡くなり、2人で出場した姿を見せられなかったのは心残り。母は会場で喜んでくれた。
 
 兄は名古屋に加入以来、よく後輩の世話を焼き、技術や経験を伝えようとしています。主将として、弟として、その姿勢は見習いたい。
 
 今月開幕したリーグは新型コロナの影響で無観客。インターネットの画面越しになりますが、兄弟で、魅了するプレーをしたいですね。
 

星龍太(ほし・りゅうた)

1987年、東京都生まれ。東京のサッカー名門、暁星小・中・高を卒業後、日大在学中にフットサルを始めた。2011年にFリーグの強豪、名古屋オーシャンズへ加入。翌年から1年間、府中アスレティックFCで過ごし再び名古屋へ。2016年から主将。日本代表の中心選手の星翔太選手は実兄。2月のパラグアイとの公式戦で兄弟出場を果たした。
 

あなたへのおすすめ

PageTopへ