作家 海猫沢めろんさん 母乳育児で産後うつになるくらいなら…父親がミルクをあげればいい

(2020年11月22日付 東京新聞朝刊)
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(佐藤哲紀撮影)

医者志望の妻 出会いはシェアハウス

 妻とは東京都内のシェアハウスで出会いました。僕は小説家としてデビュー後、家賃を節約するために2007年から住んでいました。東京芸大を卒業した彼女が住み始めたのは2年後ぐらいでした。

 当時、彼女は塾の講師をしながら、医学部を目指して浪人中でした。3歳からピアノ一筋でやってきて、芸大に入ったらある意味成功ですし、その道で生きていけばいいと思うのですが、本人は「違う、医者になりたい」とゼロからスタート。結局9年間、受験し続けたんですよ。

出産翌年のある日「抜け殻」になった

 途中、僕が趣味で数学を学び直そうと、彼女に教わったのがきっかけで仲良くなり、子どもができました。2011年5月に長男が生まれました。

 妻が出産したのは、たまたま母乳を推奨する病院でした。産後でしんどいのに、3時間おきに授乳させられるんです。日本は病院で生まれた瞬間から、「お母さんが育児をする」というフォーマットになっているんだなと感じましたね。母親に「私が母乳をあげなければ」と刷り込みが行われて、授乳を夫婦で分担できない。母親は寝かせてあげて、父親がミルクをやればいいじゃないですか。もっと楽にやればいいと思います。息子はミルクも飲んでいたこともあり、母乳育児で乳腺炎になって苦しんでいた妻は、「母乳じゃなくて全然いいのに」とずっと言っていました。


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 妻は出産の翌年、体調を崩しました。あまり弱音を吐かずにいた妻が、ある日、抜け殻みたいになって。産後うつでした。勉強もあるし、いったん赤ちゃんと離して休ませないと、と都内で別居して療養してもらいました。

夜泣きで徹夜 サラリーマンなら破綻

 そこからです、僕の持てる時間を全て、1歳前の息子の育児につぎ込まなければならなくなったのは。ミルクと夜泣きで徹夜になることも多く、常に睡眠不足でした。子どもがいると何もできないうちに1日が終わっていきます。サラリーマンだったら、確実に破綻していたと思います。

 まもなく妻は落ち着き、戻ってきて予備校に通う日々が再開しました。妻の浪人生活は、2016年に九州の国立大の医学部に合格するまで9年間続きました。ただ、僕には妻を支えたという意識はありません。ドライだと言われるかもしれませんが、経済面も子育ても、できる状態だった僕が担っただけです。

 妻は今、大学5年生。息子は小学3年生になりました。生活の拠点は九州ですが、僕は、ちょくちょく東京に滞在して仕事をしています。来年度末には3人で東京に戻る予定です。僕はそばに人がいると仕事ができない。隣同士の安い部屋を2つ借りるのもいいかな、と思っています。

海猫沢めろんさん著「パパいや、めろん」(講談社)

海猫沢(うみねこざわ)めろん

本名・中川裕之(なかがわ・ひろゆき)。1975年、大阪府生まれ。高校卒業後、デザイナーやホストなどを経て、2004年に小説家としてデビュー。クラウドファンディングを使って子育てに挑戦するカリスマホストを描いた「キッズファイヤー・ドットコム」(講談社)で第59回熊日文学賞を受賞。近著に子育てエッセー「パパいや、めろん」(同)。

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