保育士を「配置基準の2倍」にしたら…保育の質も働き方も、こんなに改善した 人件費を確保する工夫とは

( 2024年1月10日付 東京新聞朝刊)
 トントン、トントン…。小さな手が、トンカチで板にくぎを打つ音が聞こえてきた。東京都杉並区の認可保育所「Picoナーサリ和田堀公園」。5歳児の保育室では昨年12月、園児11人と保育士3人がクリスマスの飾り作りをしていた。
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配置基準より多い保育士が見守る中、工作を楽しむ園児たち

5歳児23人に担任保育士2人+フリー

 「みて、みて。できた!」。初めてくぎを打った子が声を上げ、そばの保育士が笑顔で応える。「保育士が多く、くぎを使うような活動もできるんです」と、運営する社会福祉法人「風の森」統括の野上美希さん(46)はそう話す。

 この5歳児クラスは全23人で、ほかの子どもは園庭で遊び、保育士2人が見守っていた。23人の園児に対し、担任の保育士を2人置き、活動中はフリーの保育士が手伝いに入る。

「休憩なし、残業は当然」の現実を見て

 国の配置の最低基準では、保育士1人で5歳児30人を受け持てる。76年ぶりの改定で2024年度から受け持ち人数は最大25人に減る。それでも、トイレへの付き添いや見守りを考えると、保育士1人の負担が大きい。風の森の配置は国基準の2倍にもなり手厚い。

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保育現場について話す社会福祉法人「風の森」で統括を務める野上美希さん

 野上さんが保育の現場に飛び込んだのは10年ほど前で、幼稚園経営に携わる夫との結婚、出産がきっかけ。目の当たりにしたのは、厳しい職場環境だった。「休憩を取らない、残業は当たり前、有給休暇が取れなくても仕方ない…。子ども好きで熱心な人が多いのに、育児で辞めてしまう。保育士を続けられる仕事にしなければ」と思った。

 2013年に法人を設立し翌年から杉並区内で認可保育所を運営する。現在、認可保育所は6園。働き方改革を進め、保育の質の向上につなげた。

SNSで求人→浮いた経費は人件費に

 改善の鍵は「現場の観察と工夫」という。開園2年目、職員を1.5倍に増やすと「誰かがやってくれる」と、逆にお見合い状態に。「週休2日、60分の休憩、残業なし」と目的を明確にして人を置いた。研修や職員間のやりとりが減った時は、職員をさらに増やして学ぶ機会と情報共有の時間を設けた。「保育士がどう働き、豊かな保育につなげるか」を考えた。

 ネックは保育所運営費だ。基本は園児数などを元に決まるから、保育士を増員すれば、1人当たりの給料は減りかねない。そこで、都や区の補助金を最大限活用。年間数千万円を求人に使う大手事業者もいる中、SNSで広報し、2023年の中途採用倍率は14倍に。浮いた採用経費も人件費に還元する。

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配置基準より多い保育士が見守る中、工作を楽しむ園児たち

他園から移り実感 子どもに向き合える

 「目の前の子ども一人一人の成長発達に何が必要かを考える余裕ができた」。他園から移ってきた保育士(45)は実感する。

 東京都の実態調査(2022年度)によれば、退職を考える理由の上位は「給料が安い」「仕事量が多い」「労働時間が長い」。そんな現状を変えたい。運営する社会福祉法人「風の森」のウェブサイトにはこう掲げている。「保育士は一番幸せな仕事です」。

保育士の配置基準

 保育士1人で受け持てる園児数で、1948年に国が定めた。1998年に0歳児「6人」を「3人」に改善してから改定がなかったが、政府は2024年度から3歳児「20人」を「15人」に、4、5歳児は「30人」を「25人」に改定する方針。1、2歳児は6人で、政府は1歳児も25年度以降の改善を検討している。保育所に支給される人件費にこの基準が反映される。

元記事:東京新聞 TOKYO Web 2024年1月10日

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  • 匿名 says:

    もうすぐ定年を迎えます。有休消化を申し出ましたが、今、人がいないとのことで、無理と言われました。人手が足りてないことで、本来要求できる休みを諦めないといけないなんて、納得できません。

     女性 60代
  • もも says:

    今後の日本としてどのような人材が必要なのか、言われてできる人間ももちろん必要ですが、自分で考えて行動できる人材が必要なのではないでしょうか。

    必要な人材を幼児期から育てるとなるとどのような物的環境、人的環境なのか見えてきて、自ずと人員配置もわかるのではと思っています。

    人が増えるとサボる。それはその保育士の責任感の無さであって、その園の人材育成不足です。

    増えても一人一人の意識が、責任感があれば保育の質が悪くなるとは思っていません。

    改訂によって少しでも、それぞれの園の様々な問題が改善することを願うばかりです。

    人が増えたからといって、やるべきことが増えるべきではないとおもいます。

    もも その他 30代
  • かおかお says:

    公立保育園に勤めてますが、このような取組とてもうらやましいです。

    時短がいても、その人がいない時間に人はおらず早朝延長もギリギリ、もちろん園長主任も入っています。
    保育士増加を要望しても、市長が公約等で保育士増加とか人数増やすとか言わないと増えないだとか?

    保育園を統括してる課は、現状の中で行うしかないと言い、されど若い職員をやめさせないようにと言われ…
    現場としては、倍でなくていいので、国から人数基準を変えてほしい‼️

    かおかお 女性 50代
  • 優菜ママ says:

    是非、休憩の取り方を教えてほしいです。本当に何だかんだ処遇改善なども職員の人数が増えると減ってしまうのも疑問で…。

    私も素晴らしい仕事!と思いますがゆとりがないせいで女性同士ギクシャクしてるのもストレスで。仕事、プライベートをしっかり分けて保育に向き合える環境が理想。

    是非ともこの園の取り組みを研究発表でしてほしいです。不適切保育?専門性を問われる前に働き方改革!!是非お願いいたします

    優菜ママ 女性 40代
  • パト says:

    公立園でパート保育士をしています。

    うちの園ではパートが雑業務を全てするし、保育の補助もしています。正職はパートの先生のおかげで順に事務仕事が出来たりしていますが、パートは自分たちより下にみているのが現状です。

    保育士の待遇や給料ばかりが話題になる中、さらに少ない時給で過酷な業務をしているパート保育士のことも話題にあげて欲しいです。

    パト 女性 50代
  • 保育士から保育園を作った男 says:

    今のままでいい!配置基準が増えればいいけど、増えたとて同じ、保育の質は変わらない。余計保育士はサボるし、このまま仕事を減らしたり、分散したら、給与(税金)泥棒になる。

    と、保育士確保が難しいのに経営側はしんどすぎです。

    保育士全て同じ給与がいい、どうせ税金やし、大きい自治体の公立と私立の金額の差が激しいし、小規模から始めた企業はプール金が少ない、赤字からスタートしてペイが難しい。辞めるとこも多いだからこそ、違法なことをする所がでてくる。

    と、現場は大変とはあまり感じたことはない、ギリギリで管理する人が本当に大変。保育士配置よりも他にやることあると一個人の意見です。

    保育士から保育園を作った男 男性 40代
  • 匿名 says:

    学童保育に長く勤め、保育園に昨年度から務めています。

    学童保育でも、上司の考え方によってパートさんを全く付けられなかったり、逆にたくさん付けてもらえたりしていました。人員配置が多いと、子どもたち一人ひとりが目的を持って学童に集い、それぞれのやりたいことに保育者も付き合えるためトラブルが減りました。

    昨年、保育園に勤めだしてとても驚きました。怒鳴る、脅す、馬鹿にする…これが保育園の普通なのか?と。

    保育園では、今の配置の現状では「保育」することが困難だなと感じます。命を守ることに精一杯です。そのため、命を守るために大声をあげて強く叱責したり、脅したりということになってくるのだと思います。

    また、今の配置基準では連絡帳を書く時間や日々の計画書の作成に追われ、休憩は取れません。

    この園の配置基準は、とても素晴らしいです。国の基準が、もっと的確なものになり、それぞれの園の方針も、保育者が働きやすい環境になるといいなと思います。

     女性 20代
  • 経営を学ばない経営者は犯罪者 says:

    みなさん「うらやましい」と反応しますが、そもそも「労働基準法」ってご存じでしょうか?

    この業界はあまりにも不当な労働を強いられている方が多すぎます。その原因の多くは「経営者が経営を知らない」ことにあります。特に保育士さんは優しいです。だから子供達のためを思って退職できないのもわかります。

    でも、「あなたが不幸になることで子供たちが幸福になることを誰かが望むのか?」と考えてください。

    たった時給の100円や、月給の1万円で、職場を選ばないでください。いいことしか言わない紹介業者の口車に乗らないでください。経営者からの情報発信を見てください。そこにあなたのやりたい保育はありますか?

    経営を学ばない経営者は犯罪者 男性 40代
  • みっつん says:

    とても良い取り組みでうらやましいです。

    公立保育園でパートをしてます。
    本来の職員の配置人数に1人プラス、グレーゾーンの子どもがいる場合はもう1人をプラスするだけでも随分環境が改善されると思います。(グレーゾーンの子が多くいる場合はもう少し多い方が良いと思いますが…)

    クラスが落ち着いている場合は、正職員、臨時の先生は書類などの書き物などをする為に抜けることも出来ます!
    今の現状、職員会議が有る時などは、休憩がまわらず正職員、臨時の先生達は30分休憩…とかザラに有ります!!

    給料も安い…。パートの場合、交通費と駐車場代も込みで時給1100円足らずですし…。保育士の環境をもっと良い世の中にしてください!

    みっつん 女性 50代
  • たこ says:

    私が勤務する園では、書類上、余裕のある配置人数になっており、園長もそれを外部の人に自慢気に話しています。実際は、研修だの休日だので、まともに保育士が配置される事はありません。

    保育の最先端を行く園というのをウリにしたいのか、数少ない正職員に1週間ほどの研修(遊びを含む)に行かせるので、残された職員は、てんやわんやで、分刻みのスケジュールと皮肉りながら仕事をこなしています。

    研修には、園長の奥様(副園長)も同行するので、研修に行く職員も奥様の荷物持ちや、買い物食事に付き合わされ、ゲッソリしています。

    たこ 女性 40代
  • 匿名 says:

    素晴らしい取り組みだと思います。働く保育者の事を考えてくれている事に驚きました。

    「子ども達の為」と言って、休憩もなく残業は当たり前、遅くまで残業しても持ち帰りもあり、それでも給与は上がらない、それが当たり前だと言う幼稚園に、現場の保育者達は疲れ果てています。

    私の園は、家族経営の為園長、副園長、事務全てが家族、職員の半分家族で、理不尽さが蔓延しています。そして意見も言えない。自分たちが大切にされているという感覚も持てずにいます。

    きちんと保育者の事を考え、その事で子どもたちの保育の質や安全が守られる現場のお話を拝読して、そのような現場がある事を知り、嬉しく思いました。

    働く現場の改善は、上の者が真剣に動かないとなかなか変える事は出来ません。総括の先生が取り組まれ改善され、その事が保育者にも子どもたちにも喜びとなるのだと感じました。

     女性 50代

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