多摩丘陵が舞台の絵本「やとのいえ」 多摩市の学芸員が監修 ニュータウン以前からの歴史がよく分かる

服部展和 (2020年8月24日付 東京新聞朝刊)
 高尾山麓から東京都町田市の神奈川県境付近まで東西約20キロにわたる都内最大の丘陵地「多摩丘陵」を舞台にした絵本「やとのいえ」が7月、偕成社(新宿区)から出版された。明治時代から約150年の変遷を、農家の前に立つ16体の石仏「羅漢(らかん)さん」の語りでたどる作品だ。多摩市文化振興財団の学芸員仙仁径(せんに・けい)さん(44)が、絵本の監修を担当した。
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絵本「やとのいえ」を監修した仙仁径さん=多摩市で

多摩丘陵に親しんだ3人が6年かけて完成 

 自身は国立市出身で、多摩丘陵に隣接する相模原市で育った。作者の八尾(やつお)慶次さん(47)は相模原市生まれ、出版社の編集担当の藤田隆広さん(45)は町田市出身と、いずれも多摩丘陵に親しんできた。絵本の企画から完成までに約6年。「多摩丘陵への思いが詰まった作品になった」と笑顔を見せる。

 子どものころからチョウが好きで、たも網を手に近所の緑地を駆け回り、えさとなる植物にも興味を抱いた。東京農業大から都立大大学院に進み、植物の分類学を研究。市民とかかわる仕事をしたいと、2006年に多摩市文化振興財団に就職し、パルテノン多摩(改修のため休館中)の自然担当の学芸員になった。

「谷戸」は丘陵に多数ある細長く浅い谷

 「谷戸(やと)」と呼ばれる細長く浅い谷が多摩丘陵に多数あることに着目し、2013年に谷戸の自然や暮らしに焦点を当てた企画展を開催。翌年、藤田さんから絵本の監修の依頼が舞い込んだ。数カ月に一度、八尾さんのラフ画をチェック。地元に残る古い資料を調べたり、古老に聞き取ったりしながら、付箋にびっしりとアドバイスを書き、修正を重ねた。

 かつての農家の屋敷の造りや農作業の道具、祭りや花嫁行列の風習など細かい部分の再現にこだわった。八尾さんの緻密な絵がそれを可能にした。モノクロ写真しかなかった時代の生活が、絵本にすることで鮮やかに浮かび上がった。

一軒の農家と周辺の様子を定点観測で

 絵本では、多摩丘陵の谷戸に建つ一軒の農家と周辺の様子が、定点観測の形で描かれている。水田が広がる農村の風景は、高度経済成長期の多摩ニュータウンの開発を経て、多摩モノレールが走る都市へと変貌する。かやぶき屋根の屋敷は取り壊されたものの、やがて新築された住宅に家族が戻ってくる。

 「多摩丘陵は多摩ニュータウンのイメージが強いためか、開発以前の暮らしを知らない人が多い」と指摘する。「この絵本を見れば、地域の歴史が一目で分かる。今の営みも歴史の1ページであることを感じてほしい」

絵本「やとのいえ」 

作者の八尾慶次さんは兵庫県在住。宝塚造形芸術大(現・宝塚大)を卒業し、石仏が好きだったことから羅漢を描き始めた。2013年にイタリアで開かれたボローニャ国際絵本原画展で、「羅漢さん」で入選した。挿絵や月刊誌への掲載はあるが、絵本の単行本としては本作がデビュー作となる。40ページ、1800円(税抜き)。問い合わせは偕成社=電話03(3260)3221=へ。 

元記事:東京新聞 TOKYO Web 2020年8月24日

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