お笑い芸人 よしこさん バスガイドへの夢を捨てて「芸人になる」…両親は戸惑って

(2021年3月28日付 東京新聞朝刊)
子育て世代がつながる

家族のこと話そう

写真 よしこさん

(桜井泰撮影)

「よっちゃんち、ケモノ臭いね」

 4人きょうだいの末っ子で、実家では甘やかされて育ちました。幼い頃から極度の恥ずかしがり屋。いつも自分が見られている気がして、写真を撮られるのも、親戚の集まりの場に行くのも恥ずかしくて、お母さんの後ろにずっと隠れているような子でした。

 お母さんが動物好きで、ヤギ、犬、猫、鳥、モグラとか、いっぱい飼っていました。カイコを廊下で放し飼いにして、繭でうちわを作ったり、ホタルを繁殖させて自然に放したり。友達が家に来ると「よっちゃんち、ケモノ臭いね」と言われて。命というものに、たくさん触れ合わせてもらえる家でした。

 女の子って、虫とか苦手だっていうじゃないですか。でも、私は全然平気。テレビの企画でオーストラリアに行った時、先住民のアボリジニの方と一緒になって、中指ぐらいの太さの芋虫を食べたんですが、意外とおいしくて、肌がぷるぷるに。お母さんのおかげだと思っています。

「美人」と呼んでくれた優しい父

 お父さんはお水関係の仕事をしていました。こう言うと「ホスト?」と聞かれますが、愛知用水の管理とかに携わる仕事。優しい人で、私のことをいつも「美人」と呼んでくれました。

 2つ上のお兄ちゃんはお笑いが好きで、同級生から「おやじ」と呼ばれるいじられキャラ。私も「おやじの妹」と言われて恥ずかしかったんですが、お兄ちゃんの影響で、私も一緒にバラエティー番組とかを見るようになりました。

 小学生の時に明石家さんまさんをテレビで見て、「こんな性格の人になりたい」と思ったのが、芸人にあこがれたきっかけ。でも、なれるとは思ってなかったので、高校を卒業したら、はとバスのバスガイドになろうと考えていました。しゃべる仕事をやりたかったし、東京に行くのがあこがれでした。

「はとバスガイド」やめた理由は…

 高校3年の就職活動の時、はとバスの求人の条件を見ると「3人1部屋の寮生活」と書いてありました。誰かと一緒に住むのは、私には無理だと思って。両親もすごく応援してくれていたし、中学からの夢だったけど、やめちゃったんです。それで老人ホームで働いて、唐突に芸人になる、と言って。両親は振り回されて、戸惑っていました。でも、だめとは言わず、やりたいことをやらせてくれました。

 今も、たまに恥ずかしがり屋の自分が出るんですよ。バラエティーとかで、前に出るのを躊躇(ちゅうちょ)しちゃったりとか。そこを直したいと思って頑張っています。両親は私の性格を知っているので、芸人に向いているとは思っていないみたいですが、「何かあったら帰ってきていいよ」と言いながら応援してくれています。

よしこ

1990年、愛知県豊田市生まれ。21歳まで同県で過ごし、吉本総合芸能学院(NSC)大阪校に35期生として入学。2012年、相方のまひるさんとお笑いコンビ「ガンバレルーヤ」を結成。日本テレビ系「世界の果てまでイッテQ!」、CBCテレビ「花咲かタイムズ」などに出演中。

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