大田区の3歳女児放置死 「もし自分の園だったら…」保育士たちが”気づき”を模索、独自の報告書  保育園は虐待予防のとりで

木原育子 (2021年8月10日付 東京新聞朝刊)

大田区女児衰弱死事件で報告書をまとめた保育士の由井さん(左)と仁木さん=東京都千代田区で

 昨年6月、東京都大田区のアパートで3歳女児が衰弱死した事件で、保育士でつくるグループが報告書をまとめた。事件の原因追及ではなく、「もし、自分の保育園で起きたら」との保育士目線を大切にした。ページをめくると、保育士たちの苦悩が伝わってくる。 

事件の1年3カ月前に退園 健診にも来ず

 報告書を作成したのは、「保育と虐待対応事例研究会」。元保育園長で、会の中心メンバーの由井和子さん(66)と仁木やす子さん(74)は「いつ、どの保育園でも起こり得る事件。もし自身の保育園で起きたら保育士として要支援家庭と認識できたか、想像しながら議論を進めた」と話す。

 事件はJR蒲田駅近くのアパートで起きた。20代の母親が1人で女児を育てていたが、事件前の8日間家に帰らず、帰宅すると女児は亡くなっていた。母親は保護責任者遺棄致死容疑で逮捕、起訴された。事件の1年3カ月前に保育園を退所し、半年前の3歳児健診にも姿を見せず、支援が必要な家庭に公的機関がどう関わるか、課題になっていた。

死亡した女児が母親と暮らしていたアパート=東京都大田区で(2020年7月)

保護者の表情の変化 保育士は気づける

 報告書では、保育士はどのような「気づき」ができるかを主眼にした。入園面接で見せてもらう母子手帳や入園書類の内容の違和感、子どもが過剰に甘えたりしなかったかなどの意見を列挙。「ハイリスク家庭の子どもが退所した後の支援をどうするのか、どこに引き継ぐのかを考えなければならない」と記した。

 母親自身も小学生の時、虐待を受け、児童養護施設で育った。事件前、母親がSNSで頻繁に子どもの話題を発信していたことから「どうにか子育てをしていこうとしていた」と頑張りを認める一方、「子どもが育っていくためには安全で安心できる生活環境が必要であることが、本当にわからなかったのではないか」と思いやった。

 由井さんと仁木さんは「保育園は、保護者にとっても未熟さが温かく受け止めてもらえる場。子育てに行き詰まってしまう保護者たちの表情の変化に気づけるのも保育士だ」と話す。だが、行政の動きは鈍い。

区の検証は区幹部のみ 喉元過ぎれば…

 大田区は事件から3カ月後、検証報告書を作成。外部有識者の意見は付けたものの、検討委員は区幹部の「身内」のみ。保育園の課題としては「認証保育所の管轄は東京都」とするだけだった。

 東京経営短期大の小木曽宏教授(児童福祉)は「大田区の報告書は対外的にまとめたにすぎず、喉元過ぎれば熱さを忘れるという姿勢で、教訓を生かそうとする責任感は残念ながら感じられない。関係機関が連携しなければ、命を守る情報が『線』にならずに『点』でとどまり、隙間に落ちてしまう。再発防止の鍵は情報の集約と連携にある」と指摘する。

児相通告だけでなく、予防的な関わりを

 厚生労働省によると、2019年度に児童相談所に寄せられた虐待相談件数は19万3780件で年々増えているが、警察や近隣住民からが多く、保育園からは1600件余しかない。

 虐待問題の取材を続けるルポライターの杉山春さんは「児相への通告ももちろん大切。だが、親子を引き離そうとするのではなく、保育士は子ども家庭支援センターにつなげたり、予防的な関わりを大事にしている。保育士が果たす役割はとても大きい」と語る。

 「保育と虐待対応事例研究会」は2001年に保育士有志で発足させ、40人の会員が日ごろ現場で感じた悩みを持ち寄り、20年間で180件を超える事例を検討してきた。今回の報告書も昨年8月から半年以上かけて話し合い、7月に大田区に提出した。由井さんと仁木さんは「保育園は日中に子どもをただ預かる施設ではなく、子どもや保護者のそばにいる存在。虐待予防のとりでだとの思いを共有したい」と話す。

コメント

  • 子供は親を選べない、虐待された親は育て方に悩む、子育てには正解はないし、その問題を手助け出来るのは、子供の成長に関わる、保健師、保育士、医師等さまざまいる中で連携し子供だけではなく、親としての指導をし
     
  • 公認心理師・臨床発達心理士(匿名)  保育所・幼稚園・子ども園・小学校の心理士として巡回相談を行っている中で、保育者や教師(以下、保育者)と「虐待事例ではないか」と思いを共有することは珍しくあり