「虫歯菌は親子の食器共有でうつる」は間違い?定説に異議を呈した学会の意図は 「親の虫歯リスクが影響する」という歯科医師も

 「子どもに虫歯菌がうつるのを防ぐため、親子でスプーンなどの食器を別々にすることの科学的根拠は強くない」。昨年8月、日本口腔衛生学会がこう指摘する意見書を発表し、虫歯予防のために気を使ってきた親たちの注目を集めました。食器共有を避けることは無駄だったのでしょうか。学会の見解と「食器共有をしない方がいい人もいる」という歯科医師を取材しました。
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食器共有NGは、歯科医院での指導や育児雑誌などで世間に広く伝わっている

 教えてくれたのは、日本口腔衛生学会のフッ化物応用委員会委員長で東京医科歯科大教授の相田潤さんです。

「虫歯が減る」という研究はなかった

―なぜ学会として情報発信したのですか。

 きっかけは、和歌山県立医科大などが昨年5月、「食器共有などで親の唾液に触れると、子どものアレルギー予防につながる」と発表したことを伝える報道です。

 記事の中で「親の唾液によって、虫歯菌の感染リスクがある」と指摘されていました。本来はフッ素を使った歯磨きや甘い物を控えることの方が大事なのに、「食器共有を避ければ虫歯菌を防げるという認識が広がっている」ことに驚いて、虫歯予防の見解を整理してみました。

 振り返ると、私の子どもが生まれた2007年も、育児雑誌に「食器共有は避けるように」と載っていました。

 当時、「虫歯の原因となるミュータンス菌のDNAが親子で一致した」という研究がありました。それを受けて、おそらく歯科医師の間で「食器共有などによる感染に気を付ければ虫歯を防げるのでは」という情報が広がったのでしょう。

 ただ、本当に食器共有をしないように気を付けたら虫歯は減るのか、という研究はありませんでした

「食器の共有を気にしすぎる前に、フッ素や甘い物の食べ過ぎに注意してほしい」と話す相田さん

そもそも食器共有する前から、うつる

―今回の意見書のポイントは。

 3つあります。最近の研究で、そもそも食器共有の前の生後4カ月の時点で、親の口腔細菌がうつることが分かっています。赤ちゃんに話しかける中で、親の唾液が飛び、そこからうつるんです。

 2つ目は、昔は虫歯菌といえばミュータンス菌だったのですが、健康な歯の表面にいる常在菌の中にも虫歯の原因となる酸を出す菌がいることが、ここ10年くらいで常識になってきました。

 最後に私たちの2011年の研究で、食器共有をしないように気を付けている親と気にしない親の子どもで、3歳児健診時の虫歯を見たら、有意差がなかったんです。親子間で菌はうつるのですが、食器共有を避けて虫歯が減るかどうかは分からないという結論です。

虫歯予防に重要なのは、フッ素の塗布

ーでは、虫歯予防のために親ができることは何でしょうか。

 毎日の仕上げ磨きだけでは足りません。子どもの虫歯は、8割超が奥歯にできます。いくら磨いても奥歯の溝の底の歯垢(しこう)は歯ブラシが届かないのです。

 そこでフッ素を使うと、奥歯の虫歯も防げることが分かっています。初期虫歯の修復を促すとともに、安定した歯のエナメル質をつくり、歯を強くする効果があります。

―フッ素はいつから歯科で塗布してもらえばいいでしょうか。

 歯が生えたら始めていいです。頻度は、歯科医師が判断する虫歯のリスクによるので、相談してみてください。家庭でのケアは、昨年3月、年齢ごとに推奨するフッ素濃度を示したので参考にしてください。歯が生え始めたら1000ppmという点がポイントです。

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日本口腔衛生学会などが推奨する年齢ごとのフッ素濃度(同学会提供)

甘いものだらだら与えないことも大事

ーわが家の歯磨き粉を調べたら、500ppmでした。虫歯予防には足りないでしょうか。

 フッ素濃度が高いほど効果が高いことが分かっていて、500だと効果を示す論文が少ないのです。海外では、子どもでも1000ppmが主流だからかもしれません。

 1000ppmは、うがいができずに体内に取り込んでも問題はない量なので、どうせなら高い方を使った方がいいですよね。

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オンラインやドラッグストアで購入できる子ども用歯磨き粉の例。前列が500~600ppm、後列が900~1000ppm(浅野有紀撮影)

―ほかに気を付けることは、ありますか。

 甘いものを、だらだらと与えないことです。寝ている間はつばが出にくいので、寝る1時間以内も避けた方がいいです。幼い子は食べてすぐ寝てしまうことがあるので、難しい時もありますけどね。

 食器共有しないことを徹底するのは大変なので、甘い物を食べる頻度を減らすことや、フッ素を使うことの方が大事だという知識が広がってほしいです。

 一方で「食器共有を避けることは無駄ではない」という歯科医師もいます。日本歯科大学附属病院臨床教授でテクノポートデンタルクリニック(東京都大田区)院長の倉治ななえさんです。

ミュータンス菌が特別多い人もいます

 ―学会の意見書について見解をお願いします。 

 40年超、開業医をしてきて大事だと思うのは、新しい学説に出合ったら、半分信じて半分疑うことです。

 幼いお子さんのいる方は、ご自身の歯をよく観察し、かかりつけ歯科医の評価を受けて、虫歯リスクのレベルを考えてみてください。

「食器共有NGを徹底してきたことは後悔しないで」と話す倉治さん

 ミュータンス菌は、他の常在菌よりも、酸を出す威力が強いです。2000年に当院で母親を検査したところ、149人のうち2割の方が非常に多くのミュータンス菌を持っていました。

 虫歯リスクの高い方は、食器共有は避けた方がいいでしょう

1~2歳の「感染の窓」に気を付けて

 幼くしてミュータンス菌に感染した子どもほど、虫歯になりやすいことが分かっています。ミュータンス菌は、唾液を介して感染するため、フィンランドはじめ諸外国では、乳幼児期の親子のスプーン共有を避けるよう指導しています。

 赤ちゃんの歯は、無菌状態で生えてきます。虫歯になりやすい奥歯が生えて歯列が完成する1歳7カ月~2歳7カ月の期間が、ミュータンス菌の「感染の窓」と呼ばれ、ミュータンス菌の多い母親から子どもにうつる可能性が高いと考えられています。

 この期間にスプーンなどの食器共有に気を付けることで、菌の定着を防げる可能性が高まります。定着年齢を遅らせるほど、虫歯リスクは下がります。

あなたのミュータンス菌レベルは?

―自分のミュータンス菌レベルはどうすれば分かりますか。

 専用の培養器がある歯科であれば自費で検査できますが、自分でも分かります。1日3回歯を磨くのに、健診に行くと新しい虫歯ができている人はリスクが高いですね。

 あとは、数百円の歯垢の染色液を使うこともできます。1回染めて、赤く染まった部分を丁寧に磨いて、うがいをします。もう一度染めて再び色がついたら、ミュータンス菌を含む歯垢の可能性が高いです。

 常在菌と比べ、非常に強いネバネバしたのりのような物質でくっつくので、通常の歯磨きでは簡単に落とせないのです。

 PMTC( Professional Mechanical Tooth Cleaning )という歯科クリーニングを受けてほしいです。

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食器共有NGを徹底するのは、けっこう大変

タブレットやガムも虫歯予防に活用

―食器共有NGを徹底しようとすると、家庭や親族間でギスギスします。

 子どもは、自分のスプーンで親に「食べて」と言ってくることもありますしね。よく「祖父母が口移しであげてたんです」という駆け込みの相談も受けますが、そういう場合は歯科が取り扱うキシリトール100%のタブレットやガムの活用をおすすめしています。小さい子ならタブレットを砕いて食べさせる。

 子どもにミュータンス菌がうつったとしても、定着するまでの間に、ミュータンス菌を減らしたり、酸を中和してくれる作用があります。家庭でストレスのない範囲で虫歯予防に取り組んでほしいです。

―3歳の娘はうがいを嫌がるのでジェルタイプを使っていたら、研磨剤入りの歯磨き粉が嫌いになってしまいました。

 うちの娘も同じでした。フッ素濃度が1000ppmならジェルでも効果はありますが、歯垢を落とす力は弱いので、物心つく前の1歳くらいで歯磨き粉に移行しておくとよかったですね。うがいができない場合は、適切な量を使用し、歯磨き後はガーゼなどで拭き取ります。

 ジェルに歯磨き粉をほんの少し混ぜるなど、工夫してみてください。フッ素を口内にとどめるため、歯磨き粉は吐き出すだけですすがないのが世界の潮流ですが、うがいをするなら1回で十分かと思います。

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