空襲受けた軍需工場のジオラマ 武蔵野市の小学生が制作 跡地は遊び場に「どんな建物だったか知りたくて」

花井勝規 (2021年10月13日付 東京新聞朝刊)
子育て世代がつながる
 戦時中、現在の東京都武蔵野市にあり、米軍爆撃機B29による東京空襲の最初の標的にされた「中島飛行機武蔵製作所」のジオラマ(縮尺模型)が、同市境の市立武蔵野ふるさと歴史館で展示されている。10月17日まで。
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中島飛行機武蔵製作所のジオラマを作った鈴木杏香さん=武蔵野市提供

自由研究、エピソード調べて彩色 

 ジオラマは縦35センチ、横57センチ、高さ7センチ。武蔵野市立千川小6年の鈴木杏香(あこ)さんが夏休みの自由研究で作成した。

 製作所跡地にある武蔵野中央公園を遊び場にしており「どんな建物が立っていたのか、模型を作れば深く知ることができる」と考えた。爆撃で目立たないよう製作所の屋根をコールタールで塗りつぶしたというエピソードを調べ、屋根の色を抑えた色にした。学徒動員されていた女子学生が空襲で犠牲になったことを知り、心を痛めた。

市立歴史館で10月17日まで展示

 中島飛行機武蔵製作所は零式艦上戦闘機(ゼロ戦)のエンジンなどを生産していた大規模軍需工場。工場への空襲は1944(昭和19)年11月から計9回に及んだ。学徒動員の約20人を含む工場関係者約220人が死亡、近隣住民数百人も犠牲になった。

 武蔵野ふるさと歴史館公文書専門員の高野弘之さんは「戦争体験者の高齢化が進むなか、戦争の記憶と記録の継承の一つの成果としてご紹介した」と話している。問い合わせは武蔵野ふるさと歴史館=電話0422(53)1811=で受け付けている。

元記事:東京新聞 TOKYO Web 2021年10月13日

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