DV被害を軽視する危うい共同親権 面会交流を支援してきた弁護士・岡村晴美さんの「反省」とは

(2024年8月5日付 東京新聞朝刊)

弁護士の岡村晴美さん(潟沼義樹撮影)

 離婚後も父母の双方が親権を持つ共同親権を導入する改正民法が成立し、2026年までに施行される。弁護士の岡村晴美さん(51)は、法改正は子どものためにならず、ドメスティックバイオレンス(DV)にさらされてきた女性や子どもたちを困難に追いやると、懸念を発信してきた。「本当に弱い人の声は、耳をすますだけでは聞こえてこない」。実務家として声を上げ続ける思いを聞いた。

DVは離婚や別居では終わらない

-離婚後共同親権制度が導入されます。

 制度が始まれば、離婚しても両親の合意がないと子どものことを決定できず、同居親が単独で決めたことに、相手から損害賠償を請求されることもあり得ます。私が一貫して反対してきたのは、DVや虐待などで結婚生活に疲れ果て、追い詰められた人が、離婚後もものを言えない、我慢する、そもそも離婚自体を諦める、といったように被害から逃れられなくなることを懸念しているからです。

 離婚や別居でDVが終わらないという状況は既に起きています。裁判で離婚が認められても延々と司法手続きを繰り返したり、弁護士への懲戒請求をしたり。私も経験してきて、被害はとても深刻です。共同親権制度は加害性の強い人たちに力を与えることになり、影響は甚大だと言い続けてきましたが、家族法は変えられてしまいました。

-法制審議会(法制審)を中心とした議論をどう見ていましたか。

 離婚後も父母がともに子どもに関われるのはいいこと、法制化でその機運の高まりが期待できる、というフワッとした利点が語られていました。でも、現行制度でも離婚後の父母が協力して子育てすることはまったく制限されていません。

 私自身、DVがあった離婚事件でも、最低限の信頼関係をなんとか取り戻し、別居親と子の面会交流を支援してきました。離婚時には親権をどちらかに決めた上で、別居親との関係を考えていく制度には一定の合理性があったと思います。

尊厳を奪う「支配」がDVの本質

ーDVやモラハラを受けた女性の依頼を多く受けてきました。

 私の取り扱い分野はDV事件が8割で、性虐待やストーカー事件も多い。依頼者の多くは感情がぐちゃぐちゃになりながらも、目の前の子どもを日々、育てていかなくてはと必死で生活し、それでももうダメだ、家を出ようとなった人たちです。DVは家庭内での権力格差を背景とした「支配」です。言葉は広く知られていても、その本質が人の尊厳を奪う「支配」だということについて、社会や司法の理解は遅れています。

 安心できる場所であるはずの家庭で家族に殴られ、あざができるなんて、みじめでならないことです。痛い、怖いだけなら他人に殴られるのと同じですが、それが家族内で起きることがどれだけ人格や人権を損なわせるか。「誰のおかげで生活できてると思ってるんだ」「バカなの?」「デブ」などと日常的に言われることも軽いDVではない。継続的な人間関係による傷は精神症状となって出てきます。

ーどんな思いで、このテーマに取り組んでいるのですか。

 もともとはいじめやパワハラ事件を手がけていました。原点には、自分が小学校で受けたいじめの体験があります。机を蹴り飛ばされるといったひどいことがありましたが、一番こたえたのはクラスの誰もそのことを気に留めなかったことでした。

 裁判では、暴力や暴言などの行為が認定されますが、本当は「空気」みたいなものだとみんな知っていますよね。無視する、嘲笑する、みじめな気持ちにさせる、無能と思わせる…。学校や職場で、なんで自分はここにいるんだろうって悲しく、いたたまれなくなり、自殺したくなるくらい追い詰められる。DVも同じ。真面目に子育てしてきた人たちの安心安全を守りたいのです。

「黙るしかなくなる」ことが怖い

ー共同親権制度で具体的にどんなことを懸念しているのですか。

 被害者は恐怖や自責感が強い。例えば、子どもの宿泊学習への参加を別居親が認めないとき、単独で決定できる「急迫の事情」だから母親の許可だけで行かせればと助言されても「後でどれだけ責められるか」という恐怖に襲われます。そんな母親の様子を見て「行かなくていい」と我慢する子も少なくないでしょう。

 父母間のコミュニケーションを取る組織を国がつくるわけでもなく、当事者に丸投げ。その先は「あきらめ」です。本意でなくても合意させられる例もあるでしょう。共同親権が導入されたけど、特にもめていません、紛争も起きていません、となるのが一番怖い。それは弱い立場の方が、黙るしかなくなっただけです。

面会交流をしてきた子の涙を見て

ー父母の意見が対立したら、家庭裁判所が共同か単独かを決めることとなります。

 私には反省があります。最近まで家裁が背景事情にかかわらず別居親との面会交流を積極的に進めてきたため、私も子どもが嫌がっていても、何が嫌なのか、どんなふうだったら会えるかを聞きとり、面会を軌道に乗せるようにしていました。「岡村先生がいるなら」と言う子の交流には同席し、自分は子どもの気持ちをくんでいると思っていました。

 でも、何年かして「もう会いたくない」という子たちが出てきました。理由を尋ねると、ある子は「先生が頑張ろうと言うから我慢してきたけど、もう頑張れない」と涙を流しました。その涙を見て、私のしてきたことは加害ではないかと。その子は「面会中、父に体をベタベタ触られたりするのが生理的に嫌だった」と伝えてくれました。

 弁護士の私が、子どもやDVで傷ついてきた依頼者を説得するのはたやすいことで、自分は説得しやすい人を説得してきたと気づかされました。DVなどがあった場合は単独親権とすることになっていますが、家裁の体制も不十分で、弱い側の声が封じられたり、不適切な事例が紛れ込む危険はないか。将来にわたる人間関係の「共同」や「交流」を家裁が命じるときは、子どもの安全を第一にした慎重さが求められます。

ーSNSでの発信が、聞こえにくかった声を束ねていきました。

 2020年10月に旧ツイッターで共同親権導入の危険性を発信し始めましたが、当初そんなに影響力を持つとは思っていませんでした。ただ、顔や名前を出して訴えることが難しい人などから「励まされている」といった声が届くようになり、意味があるのかもと思えるようになりました。

 法改正の国会審議が始まってからはSNSを通じてうねりが広がり、審議中止を求めるネット署名は24万人にまでなりました。国会前での訴えにも数百人が集まりました。それらが国会議員を後押しし、質疑などを通して問題点は随分、明るみに出たと思います。

 声を上げることすらできなかった人たちが政治にコミットし、力となったことに勇気づけられました。今後は「家裁が親権者を決定する際、父母に合意がないことは単独と判定する大きな要素である」といった重要なポイントを広く知らせていくことが大切になります。個人の尊厳が守られる家族法を実現するため、弁護士としてできることはまだあると思っています。

インタビューを終えて

 岡村さんが関わるケースで、離婚後も元配偶者から繰り返し裁判を起こされたり、長文メールで言動を非難されたりしている女性がいるという。幼い子を育てながら「反論を書かなくては」と思い詰める暮らしは過酷だが、「これが『暴力』だとはなかなか理解してもらえない」。

 DVについて社会の理解は不十分で、証明のハードルも高い。岡村さんが共同親権制度に反対してきたのは、生きる力を家族に削り取られた人たちに関わってきた経験と、そこで直面する現実を踏まえてのことだ。見えにくい苦しみの中にいる人のことを認識し、学び、伝えなければと思う。

岡村晴美(おかむら・はるみ)

 1973年、名古屋市生まれ。名古屋大法学部を卒業後、2007年に弁護士登録。女性の権利擁護に関する事件を中心に取り組む。これまでに離婚事件約600件を受任。約1500件の相談も受けてきた。DV事件のほか、ストーカー、性被害事件、職場のセクハラ・パワハラや学校でのいじめの事件などが専門。愛知県弁護士会、弁護士法人名古屋南部法律事務所平針事務所所属。日本弁護士連合会両性の平等に関する委員会委員、愛知県弁護士会両性の平等に関する委員会委員長、愛知県弁護士会男女共同参画推進本部委員、愛知県男女共同参画相談委員。共編著に「面会交流と共同親権 当事者の声と海外の法制度」(明石書店)。

コメント

  • 共同親権の改正民法が成立した後、DVが原因で離婚した元夫が「法が変わったから、いつか子どもに会うから」と言ってきました。 母親の私が、そういった言動にフラッシュバックによって不安げにしていたり、
    みなこ 女性 30代 
  • 仰る通りだと思います。 共同親権になれば会えるというのは間違いです。そこを、勘違いしないで推進しないでいただきたいです。
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