〈転勤を考える・下〉望ましい転勤制度とは? 法政大・武石恵美子教授「労使ともに将来見据えて」

(2019年5月27日付 東京新聞朝刊)
 働く人と企業、どちらにとっても望ましい転勤制度を考えるには、何を重視すべきか。転勤に悩み退職した人を紹介した㊤企業の工夫を紹介した㊥に続き、最終回では転勤制度に詳しい法政大キャリアデザイン学部教授の武石恵美子さんに聞いた。

望ましい転勤制度について話す武石恵美子さん=法政大で

最大の問題点は「働き手が将来の計画を立てられない」

 武石さんが、まず最大の問題点として指摘したのは「実施の方法が不透明で、働き手が将来の計画を立てられないこと」だ。この連載でも紹介したように、転勤は多くの企業で突然命じられる。しかも、その時に赴任期間が明示されることはまれだ。自宅のある地域に再び戻れるかが分からないことも多い。

 終身雇用を前提に、日本企業は長い間、働く人やその家族の生活を保障する一方、転勤を含む人事異動に大きな裁量権を行使してきた。しかし、働く女性の増加に伴い、夫と妻ともに転勤のある働き方をする夫婦が増えている。総務省の就業構造基本調査(2017年)によると、過去5年間で家族の転勤などを理由に離職した正規従業員は男女合わせて9万3900人。前回12年の調査より4400人増えている。

企業側は「対象時期」「赴任期間」を前もって示すべき

 武石さんが企業側に提案するのは、働き手に対し、転勤の対象になる時期や赴任期間などを前もってしっかり示すことだ。「先が見通せれば、配偶者の仕事の都合や、住宅の購入時期といった人生設計を考えることができて、会社を辞めずに済むことがある」

 一方、転勤をしたくない人ばかりに配慮すると、転勤が一部に偏って不公平だと感じる人が出てくることが予想される。武石さんは解決策の一つとして、転勤する人の給与に手当を上乗せするなどの人事制度の設計を求める。

社員一人一人に向き合い、密なコミュニケーションを

 密なコミュニケーションも欠かせない。社員と面接を重ね、それぞれの事情を把握しておくことは、離職を防ぐのに有効だ。また、面接は転勤の持つ意味や狙いを丁寧に説明する場にもなる。やりがいを持って働き続けるには、長期的な展望が必要だ。「目指すキャリアのためには、この地域のこのポストを経験しておいた方がいい」など将来を見据えて話せば、転勤を前向きにとらえる社員が出てくることも期待できる。

 近年、さまざまな人材を活用する「ダイバーシティー(多様性)」を経営理念に掲げる企業が増えている。多様な人材を取り込むことで生産性を上げ、企業と働き手の両方が幸せになることを目指す考え方だ。転勤が多様性実現を阻む壁にならないよう、「企業は社員一人一人にしっかり向き合うことが求められる」。

国も企業向けに「ヒント」提言

 労働力人口が減り続ける中、離職に結びつく転勤を防ごうと、国も対策に乗り出している。厚生労働省は2017年、転勤の在り方を見直す際に生かしてもらうことを目的に、「転勤に関する雇用管理のヒントと手法」を企業向けに作成、ホームページで公表した。法的な拘束力はない。

 その中では、転勤させる地域の範囲や時期、回数、赴任期間などの原則や目安を定めることが、働き手の納得につながると説明。また、書類や面談など、定期的に働き手の事情や意向を個別に把握する仕組みづくりが有効としている。育児や介護中の人のためには、転勤を免除する制度の導入も提言。一方で、ベビーシッター代や家事代行費を補うなどすれば、転勤が可能な場合もあるとして、工夫を呼び掛けている。

元記事:東京新聞 TOKYO Web 2019年5月27日

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