NO!スポハラ 被害者の4割は小学生 「スポーツ・ハラスメント」から子どもを守るために保護者ができること〈アディショナルタイム〉

谷野哲郎

「NO!スポハラ」活動をご存じでしょうか。公益財団法人 日本スポーツ協会(JSPO)などが中心となって行われている、スポーツ界のハラスメントを防止しようという試みのことです。スポーツ界では2013年に「スポーツ界における暴力行為根絶宣言」を採択しましたが、10年後の現在も不適切行為は根絶されず、JSPOに寄せられた相談のうち、小学生が被害者になっている割合が41%という驚きのデータもあります。もし、自分の子どもがハラスメントに巻き込まれたらどうしたらいいのか、また、巻き込まれないためにどうしたらいいのかを話し合う保護者の勉強会を取材しました。

誰によっても、誰に対しても起こる

 9月中旬、都内で、あるワークショップが行われました。タイトルは「子どもたちが安全・安心にスポーツを楽しめる社会をつくるために、保護者ができることってなんだろう?」。11人の保護者が参加して120分間、活発に意見が交わされました。

 そもそも、スポハラって何だと思いますか?JSPOによると、スポハラとは「スポーツ・ハラスメント」の略で、「スポーツの現場における暴力や暴言、ハラスメント、差別など安心・安全にスポーツを楽しむことを害する行為」のこと。現在、JSPOや日本オリンピック委員会、日本パラスポーツ協会、日本中学校体育連盟、全国高等学校体育連盟などが協力して啓発活動を行っています。

保護者向けに行われたワークショップのワンシーン=新宿区で

 この日、司会を務めた大阪体育大学教授で、日本スポーツ心理学会理事長の土屋裕睦さんは、「誰によっても、誰に対してもスポハラは起こりうることとして、捉えることが大切。場合によっては、私たち保護者が加害者になるかもしれないし、うちの子どもが下の子どもたちへの加害者になりうるかもしれない」と説明。集まった保護者はうなずいたり、メモを取ったりしていました。

暴言、パワハラ…相談件数は年々増加

 ここで、スポハラの現状を見てみましょう。下のグラフはJSPOの相談窓口に寄せられた件数ですが、コロナの影響で活動自体が下火になった2020年、2021年を除き、相談件数は増加の一途をたどっており、2022(令和4)年度は、過去最多の373件の相談がありました。

 JSPOによると、暴力に対する相談の割合は減少している一方、暴言やパワハラに関しては増加傾向にあるとのこと。実際に寄せられた相談では「バカ」「アホ」「ボケ」などの侮辱発言や、「おまえなんかいらない」「頭が悪い」などの人格を否定する発言があったそうです。ちなみに、相談の内容は暴言がトップで、次いで暴力、パワーハラスメント、セクシュアルハラスメントの順になっています。

小学生が多い=声を上げづらい立場

 親としては、気になるデータもあります。被害者の6割以上が未成年であり、そのうち、4割(41%)は小学生が被害者になっていることです。指導者やコーチから暴言などの不適切行為を受けても、声を上げづらい立場にある子どもたちが被害者になるケースが多いことがわかります。

 中には、自分で相談窓口に連絡することができず、相談した保護者が連絡をしてくるケースも62%見られます。育成年代において、保護者の役割は決して軽いものではないことがうかがえます。

 

「殴られたとき、親に言えなかった」

 このデータを見て思い出したことがあります。ワークショップに先立って7月に行われた「スポハラ」のオンラインセミナー。パネリストとして登壇したバレーボール元日本代表の益子直美さんが自身の体験談を語ったときのことです。

 「子どもが小さいと、ハラスメントだとわからないケースもあります。まず、どういうシチュエーションがスポハラに当たるのか、子どもたちに具体的に教えてあげるのはすごく大事だと思います」と話し始めた益子さん。

7月に行われた「NO!スポハラ」活動のオンラインセミナーで話す益子直美さん=JSPO提供

 当時は、勝利至上主義の厳しい指導を受けていたそうで、「私もバレーボールを始めて、初めて(指導者から)殴られたときは親に言えなかった。親をがっかりさせたくなくて、ほっぺに手の痕がついていても、髪の毛で見せないようにしていた」と打ち明けます。

 「それでも、もう耐えられなくて、中学3年生のとき、母にバレーをやめると言ったときに、『大賛成』『そんなに無理してやることじゃない』と言ってくれたんです。あのとき、母が味方になって、受け入れてくれたのがすごく大きなことでした」

 「そこからご縁があって、またバレーに戻ることができたのですが、あのとき、母から『根性なし』とか『やめるな』と言われていたら、もう何も親に悩みを言えなかったと思います。だから、親御さんも一生懸命な人が多いと思うんですけど、できるだけお子さんの味方になって、否定せず、悩みを聞いてあげてほしいなと思っています」と、アドバイスを送っていました。

3つの要素「不正のトライアングル」

 さて、ワークショップに話を戻しましょう。この日は、①「お子さまの置かれている状況について」②「なぜスポハラは起こるのか」③「保護者としてなにができるのか」の3つを柱に話し合いを行いました。付箋を使い、状況や問題点を「見える化」していくことで、議論も活発に進みました。

 中でも、②の「なぜスポハラが起こるのか」については、興味深い話が聞けました。一般社団法人スポーツフォーキッズジャパン代表で、桐蔭横浜大学・大学院教授で心理学に詳しい渋倉崇行さんが説明。犯罪心理学における「不正のトライアングル」という枠組みに当てはめると、よくわかるそうで、「『機会』『動機・プレッシャー』『正当化』、この3つがそろったときに不正って生じやすいんですね」

不正のトライアングルについて説明する渋倉さん

 渋倉さんの話は続きます。

 「例えば、『機会』は不正行為ができる環境のことで、クローズな空間で人目がないときにハラスメントは起きやすいですし、『動機・プレッシャー』は不正行為をする心情。つまり、周囲や上司、保護者から強く勝利を求められることなどが挙げられます。また、『正当化』は、不正を正当化する心情。暴力を受けてでも勝つことが大事だとか、勝利を目指すことによって就職や進学に有利だ、だから、ときには暴力を受けることも大事なんだよと思ってしまう考え方。この3つがそろうと、スポハラは生じやすいということを知っておくと対策を立てやすいと思います」

 ハラスメントが起きるメカニズムを知る貴重な機会になりました。

保護者の結論 まず子どもの話を聞く

 これを受けて最後に、保護者同士がこの日のまとめとして、これから自分たちができることを発表しました。

グループ内の話し合いを発表する保護者

 ある保護者の方が「まずは子どもの話を聞いてあげること。それも子どもたちが話しやすいように聞いてあげること。それ以外にも、保護者同士、コーチともしっかりとコミュニケーションをとっていくこと」と言えば、ある保護者は「スポーツは楽しいということを周りに伝えていくこと。そして、保護者も啓発活動など学び続けていくことが大事では」。互いに拍手を交わし、ワークショップは終了しました。

 保護者も、コーチも、誰もが子どもの幸せを考えているはずなのに、熱くなりすぎたり、何かボタンの掛け違いで子どもがつらい体験をしてしまうのは、悲しいことです。

笑顔でワークショップを終え、記念写真に納まる参加者とパネリストたち

 「スポーツは頑張るものだというのは間違いではないのですが、ときにはスポーツから離れることも重要なんだ、そういった見方もあるんだと僕自身、気が付きました。もちろん、スポーツは選手が中心なのですが、コーチ、その他関係者、そして保護者にもできることがあるのではないかと思います」と渋倉さん。この日のワークショップはYouTubeでご覧になれます。

 JSPOではスポーツ現場における暴力行為等に関する相談に対応するため、暴力行為等相談窓口を設置しています。 

「アディショナルタイム」とは、サッカーの前後半で設けられる追加タイムのこと。スポーツ取材歴30年の筆者が「親子の会話のヒント」になるようなスポーツの話題、お薦めの書籍などをつづります。

 

 連載「アディショナルタイム」の過去記事はこちらから読めます。

 

コメント

  • 娘が新体操を習っています。新体操はとてもクローズドな競技だと感じます。 女帝のような先生に、誰も意見など言えず、チーム内で選抜される大会などもあり、親も子も気を使いながら続けています。これを受け
    はろー 女性 40代 
  • 記事を読んで啓蒙活動がより一層進んでほしいと強く思いました。また、子供をサポートする組織や新聞社が実態を調べて欲しいと思います。 酷暑が続き暑さ指数が31を超えている週末の一番熱い時間帯の12時
    キキ 女性 50代