〈古泉智浩 里親映画の世界〉vol.17 「この世界の(さらにいくつもの)片隅に」戦災孤児の丁寧な描写に涙が止まらない

子育て世代がつながる

古泉智浩「里親映画の世界」

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vol.17 『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』(2019年/日本/6歳くらいの女の子/戦災孤児)

採点表

 2016年公開の『この世界の片隅に』は双葉社の「漫画アクション」で連載されたこうの史代さんの同名漫画が映画化されたものです。映画はその年のキネマ旬報が選ぶベスト・テンで日本映画の第1位を獲得しましたが、原作漫画も大傑作です。

 実は原作の連載当時、僕も『ワイルド・ナイツ』という漫画を連載していて、こうのさんはいわば戦友のような存在でした。一方はこのように同じタイトルで何度も映画になったり、ドラマになったりして、もう一方は今や漫画雑誌での仕事が何年もなく廃業寸前の立場にあえいでいる…。しかし、この素晴らしい作品に触れるとそんな愚痴を言うのもおこがましくなるくらい。圧倒的な大傑作です。

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 広島という日本でも無類の戦禍にさらされた地にルーツがあるこうのさん。僕がその立場であったとして、このような傑作をものにできたかと言えば、絶対に無理です。常に楽な方、楽な方、高いところから低いところに流れ続ける水、ひたすら面倒なことには背中を向け続ける…それが僕なので…。

 物語は戦前から始まって戦中、戦後に至るわけですが、その当時の服装や景色、家、家具などなど細部に至るまでの時代考証が徹底していて、かつ魅力的に描かれています。僕も祖父を主人公にした漫画を描こうかと常々考えているのですが、時代考証が面倒くさくて企画が頓挫しています。そんなこんなで、『この世界の片隅に』をたたえる言葉は尽きません。

 今回里親映画として取り上げるのは、『この世界の片隅に』のエクステンデッドバージョンで、昨年12月公開の『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』です。

 前作に40分の新作場面が追加されています。168分ととても長いです。最初のバージョンも僕は2回見ているので、正直なところ見なくてもいいかなと思っていましたが、見てみて大正解、素晴らしかったです。もし、前のバージョンでよしとしている人がいたら、そんなこと思わずに見に行ってほしいと強く願います。

 ここから先は、映画の内容に踏み込んでいきますので、ネタバレは嫌だという人は絶対に読まないでください。ぜひ今すぐ映画館に行って見て、それから読んでくださいね。

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 話の流れ自体は最初のバージョンと変わりません。絵を描くことが大好きな主人公の女性、すずさんが呉市に嫁ぎ、ぼんやりしておっちょこちょいな性格だけれど嫁ぎ先に馴染んでいきます。そのうちに戦争が激しくなり、すずさんと姪の晴美がアメリカ軍の時限爆弾を被弾。晴美は亡くなり、すずさんも右手を失ってしまいます。その後も戦争は続き、広島市に原爆が落とされます。お父さんは亡くなり、妹も被爆して苦しみます。戦争の時代の広島で、市井の人々のつつましくもたくましい生活が描かれる作品です。

 今回のエクステンデッドバージョンでは何が違うのでしょうか。すずさんが、広島に出かけた際に遊郭に迷い込んで、遊女のリンさんと出会う場面は最初のバージョンにもありました。実はそのリンさんが、すずさんの夫が結婚前に夢中になって、水揚げしようとしていたことや、すずさんが子どもの時におばあちゃんの家にいた座敷童であったというような因縁が丁寧に描かれています。僕は、すずさんとリンさんの因縁をそこまで描くのは物語としてちょっとやりすぎ、出来すぎな感じもして、最初のバージョンのちょっとにおわせるくらいがちょうどいいように思いました。 

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 最大の見どころは、最初のバージョンでエンドロールの背景として描かれていた物語が場面としてじっくり描かれている点です。アメリカ軍による時限爆弾で、すずさんは姪の晴美を死なせてしまいます。すずさんが死なせたわけではないのですが、右手じゃなくて左手で手をつないでいれば、などと強く悔恨し、晴美の母径子にも「あんたのせいだ」と責められます。すずさん自身も右手を失い、主婦として家事をすることもままならず、絵を描くことが大好きだった者としても大きな喪失です。そうして家全体が暗く沈んでしまいます。

 原爆投下からしばらくして、すずさんと旦那さんが広島を訪ねます。爆風を受けた側にガラスが刺さったまま、子どもを連れて歩いていた女の人が歩けなくなり地面に座ってそのまま亡くなり、子どもはお母さんが亡くなってからもその遺体にすがりついていました。すずさんと旦那さんが休憩しておにぎりを食べていると落として転がり、その子が拾いました。原爆が落ちてから一度もお風呂に入っていないであろう汚い子どもです。当時は、そんな子どもがそこいらじゅうにいたのでしょう。一人ひとり構っていたらきりがありません。

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 しかし、すずさんと旦那さんはその子を見捨てておけなくなり、呉に連れて帰ります。ちょうど年格好が亡くなった晴美と同じくらいの女の子でした。呉ではお風呂に入れてあげて、晴美の母の径子がタンスから晴美の服を引っ張り出します。すずさんと旦那さんの間には子どもができず、すずさんがいたたまれない雰囲気だった場面もありました。

 その子が家に来てくれたことで、家が久しぶりに明るくなる様子が描かれていて、前作でもエンドロールのその場面が一番泣けたのに、さらに丁寧な場面で描かれたことで涙が止まりませんでした。その子が家に来た直後までしか描かれていないのが残念ですが、すずさんも旦那さんも、径子もみんなみんなその子の存在で救われることが想像されます。ただ、すずさんと径子の間でその子の取り合いにならないか、それだけが心配です。

 さて、里親映画としての採点ですが、引き取った直後までしか描かれていないため、愛着度は不明なので5。きっと愛着が育まれ、いい子に育ち、すずさんも旦那さんもいいお父さんお母さんになるものと想像しているのですが。育児度もほぼ描かれていないので5、里親映画度は本当にエンディングだけなので3、家族が明るくなっている様子が素晴らしいので勇気度は8としました。

 

 ◇『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』公式サイトはこちら

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 ⓒ2019こうの史代・双葉社 / 「この世界の片隅に」製作委員会

古泉智浩(こいずみ・ともひろ)

 1969年、新潟県生まれ。93年にヤングマガジンちばてつや賞大賞を受賞してデビュー。代表作に『ジンバルロック』『死んだ目をした少年』『チェリーボーイズ』など。不妊治療を経て里親になるまでの経緯を書いたエッセイ『うちの子になりなよ ある漫画家の里親入門』や続編のコミックエッセイ『うちの子になりなよ 里子を特別養子縁組しました』で、里子との日々を描いて話題を呼んだ。現在、漫画配信サイト「Vコミ」にて『漫画 うちの子になりなよ』連載中。

〈古泉智浩 里親映画の世界〉イントロダクション―僕の背中を押してくれた「里親映画」とは?

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