【中学受験と親の役割】夫婦仲の悪化を防ぐには?受験を「降りる」とは? 「翼の翼」の朝比奈あすかさんに聞く

中学受験への親の関わり方 小説「翼の翼」著者・朝比奈あすかさんへの10の質問・3

 中学受験をテーマにした小説「翼の翼」(光文社)の作者、朝比奈あすかさん(46)をゲストに招き、読者からの質問を一緒に考えるすくすくオンライン講座「中学受験、親の関わり方は?」。【2・他の子と比べるのはなぜ良くない? 】に続く今回は、「合格しても入学後のミスマッチが心配です」「中学受験から『降りた』エピソードを教えてください」「中学受験で夫婦仲が悪化しないためには?」という3つの質問を考えます。

質問8:合格しても入学後のミスマッチが心配です

 志望校の決め方に不安があります。説明会や学園祭に参加したくらいで「この子に向いている、最適な学校」だとピンとくるものなのでしょうか。そうでない場合、どうやって志望校を決め、モチベーションを上げていけばよいのでしょうか。入学後のミスマッチも避けたいです。(ゆきちゃん、40代女性、小5娘)

【質問詳細】 小5の娘が中学受験を目指して通塾しています。中堅の塾の一つではありますが、校舎自体はこじんまりとしていて競争する環境というわけではなく、娘も新しい友だちとの出会いや塾の先生の教え方が面白いようで、今のところは喜んで通っています。

 ひとつ気にかかるのは、志望校をどう決めるかです。

 学校で開催される説明会には本人も一緒に何度か足を運んでいますが、説明会の日は日常の学校生活とは異なる状態だと思っています。本当に「この子に向いている、最適な学校」が説明会や学園祭に参加したくらいでピンとくるものなのでしょうか。

 実際にいくつか学校を巡ってみたり話を聞いていると、そういう感覚が芽生えるものなのか気になります。もちろん本人がそこでピンときてくれれば、モチベーションも上がり試験に向けてギアを入れられると思うのですが、そうでない場合は誰が志望校を最終的に決めるのか? 結局は親が決めて、うまくいかない場合は親のせいとなり得る気がしています。

 自分が試験を受けるときは、学校でも入社試験でも、なるようにしかならないと割り切っていましたし、どこに入ったとしてもミスマッチはあると思っています。ただ子どものこと、しかもまだ中学生となると、できるだけそのミスマッチを事前に回避しておきたいと親としては思ってしまいます。

 朝比奈さんにアドバイスや体験をうかがえるとうれしいです。

何事も学びにつなげる力を養っておく

朝比奈あすかさん おっしゃることがすごくよく分かるというか、私も子どもの学校を選ぶ時に、よく考えていたことなんです。入学して学校生活が始まってしばらくして感じたのは、「案ずるより産むが易し」という言葉があるように、もう入ってしまうしかない、ということなんですよね。「ミスマッチが100%ない」ということは、ほぼない。誰もが素晴らしい学校だと言う第一志望の学校に入れたとしても、その学年の、入ったそのクラスの、隣の席の子、担任の先生、部活の先輩後輩、そこまで細かいところまでは選べません。

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質問に答える朝比奈あすかさん(右)

東京すくすく編集長・今川綾音 どこかでミスマッチは起こる、と。

朝比奈さん はい、そう思います。やはり、先ほど「学校を選ぶ上で大事にするキーワードを5つ見つけてみましょう」という提案をしましたが、これは入学するにあたって本人の納得のためにも、親が子どもを知るためにも、という意味です。キーワードが全部そろった学校に入っても、すべてが期待通りだった、となるかどうか。人間関係までは選べません。そこへいくと、もう「ベストのところに入るんだ」と決めて入学するよりも、「入ったところ、選択したところが最良の学校だ」と思える力を養っておく。家族で子どもとそういう力を付けていく。人のよいところを見つけられる力や、さまざまなことを学びにつなげていく力。そういう力を付ける、何事もプラスに考えられるようにしておいた方が、ミスマッチを恐れながら行くよりはいいと思います。

今川 通うことになった学校の中によさを見つけて、自分で生活を充実させていく力を付ける。

朝比奈さん いろんなものを好きになる力を持っていると、学校生活だけじゃなくて、その後の人生も楽しくなっていきます。よいところを見ていける子に育てられたらいいなと思いますね。

質問9:中学受験から「降りた」エピソードを教えてください

 「翼の翼」で中学受験をやめた親子のエピソードが印象的でした。実際にそういうケースもあるのでしょうか。(大昔の経験者、40代男性

【質問詳細】 「翼の翼」、読みました。自分は30年以上前に中学受験を経験していますが、あのころより格段に大変というか、子どもへのプレッシャーが強烈な気がしました。今の子は大変ですね…。

さて物語の後半の、中学受験をやめた親子のエピソードが印象的でした。そうか、追い詰められたら抜ければいいのか、と。でもそれはそれですごい決意ですよね。あのエピソードの基になったような話が、実際にあったりするんでしょうか?

親の言葉で子どもの受け止めは変わる

朝比奈さん 多いかどうかは分かりませんが、確実にあります。中学受験の塾のシステムに乗って降りられずに最後まで突っ走ることがありますが、それがいいか悪いかは本当に分からない。でも受験して結果オーライになるケースがあるのと同じように、途中でやめる選択も結果オーライにできればよいのだと思います。

「翼の翼」の中では、中学受験から撤退して高専(※高等専門学校。実験・実習を重視した5年一貫の専門教育により技術者を養成することを目的とした高等教育機関)に進んだママ友の話があります。これは「高専に入学してから国立の大学に編入した」という人が実際に身近にいて、私も初めてそういう進路があるんだと知りました。子どもの個人面談の時にもいろいろな話を聞いて、中学受験だけではないさまざまな進路があるんだという気づきのひとつになりました。

大学に入ってみると、みんなが中高一貫校の出身とか中学受験の経験者というわけでもなく、地方の学校や高校受験をしてきた子もたくさんいるので、そこで初めて「とても狭い世界にいたんだな」と気づく子も多いと思うんです。決して中学受験だけしかないと思い込まずに、いろいろな道を探っていくのがよいのではないでしょうか。

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今川 作品の中で言葉の使い方にハッとさせられたのが、中学受験から小学6年生の夏に撤退した親子について、「脱落したのではなく、中学受験をしないという選択をしたんだよ」と書かれていた場面です。親の言葉の選び方ひとつで、子どもの受け止めは大きく変わると感じました。

朝比奈さん まさにそういう思いを込めてそこは書きました。

今川 中学受験をやめた時点で終わりではない。その先にいろんな選択肢がまだまだ広がっていて、いずれは同じ道を行くことだってありますものね。

今川 中学受験を巡って親子だけでなく、親同士、夫婦ですれ違ってしまう例が「翼の翼」でも克明に描かれています。そのあたりについての質問もありました。

質問10:中学受験で夫婦仲が悪化しないためには?

 小説では、受験に向かう中で主人公の夫婦仲が悪化します。実際に離婚する家庭も多いと聞きました。夫婦がすれ違いがちなポイントや、そうならないために大事なことはありますか。(受験こわい、都内40代男性、子は小学校低学年)

【質問詳細】 うちの子も中学受験をするのかも…とぼんやり考えている都内の小学校低学年の父親です。

 「翼の翼」では受験に向かう中で主人公の夫婦仲が悪化し、危機を迎えますよね。実際にそれが原因で離婚する家庭も多いと聞きました。離婚したら子どもは「自分のせいだ…」と心に傷を負ってしまうのでは、と怖くなります。

 夫婦がすれ違いがちなポイントはどこか。そうならないために大事なことは何か。朝比奈さんのお話を伺いたいです。

どちらか一方は客観性を忘れずにいる

朝比奈さん 「受験こわい」さん、私もほんとに受験こわいと思います。「翼の翼」では、お母さん・円佳(まどか)とお父さんの真治(しんじ)を離婚寸前のように描いていますが、やはりどちらかが今の状況に対する客観性を忘れずにいることが大切なんだな、と書き終えてから思いました。

 周りを見ていると、片方がすごく熱心になって、もう片方はそれについていくという感じの夫婦はすごく多いと感じます。熱心になっている親のその熱心さの理由、何を目指して今どういう状況で、という話をもう片方はちゃんと聞いてあげることが大切だと思います。伴侶任せのケースだと、1人で背負い込む側は非常につらいので。もし相手が非常に熱心になっている場合は、客観性を持ちつつ話を聞き、シェアできるようにするのがいいのかなと。

今川 解きほぐす役目をどちらかが担わないと、それが子どもに向かってしまうということですね。

朝比奈さん それが大事です。現実的には、こういうケースだと言いにくいとは思うんですけれど。

今川 どちらか一方が子どもの中学受験に対して入れ込んでしまう場合に、もう一方がストップをかけづらい状況になるというのを周りでもちらほら聞きます。「これだけやってくれている相手に対してストップをかけられない」という遠慮、一生懸命になっている相手に対する負い目も、もしかしたらあるのではないかな、と。

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朝比奈さん 仕事などが忙しくてなかなか関われない人もいれば、そもそも無関心という人もいるので難しいですね。自分が関われなくても、もう一方の親と子どもがいい関係で頑張っている場合は見守るのもよいと思います。ただ、それまで関わってこなかった方の親が、受験の終盤で突然、「どんな学校を目指すんだ」「このぐらいの学校じゃないとだめだぞ」と口を挟んでしまうと、もう一方の親がそこまでに築いた子どもとの関係性や中学受験の歴史を損ねてしまいます。余計なことを言って状況を悪くするようなことは控えて、パートナーの話を聞くことに徹するといいと思うのですが、難しいですね。

今川 中学受験もそうだと思うんですけれど、困難に立ち向かう時って、夫婦、夫と妻の仲も試されるというか、そこでひとつ乗り越えたら、そこの関係もステージがひとつ上がりますよね。

朝比奈さん 中学受験では子どもに対しても視野がすごく狭くなってしまう時があるので、もう一人が「まあまあまあ」という感じでその視野を広げてあげて。「落ちたってこの子はこの子で何も変わらないんだ」という姿勢を貫く役割をもう一人の親が担うことで、熱心になってしまう側のお母さんやお父さんの心をだいぶ楽にできると思います。

今川 受験に限らず、子育て全般において言えることだと感じました。

 続く【番外編・崩れた親子関係-ある女性の告白】では、長い目で見た子育てと中学受験のあり方について朝比奈さんと一緒に考えます。
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