バイオリニスト 矢部達哉さん 妻と長男との共演CD、家族の宝物に

草間俊介 (2022年5月29日付 東京新聞朝刊)
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ソロ・コンサートマスターを務めるバイオリニストの矢部達哉さん(佐藤哲紀撮影)

家族のこと話そう

息子に幼少からの英才教育はせず 

 家族3人全員が音楽家です。長男の優典(ゆうすけ)(24)はチェロ演奏家、妻の澤畑恵美はソプラノ歌手です。東京都内で昨年11月に開かれたオーケストラのベートーベン交響曲第9番の演奏会で、3人が同じ舞台に立つことができ、大感激しました。

 音楽好きな祖母に導かれ、幼少期からバイオリンを始めました。野球をする友だちを横目で見ながら、バイオリンの練習。「何で、僕だけ」と悩みました。息子には伸び伸び育ってほしかったので、「いつか音楽を」との考えはありましたが、2、3歳からの英才教育はしませんでした。

 息子が8、9歳の頃、「チェロをやってみるか」と聞くと、「うん」。スタートが遅かったので、苦労することになりました。中学3年の時、上達しない息子に「好きではないものを無理にさせようとしてしまった。やめてもいいんだよ」とわびました。息子は「続けたい」と。

家の中を飛び交う音楽的なやりとり

 息子に手取り足取り教えることはしませんでした。息子は、私が自宅で練習していると、何も言わず5、6分聴いていくようになりました。何かを盗もうとしていたのでしょう。

 楽器は違っても、弓をひくスピード、圧力、こする位置などの組み合わせで音色が決まるのは同じ。組み合わせは無数にあり、私も、練習する息子の音からヒントを得ることが多々あります。言葉は交わさずとも、家の中で音楽的なやりとりがビンビン飛び交う毎日でした。

 コンクールに落ちたり、同年代に実力が上のライバルがいたりで、息子は挫折しては奮起しての連続でしたが、着実に伸びました。「若者には可能性があるな」と感心させられます。

3人の共演CD 妻は「死んだら棺に」

 長男にわびた日から10年近く。息子も実力を認められるように。私が結成に関わったオーケストラのチェロ担当から出演依頼を受け、3人共演の機会がめぐってきました。

 演奏会当日、私はコンサートマスターとして演奏会を成功に導く信念と責任感から、同じ舞台に妻と息子がいるのを忘れていました。

 演奏後、拍手を聞いてホッとする同時に、2人もいることを思い出し、うれしくなりました。妻は、同じ舞台でも全体が見渡せる独唱者の場所にいたので、私も息子も見えていたそうです。喜びがわき上がり、「素晴らしい時間だった」と言っていました。

 妻は子ども優先。出演依頼と長男の運動会の日時が重なったら、迷わず運動会を選ぶ生き方をしてきました。母親としての感激は、私よりずっと大きかったようです。この時の演奏はCD化され、「死んだら棺(ひつぎ)に入れて」と妻が言うぐらいの家族の宝物になりました。

矢部達哉(やべ・たつや)

 1968年、東京都生まれ。桐朋学園ディプロマコース修了。90年に東京都交響楽団のソロ・コンサートマスターに就任。2015年、自らが中心となって「トリトン晴れた海のオーケストラ」を結成。妻、長男も出演した演奏会のCD「熱狂ライヴ!ベートーヴェン:交響曲第九番《合唱付》」が発売中。次回の演奏会は10月1日の予定。

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