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プロサッカー選手・佐藤寿人さん ライバルは双子の兄

添田隆典 (2018年7月15日付 東京新聞朝刊)

家族のこと話そう

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双子の兄との関係について語る名古屋グランパス選手の佐藤寿人さん

ストライカーとしての原点は兄との練習

 双子の兄・勇人(サッカーJ2千葉)は、今でも一番のライバルです。小学生のころは休みの日に、住んでいた団地の駐輪場の一角をゴールに見立てて、一日中、兄とシュート練習をしていました。

 シュートを打つのはいつも僕で、兄はゴールキーパー。兄は入っていたチームでは中盤でしたが、好きでキーパーをやっているんだと思っていました。でも、いま振り返ると、僕のわがままを理解してくれた優しさだったのかなと思います。あの練習は、ストライカーとしての僕の原点でした。

 ただ、成長するにつれ、兄とは距離ができました。2人とも中学でJ1市原(現J2千葉)のジュニアユースに入りましたが、兄はポジションを替わったり、もがいていました。やがて、サッカーから心が離れ、高校2年の秋、「サッカーをやめる」と言いだしました。寂しかったけれど、僕自身、練習についていくのに精いっぱいで、何もできませんでした。それだけに、その年の暮れ、僕が出場したユースの試合を兄がテレビで見て、「もう一度、やりたい」と戻ってきたときはうれしかったです。

Jリーグ史上初の双子選手としてプロデビュー

 僕が励まされることもありました。兄と僕はJリーグ史上初の双子選手としてプロデビューしました。しかし、2人とも出場機会が増えず、生き残れるか苦しみました。そのころ、兄がよく僕の家に来たり、練習場に行く車の中で相談に乗ってくれたりした。プロで結果が出ない状況が、距離を再び縮めてくれました。

 兄弟という関係を超えて、サッカー仲間だから分かり合える部分があるんだと思います。プロでは最初の2年間しか一緒にプレーしていませんが、その後も頻繁に連絡を取り合って互いのチームや家族のことなどを話しています。

 昨年、広島からJ2降格が決まっていた名古屋に移籍する際も、兄に相談しました。千葉もJ1再昇格を目指すチーム。僕が名古屋に行けば、兄のJ1昇格の妨げにならなければならない。実際、J1昇格を懸けたプレーオフ準決勝で、直接対決することになりました。そのときだけは試合までの1週間、互いに連絡を絶ちました。自分か兄のどちらかは昇格の道が閉ざされるというのは、複雑というか、苦しい思いでした。

 でも、試合後、兄から「グランパスの方が強かった。決勝も勝って、J1に戻って」と声を掛けられました。J1に復帰できない悔しさを押し殺して、背中を押してくれた。そういう優しさが、兄らしいなと思いますね。

さとう・ひさと

 1982年生まれ、埼玉県春日部市出身。2000年、サッカーJ1の市原(現J2千葉)でデビュー。C大阪、仙台を経て05年、広島に移籍。12、13、15年にリーグ優勝。12年にJリーグMVP。17年に名古屋に移り、主将としてJ1復帰に貢献。現在、J1通算161得点で歴代2位。日本代表としても31試合に出場。