能登半島地震の発生直後に陣痛が…津波警報の中で出産 妊産婦の震災リスクとは? 被災地を支える産婦人科医に聞く

浅野有紀、中村真暁 (2024年1月5日付 東京新聞朝刊に加筆)
 能登半島地震の発生から10日。いまだ2万人以上の人々が厳しい寒さでの避難生活を余儀なくされる中、発災直後の出産という希望を感じられるニュースも届いている。災害時、妊産婦や乳幼児はどのようなリスクが想定されるのか。災害発生直後は必要な支援が届きにくく、「停電で電話が通じない」「救急搬送が手配できない」といった事態も起こりうるという。母子ともに安全に過ごすための備えについて考えたい。

震災で電話通じず、安否確認滞る 

 元日に震度6強を観測した石川県七尾市の恵寿総合病院では、停電せず、地下水のろ過システムが稼働し断水もなかった。産科病棟は水漏れなどで分娩(ぶんべん)できなかったが、別棟の手術室を分娩用に整備。3日から4日にかけて、クリニックが被災した近隣の輪島市や珠洲市から36週以降の妊婦4人を受け入れた。

 受け入れ調整のため、恵寿総合病院が珠洲市の2人に安否確認をしようとした際、停電のため通話がままならなかったという。現地で発災直後から妊婦らの支援を続ける産婦人科科長の新井隆成医師(60)は、「連絡が取れないと助けてほしいと発信できず、救助も進まない」と備えの必要性を訴える。

 電話のつながらない2人には「至急、折り返してください」とショートメッセージを送り、命の危険が迫っていないか案じながら返事を待った。停電が解消され、家族が電波状況のいい市役所にいると分かり、ようやく安否確認や救急搬送の手配も整えられた。2人は災害派遣医療チームDMATの協力を得て運ばれてきた。

 新井医師は、これから出産を控える人へ、「自身の住む地域では災害時にどんな連絡手段が取れるのか、電話が通じない場合の代替方法を事前に確認しておいてほしい」と呼びかける。「(地震発生直後の)本当の災害急性期は自助しかない」として、72時間は自分で自分を守れるような防災備品や、避難場所の再確認、携帯電話の充電方法などの準備を挙げる。

3.11被災したママの言葉を教訓に 

 具体的には、どのような備えがあるといいのか。

 東日本大震災の避難所で妊産婦支援に携わった産婦人科医の吉田穂波さんは、安否確認にスマホが使えなくなったときのため、どこに行けば電話がかけられるのかをリストアップしておくことは重要と話す。

 緊急連絡先はスマホ以外の場所に控えておくことも欠かせない。遠方の親戚なら通じるかもしれないので電話をかけ続けたり、災害用伝言ダイヤル「171」に自身の安否を吹き込むのも一つだ。

画像 NTTの災害用伝言ダイヤル171の使い方

 東日本大震災では、ペンと紙とテープを自宅から持ち出して、あらかじめ災害時用に決めておいた待ち合わせ場所に「○時に落ち合おう」などと書いた紙を貼る人々の姿が見られ、「意外とアナログな方法が役に立っていた」と振り返る。

 吉田さんは、東日本大震災で避難を経験した妊産婦や乳幼児の保護者ら約70人にインタビューし、「なくて困った」「あってよかった」という声を「あかちゃんとママを守る防災ノート」にまとめた。市販の防災セットもあるが、「妊産婦や乳幼児は避難所でさまざまなリスクが考えられるため、独自にカスタマイズしてほしい」と話す。

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「あかちゃんとママを守る防災ノート」に掲載されている、避難バッグのチェックリスト

「あかちゃんとママを守る防災ノート」のダウンロードはこちらから(内閣府のサイトでPDFファイルが開きます)。 

子どもを守るためには親の心のケア

 防災セットのポイントは、一度に大量の荷物は運べないため、避難所で1晩過ごす際の必需品を「1次」バッグ、自宅に取りに帰った時に持ち出したい2日目以降の洋服セットや生理用品などを「2次」バッグ、緊急時の必要性が高く平時から持ち歩ける母子健康手帳のコピーや水などは「携帯用」バッグ、と3分類を考えると安心という。

 「防災セットの中身は、お子さんの状況によって異なってきます」と吉田さん。まだ歩けない子は抱っこひもがあると便利だし、妊娠中で栄養不足にならないよう葉酸サプリなど、家庭によってそれぞれ必要なものをそろえることを呼びかける。

 ここで忘れがちなのが、保護者自身のケアグッズ。避難生活が長期にわたると、不安や不満が強くなる。「子どもは、親の機嫌や感情をみている。親がシェルターなので、親の気持ちが曇っていると子どもの心にも影響する」として、保護者自身のケアの必要性を訴える。吉田さんは「私なら落語や読書が好きなので、本をいつも持ち歩くとか、リラックスできるアロマスプレー、あめやチョコレートなど、大変な時だからこそ心を落ち着けられるものがあるといい」とアドバイスする。(浅野有紀)

1月2日午前2時5分、元気な女の子が

 石川県七尾市の恵寿総合病院では、激しい揺れと津波警報の発令の中、「命」が誕生した。担当した新井医師は「家族を中心に、みなの力を結集できた」と目を細めた。

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赤ちゃんと初めて対面し、涙を見せる女性=恵寿総合病院提供

 「10分おきに痛みがある」。出産のため隣町の志賀町に帰省していた妊娠39週の女性(35)から、病院に電話があったのは1日午後6時半ごろ。地震発生から2時間20分後だった。

 救急搬送を要請するよう求めたが、消防署は救命活動で対応が困難。道路に陥没や通行止めがある中、女性は午後7時半に家族の運転で病院に着いた。2日午前2時5分。3130グラムの元気な女の子が生まれた。女性は「こんなときも生まれることができるんだね」と命の誕生に深く感動していたという。(中村真暁)

妊産婦の避難所生活、注意点は?

 <恵寿総合病院・産婦人科科長 新井隆成医師の話> 妊婦は体を横にし、しっかりと睡眠をとってほしい。水分は通常の1.5倍必要だと言われる。周囲はちゃんと水分補給させてあげて。体が冷えないことも大切だ。清潔なトイレの提供も重要。不潔だと産道感染の危険もある。一般的に避難所の女性トイレの数は男性トイレの3倍必要だと言われるが、そうした環境をできるだけ整えてほしい。

 妊産婦やその家族が一緒に避難できる専用の場所の整備も重要だ。難しければゾーニングし、彼女たちを守ること。赤ちゃんが泣くと、周りに嫌な顔をされないかと気になってしまう。安心して授乳できるよう、守ってあげてほしい。災害時はみな大変だからと我慢しがちだが、赤ちゃんを妊娠し、抱えているだけで大変なこと。つらいときも勇気を持って援助を得る「受援力」を持とう。(中村真暁)

 [元記事:東京新聞 TOKYO Web 2024年1月5日

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