子どもは一流の観察者 その感性は目のくらむような衝撃〈瀧波ユカリ しあわせ最前線〉20
赤の他人の我々が見てしまった!
ドラッグストアに行くと思い出すことがある。数年前のこと。店内で、母親の後ろを小さな女の子が歩いている。2歳半くらいだろう。母親は右に曲がったが、女の子は付いていかずに立ち止まり、足元を見つめ始めた。居合わせた私と夫は、女の子が母親を見失ってしまわないか気になり、なんとなく見ていた。
女の子は腰をかがめ、そのまま何度か足踏みをした。それから上を仰ぎ見て、また下を見た。そして小さな指で白いセラミックタイルの床を指して、こう言った。「うわあ、ひかってるう‼」。店内を照らす天井のライトが、セラミックタイルに反射して光っているのだった。やがて女の子の不在に気付いた母親が引き返し、手を握って連れて行った。この間、わずか20秒ほど。そこにたたずんだままの私と夫は、口々にこう言った。
「すごいものを見てしまったね」「うん、親も見ていないのに、赤の他人の我々が見てしまった」。そう、私たちはすごいものを見たのだ。女の子が、床が光っていることを発見し、強く心を動かされ、声をあげた。これは恐らく、ひとりの人生につき一度しか起きないことだろう。

「世の中には、いろんな光があるじゃない? 花火とか、クリスマスのイルミネーションとか。LEDライトに反射して光るドラッグストアの床なんて、世間一般ではおよそ美の範疇(はんちゅう)に入らない。でもあの女の子にとっては、間違いなく美だった。そのピュアな感性が尊くて、私は胸が張り裂けそう。どう?」
「わかるよ。しかも足で光を踏んでみて、上を見てライトを確認して、また床を見て、というプロセスを経た上で、光っている、という結論を導き出していた」「2歳がね。そうとう賢いよ。ねえ、今からあの子のお母さんに全てを伝えてこようかな」「明らかに怪しい人になってしまうから、やめなさい」
他愛ない思い出こそ子育ての醍醐味
目のくらむような衝撃と感動を胸に、私たちはドラッグストアをあとにした。光ってると声をあげた時の女の子の瞳の輝きが、心に焼きついて離れなかった。そうだ、娘にもこのことを話そう。
しかし話を聞いた娘は、とたんに不機嫌になった。いわく「私だって、それくらいの感性は持っている」。見知らぬ子どもの感性をほめたことで傷ついたのだろう。子ども心は複雑である。
出来事というにはあまりに他愛ないけど、いたいけで忘れられない。子どもにまつわるそんな思い出が人生の中に織り込まれていくことこそ、子育ての醍醐味だと私は思う。
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瀧波ユカリさん(木口慎子撮影)
瀧波ユカリ(たきなみ・ゆかり)
漫画家、エッセイスト。1980年、北海道生まれ。漫画の代表作に「私たちは無痛恋愛がしたい~鍵垢女子と星屑男子とフェミおじさん~」「モトカレマニア」「臨死!! 江古田ちゃん」など。母親の余命宣告からみとりまでを描いた「ありがとうって言えたなら」も話題に。本連載「しあわせ最前線」では、自身の子育て体験や家事分担など家族との日々で感じたことをイラストとエッセーでつづります。夫と中学生の娘と3人暮らし。
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