「母乳かミルクか」より大事なこと 赤ちゃんも母親も笑っていられるか〈母乳信仰 液体ミルクから考える・下〉

(2019年6月28日付 東京新聞朝刊)
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乳児用液体ミルクを体験する親子=3月、東京都墨田区で

夜中のキッチンで、消毒、計量、冷まして…

 「海外には、こんな便利なものがあるんだな」。横浜市の主婦末永恵理さん(39)が、インターネットで液体ミルクを知ったのは5年前。第1子となる長女の出産を控えていた時だった。


<前回はこちら>母乳じゃなきゃだめですか?強まる神聖化、追い詰められる母親も


 出産直後は母乳が十分に出ず、粉ミルクを足して飲ませた。授乳は昼も夜もなく2~3時間おきに続く。消毒した哺乳瓶に量を量って粉ミルクを入れ、熱湯を注いで溶かしたら人肌の温かさになるまで冷まし…。夜中、キッチンに立って、これだけの作業をするのは特につらかった。

液体ミルクとの出合い「子育て楽になるかも」

 液体ミルクなら、消毒した哺乳瓶に常温のまま注ぐだけだ。「液体ミルクを使えれば、子育てが少しだけ楽になるかも」。しかし、食品衛生法に基づく安全基準には粉ミルクの規格しかなく、国内での製造、販売は認められていなかった。

 長女の育児が落ち着いてきた2014年11月。ネットの署名サイトで、「皆さんの声を集め、法改正を」と呼び掛けてみた。「友人を中心に100人ほど集まればいいかな」。そのぐらいの期待だったが、署名は1カ月で1万筆を超えた。

販売開始、売り上げはメーカー予想の2~3倍

 驚くほどの反響に加え、「絶対にやらなきゃ」と胸が熱くなったのは、署名に添えられた母親たちのコメントだ。「産後は出産の疲れがなかなか抜けず、何度もミルクを作るのは本当に大変」、双子を育てる人からは「ミルクを作る時間があれば1秒でも休みたい」という切迫した声も。

 16年4月の熊本地震。断水や水道水の濁りが続いた現地の避難所で、海外から支援物資として送られた液体ミルクが配られると、署名は一気に4万筆に達した。国は食品衛生法の規定を整備。今年3月に販売が始まったが、母親たちの歓迎ぶりを示すように、メーカーの予測の2~3倍の売り上げを記録している。

 末永さんは7月に第2子を出産予定だ。「夜間の授乳や外出する時に液体ミルクを使いたい」と笑顔を見せる。もともと育児に積極的だった夫も「便利そうだね」と興味津々で、夫婦助け合って子どもに関わる機会がますます増えそうだ。

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2016年、ネットで集めた署名を乳製品メーカーの担当者に手渡す末永恵理さん(左)=乳児用液体ミルク研究会提供

「楽をしている」否定的な意見もあるけれど

 ただ、液体ミルク解禁を喜ぶ声の一方、「そんなに楽をするのはどうか」といった否定的な意見も目立つようになった。背景には母乳を愛情の証し、母性の象徴などと考える人が少なくないことがある。妊娠や出産について専門家の立場から情報発信を重ねる産婦人科医の宋美玄(ソンミヒョン)さん(43)は「授乳はとてもデリケートな問題」と指摘。母乳が出にくい人もいれば、病気で薬を飲んでいてあげられない人もいる。「他人が口出しすべきではない」と厳しい。

 「かわいいね。母乳?」。2人の子どもを母乳と粉ミルクの混合で育てた宋さんは、電車の中で、高齢の女性に突然聞かれたことがある。生後3カ月の長男を抱いている時だった。「一瞬、『えっ?』って。その質問は、年収を聞くのと同じくらいプライベートに踏み込むこと」と残念がる。

「母乳にこだわりぼろぼろになるのは、違う」

 医師として、母乳の良さは認めている。特に早産などの低体重で生まれた赤ちゃんにとっては、免疫成分が含まれる母乳は有効だ。粉ミルクに比べて消化もいい。ただ、「母乳にこだわるあまり、身も心もぼろぼろになるのは違うのではないか」と話す。

 母乳か人工ミルクか-。大事なのは、何を選べば、赤ちゃんも母親も笑っていられるかだ。それぞれの親の選択を尊重することが、子育てをしやすい社会につながる。 

元記事:東京新聞 TOKYO Web 2019年6月28日

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  • 匿名 says:

    私もどんなにマッサージしても吸わせても母乳が出なくて母親失格だと自信を失っていました。せめて初乳だけは、、、と思っていたのにそれすら飲ませられず心の中でこんなママでごめんねと呟く日々でした。この記事とコメントを読んで母乳が出ればそれでいいけど、完ミでも子供は元気に育つと思えるようになって少し楽になりました。まだ新生児期なので外出はしてないですけど、もし他の人に無神経に「母乳?」って聞かれたら「出ないので完ミですけど何か?」って言ってやります。ありがとうございました。

      
  • 匿名 says:

    子供が乳児の時は、外出すれば「母乳?」と聞かれまくりました。いやあんたに関係ある!?と言いたいのを堪えて「はい・・」と答えてました。私は同時母乳で育てていたのですが心が痛みました。ミルクで育ててるママさんにも同じこと聞いてるんだろう、と想像に易かったです。時にその言葉はナイフのように突き刺さります。私自身はミルクで育ったし、母乳など一滴も出なかった母ですが、産後の体の回復が何たらかんたらと言われてますが、70才を過ぎた今も元気ですよ。
    母乳信仰は過去にミルクで育てた、育った人も傷付けてますよ。

      
  • 匿名 says:

    旦那や義母から母乳育児ではないことにより、「子供が可哀想」とか「母乳出るんならやれよ」といったことを言われ、思いつめていたけれどこの記事を読んで元気が出ました。

      
  • 匿名 says:

    長文になります。ドイツで双子を含む女児四人(投稿現在7・5・5・3才)の子育てをしています。渡独直後に第一子を懐妊→35週で破水により帝王切開、以後二回の出産も35週前後に帝王切開で行いました。初産の時点で36才と若干高齢出産気味など諸々の条件が重なってのことかも知れませんが、とにかく母乳は毎回の授乳毎に機械で絞っても15ml程度しか採れず当然子供が育つには足りませんので、ほぼ人工ミルクでの授乳でしたが子供達にこれと言った問題は生じていません。
    双子の時には母乳はあげられても一回の授乳でどちらか一人という点に負い目を感じるのも辛かったですし、だいたい同時に泣き出すので授乳は毎回パニック状態。ただでさえ全ての育児に倍の時間がかかるのに上の子もまだオムツに離乳食、下の子が産まれた時には双子が離乳食にオムツと言った状況では、粉ミルクは都度調合が必要ですから作る時間がもどかしく、搾乳のため睡眠時間を削っても得られる母乳は僅か。思い返せば一度助産師さんに「母乳を続けるのか?」と問われた気もするのですが、心身疲弊し「とにかく理想に邁進しなければ」との想いだけに押し潰されるうつ状態では適切な判断も出来ず、精神的な限界を迎えるまで搾乳を続けた記憶があります。
    帝王切開後三回の入院期間はいずれも液体ミルクが中心(病院より支給/手術も入院も飲食物も保険適用→自己負担なし)、退院後は液体ミルクは高価で嵩張るうえ飲み残しは捨てなければならないのが勿体なく粉ミルクを購入していましたが、せめて、精神的にだけでも余裕を持って子供達に向き合えるよう、搾乳を早くに諦め夜間だけでも液体ミルクにするなど、対応を変えていれば夫婦や母子の関係・自身の健康も損なうことはなかったと後悔しています。日本よりは多様な価値観を認め合うヨーロッパにおいてすら自分で自分を縛ってしまう日本的メンタリティ…美徳となる時もありますが、周囲の流行や誤解を無視してでも自分にとっての最善を選び取る事もその後の自分と生活を守るうえで重要と思います。
    とにかく人工ミルクは十分量を目で確認出来るので子供の体重と体調の管理がしやすい、授乳が母親の体調などに左右されないのが大きなメリットです。どうか授乳に悩まれている全ての方が選択肢に気付き、余裕ある楽しめる子育てへ移行出来ますように。

      
  • 匿名 says:

    私個人の意見ですが・・・母乳育児じゃなくても大丈夫!こどもは粉ミルクでも育ちます!
    小学校一年生の息子が一人います。子どもを産む前から胸が大きかったので「母乳がたくさん出そう」と看護師さん達から言われ、自分でも母乳はお母さんなら誰でも出るものだと勝手に思い込んでいました。ところが、私の母乳はまったく出ず、息子も早産で吸う力もなく、吸われないからますます出ない・・と、全然思っていたのとは違う現実が待っていました。
    6年前も「こどもは母乳が一番!」という風潮でしたし、周りの友達に出ない人もいなかったので、一人焦り、助産師さんのところでおっぱいマッサージをうけもしましたが、効果はほとんどありませんでした。気持ちばかりが焦り、何で出ないんだ、息子がかわいそう・・と一人泣くこともありました。
    でも!3ヵ月くらいしてから諦めの気持ちが出てきて「完全粉ミルクにしよう!」と思ってからは気持ちが楽になりましたし、息子本人も早産だったとは思えないくらい体も大きくなりましたし、風邪以外の病気にかかったこともありません!小学一年生の今も背がクラスで一番高く、軽いインフルエンザに一回かかっただけです。
    母乳にこだわって、お母さんが傷付くことがなくなってほしいです!

      

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