作家 阿部夏丸さん 子どもと黙って楽しむ時間が大事 父とフナ釣りした日々が教えてくれた

吉田瑠里 (2020年11月1日付 東京新聞朝刊)
子育て世代がつながる

家族のこと話そう

写真 作家 阿部夏丸さん

(吉岡広喜撮影)

同じ川を見る距離感 心地良かった

 30歳すぎに会社員をやめてから、川と子どもをテーマに小説を書き続けてきました。各地の子育て支援団体などと協力して、子どもたちと川で遊ぶ活動もしています。小学生の頃、おやじと釣りをした古里の矢作(やはぎ)川が、僕の原点ですね。

 当時、おやじは信用金庫の職員で、家では無口でした。毎週日曜日の朝になると、自転車で川へフナ釣りに出掛けました。僕も追い掛け、川岸で隣に座ってさおを出す。昼頃までほとんど話さず、お互い顔も見ずに、同じ川を見ている距離感が、すごく居心地が良かった。おやじが足を痛めて釣りをやめるまで、5年ほど続きました。

 僕は平日もよく1人で釣りに行き、釣った魚を家でさばいていました。おふくろは台所を自由に使わせてくれました。いつも僕のやりたいことを尊重してくれた両親に感謝しています。家族は、向き合って話さなくても、困ったことがあったとき、自然に寄るような信頼関係があればいい。信頼関係は、共有する時間の積み重ねから生まれると、両親が教えてくれました。

川遊びをテーマに絵本を描き始めて

 会社員時代の僕は「モーレツ社員」でした。会社が経営する書店やハンバーガーショップの店長を任され、帰宅はいつも午前零時すぎ。もともと子どもに勉強をさせるのが好きじゃないのに、学習塾の塾長までして精神的に参りました。ある日、鏡で見た自分の顔は別人みたいに無表情。「会社、やめようかな」と言ったら、両親も女房も「いいよ」と言ってくれました。

 女房には頭が上がりません。退職後、子どもの頃に好きだった川遊びをテーマに絵本を描き始めたのですが、絵に満足がいかなかった。そこで文章にしてみよう、と小説を書いたら、女房が「面白かった」と、出版社に持って行くよう勧めてくれました。結局、その小説がデビュー作で文学賞も受賞できた。今も作品は最初に女房に見せます。僕はちょっと離れた所から女房の横顔を見ながら、反応をうかがっているんです。

何も言わない父 実はデビュー作を…

 自宅は実家の近くで、両親ともよく顔を合わせていましたが、おやじは僕の作品のことを何も言いません。けれど、応援はしてくれていたようです。10年ほど前に亡くなった後、地元の人たちから、おやじが生前に僕のデビュー作を山ほど配って回っていたと聞きました。おやじともともと付き合いのなかった人からもです。

 僕は今、各地で子どもたちと一緒に川に行っています。不登校の子どもも多く、この活動が学校以外の居場所になれているならうれしいです。おやじのように、子どもと黙って楽しみを共有する時間が大事だと思っています。

阿部夏丸(あべ・なつまる)

 1960年、愛知県豊田市生まれ。幼稚園の絵画講師や書店店長などを務めた後、1995年にデビュー作の小説「泣けない魚たち」で坪田譲治文学賞、椋鳩十児童文学賞を受賞した。近作は絵本作家・高畠那生さんとの共著「ゲンちゃんはおサルじゃありません」など。

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