フリーアナウンサー 赤平大さん 発達障害の息子が自信を持てること、食べていける職業を一緒に見つけたい

古根村進然 (2024年2月11日付 東京新聞朝刊)
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発達障害について話すアナウンサーの赤平大さん(坂本亜由理撮影)

家族のこと話そう

ADHDと判明 悲しむことはない

 息子は東京都港区の私立麻布中学校に通う1年で、発達障害です。注意欠陥多動性障害(ADHD)で、じっとすることが難しいです。運動の不器用さなどがある発達性協調運動障害(DCD)の特性もあります。

 発達障害と知ったのは保育園のころ。幼いのに、漢字の入った文章が読めるなどし、先生から病院に相談を、と言われたからです。そこで発達障害の診断を受け、知能指数(IQ)が高いことも分かりました。驚きましたが、自分に発達障害の知識はなく、単純に「ああそうなんだな」と受け止めただけでした。

 小学校入学前に就学時健康診断があり、通常学級に属しながら障害に応じた指導を受ける「通級指導教室」に通うことになりました。授業参観で息子が教室の床で寝転がって本を読んだり、授業中に突然教室を飛び出す様子を見たりして、息子の将来を不安に感じました。でも、僕は「何でうちの子どもが障害者なの」などと悲しむことはなかったです。

 一方、息子が小学1年の途中から多動性などを抑える薬を飲むようになり、自分に知識がないと怖いと感じるようになりました。そこで本格的に発達障害の勉強を開始。論文などを読むうち防ぎたいと思ったのが、二次障害です。過度な叱責(しっせき)などが続くことでうつ病などを発症することをいいます。そのため息子が自信を持てることを見つけたいと考えました。

算数を先取り学習 麻布中に合格

 息子はサッカー、ピアノなどの習い事はうまくできず続かなかったです。一方で、興味を示したのが算数。自己肯定感を高めるため先取りして学習し、小学3年の時点で中学3年までの学習内容を終えました。しかし、発達障害の影響から記述回答が極めて苦手なため、高校の数学には全く適応できませんでした。

 目先を変え、中学受験用の問題集をやらせてみたら適度な難度に感じたので、受験のためではなく、二次障害の予防として家庭学習を始めました。6年生になり、発達障害の支援に手厚い私立中学校を受験し、進学も予定していましたが、最終的には、息子が「挑戦したい」と強い意志を見せた麻布中に進むことにしました。

 ただ、僕は学歴の延長線上に息子の人生があるとは思っていません。今も時間を守ったり、人の気持ちを読み取ったりすることが苦手。サラリーマン向きではないと感じるので、彼が将来ご飯を食べていける職業を一緒に見つけたいと考えています。言葉選びがユニークなので作家やコピーライターが合うかもしれません。社会の役に立ち、人を喜ばせられるような存在になってほしい。得手不得手が大きいので不安もあるけれど、息子が輝きながら生きていけるよう支えていきたいです。

赤平大(あかひら・まさる)

 1978年、盛岡市出身。元テレビ東京アナウンサー。WOWOW「エキサイトマッチ」や「シックス・ネーションズ」などの実況のほか、ナレーターとしても活躍。発達障害支援者向け動画メディア「インクルボックス」を運営。発達障害学習支援シニアサポーターなどの資格も持ち、企業や学校で発達障害をテーマに講演もしている。

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