女優 松本まりかさん 仕事が少なくてもあきらめない雑草根性は、祖父が育ててくれた

植木創太
子育て世代がつながる

家族のこと話そう

写真 女優・松本まりかさん

(篠原麻希撮影)

戦争を生き抜き電器屋に 厳しい人でした

 幼い頃は千葉県で母、兄との3人暮らしでしたが、週末は東京の母の実家で親戚一同で過ごしていました。みんなを束ねるのは、今は亡き祖父。とてもストイックで、早朝の筋トレやランニングを欠かさず、終わるとトイレで声を出して新聞を読む。お父さんがいなかった私にとって、この「おじいちゃん」が男の人のイメージなんです。

 戦争を生き抜き、一人で電器屋さんを始め、ビルも建てた人。家ではすごく厳しかった。母の育った頃は裕福だったのですが、家電量販店が増え、私が子どもの頃は大変だったよう。電器屋さんなのに、うちには冷房がなく、あるのは扇風機1つだけ。暖房器具もストーブ一つしかなかった。そのおかげで体は強くなった気がします。

スキーはいきなり上級者コース 背中を…

 4歳ぐらいでスキーに行った時は強烈でした。いきなり上級者コースに連れていかれて背中を押され、「降りろー」「滑れー」って。まだ小さかったので空中で回転しちゃったり。泣きながら斜面を滑りました。大海原に「泳げー」って放り出されたことも。なので、幼い頃は祖父が苦手でした。というか、怖かった。一方で、祖母は天使のように優しかった。たぶん、アメとムチみたいな教育方針だったのかなと今は思います。

 デビューして20年。やっと注目していただけるようになり、ドラマにバラエティーにと、夢をかなえさせていただいています。最近、「芽が出ない間もよく頑張ってきたね」と言われます。確かに仕事が少ない時期もあり、つらくなかったと言えばうそになりますが、あきらめるという類いの言葉は一度も出てこなかった。踏まれても起き上がる。雑草のような根性を祖父に育ててもらったと思います。

祖母は95歳 戦争の話を聞いておきたい

 昨年は写真集やファッション誌の表紙などもさせてもらい、忙しかったけど、本当に楽しかった。でも、今はちょっとでいいので、1回立ち止まりたい。全力疾走してきたからこそ見えてきたものを、自分なりに見つめてみたい。女優として認知してもらえるようになれば、自分の言葉も少なからず、誰かに影響を与えるようになるので、そうなった時、意味ある発言や行動ができなきゃいけない。自分をもっと磨きたいです。

 その際にやりたいことの一つが、95歳になる祖母と一緒に旅行へ行って、戦争の話を聞くことです。祖父は生前、ずっと「戦争はやっちゃいかん」と言っていました。その本当の意味みたいなものを知りたい。体験者から直接話を聞いた最後の世代として、自分が九十歳とかになり、声が出なくなるまで、ちゃんと伝えていかなきゃと思っています。

まつもと・まりか

1984年、東京都生まれ。2000年にドラマ「六番目の小夜子」でデビュー。東海テレビ・フジテレビ系で放送中のドラマ「最高のオバハン 中島ハルコ」では、主人公に振り回されるアラフォー女子を熱演。人気ゲーム「ファイナルファンタジーX」などで声優としても活躍している。

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