夜泣きのつらさは改善できる 産後うつを経てコミュニティー「ねんねブーケ」を設立した三橋かなさん 「ひとりで我慢しないで」

長男が昼寝できず、成長に不安を感じていたという清水由衣さん。送られてきた手厚いアドバイスで改善できた
産後うつ
産後うつは、10~15人に1人が発症するとされる。女性の場合は出産後1~4カ月に発症しやすい。ご飯がのどを通らなかったり、眠りたいのに夜中に眠れなかったりといった症状が出ていれば、メンタルが不安定になっている可能性が高い。喜びの喪失などの症状も注意が必要。今年4~5月、生後4カ月の赤ちゃんを母親が殺害する事件が相次いだ。埼玉県戸田市の事件では、母親は逮捕後の調べに「産後うつがつらかった」と話していたという。
寝かしつけられない罪悪感
「寝かせてあげられなくてごめんね」。東京都江戸川区の会社員清水由衣さん(38)=仮名=は、長男が1歳を過ぎたころから、「眠そうなのに寝かせてあげられないことに自己嫌悪になっていた」。長男は寝ぐずりし、抱っこでゆらゆらしたり、ベビーカーで歩き回ったりしても、うまく昼寝できない日が増えた。やっと寝かしつけられても、インターホンの音ですぐに起きる。
子どもの睡眠に関する本を3冊読んで、月齢に合った寝かしつけ方法を試してみたが、正しく実践できているのか不安だった。昨年9月、インスタグラムで見て気になっていた「ねんねブーケ」の相談コミュニティー「るるるん。ねんねサロン」に入会。1日の子どもの生活スケジュールを提出すると、寝かしつけの方法などアドバイスを添えた理想の睡眠スケジュールを提案された。

ねんねサロンでは、理想のスケジュールに取り組みながら感じた疑問を1日1回、三橋さんら専門家に聞くことができる。同時に、「赤ちゃんが泣く理由」や「夜泣きチェックリスト」などの動画が見放題。睡眠関連だけでなく、離乳食の進め方やイヤイヤ期対策など子育て全般の学びを深めることができる。
アドバイスを実践し、ひと月ほどで昼寝時間は延びていった。清水さんは「私は『寝かしつけがうまくできなくてごめんね』って自分を責めてしまう方なので、一緒に考えてくれる専門家がいるという安心感があってよかった。他のママたちもみんな悩みながら頑張っていると知ることができたおかげで、前よりおおらかになれた気がします」と振り返る。
ねんねサロンのサービスの一部は、今年4月、名古屋市内で子育てする世帯が5万円相当のギフトやサービスが受けられる「ナゴヤわくわくプレゼント事業『BABY YELL!(ベビーエール)』」の一つに採択された。5月からは、東京都の10万円相当の「赤ちゃんファースト」のカタログギフトにも掲載されている。
夜通し眠れない日が6年間
主宰する三橋さんも、長男の夜泣きで眠れない日々が6年間にも及んだ。長男は、ある程度まとまって眠るようになるといわれる生後5、6カ月になっても、2~3時間ごとに泣いて起きた。なだめても寝てくれない。生後10カ月で保育園に預けて仕事復帰したが、その後も変わらず、数時間ごとに起こされた。
三橋さんが支援センターなどで職員に相談しても「今だけだからね」「もう少しだよ」と声を掛けられるばかり。今、当時を振り返ると「赤ちゃんが楽しく遊ぶ支援センターなので、努めて明るく相談していたから深刻に受け止めてもらえなかったのかもしれない」。本当は「夜が来るのがこわかった」。洗濯物を取り込む時にふと涙が出てきたり、当時住んでいた広島のきれいな空を仰ぎ、「このまま消えてしまいたい」と思ったり。「つらいことを誰かに気付いてほしかった」

子どもの睡眠について講座を開いた時の三橋さん(左から2人目)と参加者
夜泣きに効果があると聞けば、小児はり、リラックスできるお香、マッサージ、寝室にタマネギを置くなど、片っ端から試したが、変わらなかった。そんな時に知った国際資格「IPHI」(妊婦と乳幼児の睡眠コンサルタント)。「自分で自分を助けるしかない」と申し込んだ。
この資格は、睡眠科学に基づき、子どもの発達段階や性格、住環境に応じて最適な睡眠をサポートするもの。三橋さんはパートの仕事から帰宅し、当時1歳半の長男を寝かしつけた後、数時間ごとの夜泣きに対応しながら学び、2020年秋に資格を取得した。
子育てに伴走するコミュニティー
翌年に起業。インスタグラムで発信すると、国内外から睡眠の相談が相次いだ。「夜泣きがなくなり、安心して仕事復帰できます」「子どもが寝ないことによるイライラを夫にぶつけていたが、それがなくなり夫がうれしそう」。マンツーマンでコンサルし、睡眠を取り戻した母親たちはみるみる元気になった。相談が半年待ちの状態が続き、現在は平均15人ほどのコミュニティーでの相談に応じている。
スタッフも、三橋さん以外に助産師、保健師、歯科医師といった専門家が対応する。夜泣きだけでなく、「お兄ちゃんが下の子に手を出してしまう」などのきょうだい育児の大変さや、パートナーとのコミュニケーションなど幅広い悩みに応じている。
三橋さんによると、子どもと親の眠りは、親の心の余裕や、頼れる環境があるかどうかが大きく影響しているという。「ママが1人で悩みを抱え込んで、毎日必死に調べて試して…を繰り返すのは本当に大変なこと。寝不足が続くと、上の子に優しくできなかったり、夫婦の会話がすれ違ったり、『もう無理』と育児を投げ出したくなる瞬間も出てくる。だからこそ私は、『ねんね』だけに限らず、まるごと話せる場所をつくりたかった」

「睡眠の悩みは我慢せず専門家に頼ってほしい」と話す小児科医の坂井みのり院長。0歳からのこどもクリニックで「ねんね外来」を設けている(クリニック提供)
親子の睡眠の重要性を広めたい
小児科医で「0歳からのこどもクリニック」(横浜市)の坂井みのり院長は、IPHIの資格を取得し、全国でもまだ少ない「ねんね外来」を設けている。
坂井院長は勤めていた新生児医療の現場で睡眠不足などから産後うつや育児ノイローゼ気味になる親を見てきた。また自身の子育てでも夜泣きの大変さを痛感するなど、親子の睡眠を整える必要性を感じてきた。
初診では、睡眠の悩みと向き合う前に医療で対応できることを探すため、坂井院長が子どもの全身を診察する。肌のコンディションや一度泣いたら泣きやまないなどの体質・気質は漢方で改善できることがあるという。その上で、IPHIの資格を持つコンサルタントが45分のカウンセリングで子どもの気質に合わせた睡眠環境やスケジュール、寝かしつけ方法を提案する。
保護者に疲れている様子がうかがえる場合は診察し、漢方の処方などをすることもある。坂井院長は「お母さんが整っていった方が子どもも整う。家族をまるごと支えるねんね外来でありたい」と話す。
クリニックの乳幼児健診に訪れた保護者に、子どもの睡眠で悩みはないかと尋ねると、4割弱が「困っています」と打ち明けるという。一方で、市役所の1カ月健診の問診票では夜泣きの悩みが把握しづらいとして、「行政にも、夜泣きは改善できるという意識のもと、子どもの睡眠について把握しやすい項目を作ってほしい」と話している。
IPHI(妊婦と乳幼児の睡眠コンサルタント)
米国で2009年に設立された団体による認定資格。医療的背景・家庭文化・生活スタイル・親の直感などを統合したアプローチで、「泣かせて寝かせる」のではなく、家族に寄り添う形で睡眠をサポートする。約60カ国、10言語で3000人以上の卒業生を擁する。
三橋かな(みつはし・かな)
広島県生まれ。TBS系列制作会社でアナウンサーとして勤務。専業主婦になり、2015年長女出産。雑誌のライターとなり、2018年長男出産。長男の夜泣きに悩み、2021年に「ねんねブーケ」を設立。2500人以上の睡眠・子育て相談に応じる。企業向けにも、社員の睡眠相談や育休中のサポートなどを提案する。Yahoo!ニュースで寝かしつけコラム執筆中。
筆者 東京すくすく編集長 浅野有紀

1988年、岐阜県生まれ。2013年中日新聞社入社。滋賀、愛知、埼玉の支局を経て、23年から中日新聞東京本社(東京新聞)東京すくすく部。ウェブメディア「東京すくすく」の編集長を務める。子どもが子どもらしく生きられる社会のために、児童虐待や孤育てにならない取り組みなどを取材する。
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