「三角食べ」の是非に反響 学校給食は「残すな」の時代から変わりました
今川綾音 (2022年4月15日付 東京新聞朝刊)
この数カ月、3年以上前に公開したある記事がとてもよく読まれています。食べ方について取り上げた「『三角食べ』は本当にいいことなの? 『ばっかり食べ』はダメ?」という記事です。
1品ずつ順に食べ切る「ばっかり食べ」と、行ったり来たりしながら交互に食べる「三角食べ」。記事では、1970年代ごろから学校給食で三角食べ指導が行われた背景に触れ、それぞれの食べ方の長所と欠点を紹介しています。
いまだに読まれるのは、それだけ多くの方にとって身近な話題だからなのでしょう。寄せられるコメントからも、誰もが自分なりの食事の仕方と理由、それにまつわる思い出を持っていることが伝わってきます。
目立つのは、自分が三角食べを強要されて苦痛だった記憶をつづったものです。40代男性は「小学生の時に強制されたがなじめなかった。嫌いなものを残すな、放課後残っても完食しろ、という指導だった」と振り返ります。一方で「残りやすい白飯やパンをどうするか考えるうちに三角食べになった」という30代男性も。保育を学ぶ20代の学生は「咀嚼(そしゃく)が未発達な乳幼児は、水分も含めて三角食べをすることで喉に詰まるのを防げる」と指摘します。
かつては完食を求めていた学校の給食風景も、今は変わってきていることが若い世代の経験談から分かります。「苦手なメニューを食事前に減らせたので、無理せず完食することができた。おかげさまで、食事をするのが今も大好きです。どちらにしても楽しく食事ができたら、それだけで幸せです」という10代の女性の言葉にうなずきました。
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私は三角食べの指導を経験している者です。
三角食べが指導され始めた昭和の学校は、子どものことを考えた科学的、論理的な意味も、また教師の愛情や親心から出てきたような指導でも無く、とにかく数の多かったマンモス校の児童生徒の行動を管理、統制し、学校運営を円滑にするための規律が最優先の教育でした。今で言う「ブラック校則」みたいなものです。
風邪をひかせたくないという理由で真冬に薄着に半ズボンで鍛える、朝は乾布摩擦をさせる。転んで怪我をするのは足が弱いからだと一日じゅう裸足にさせる。体育のブルマー着用だってそうです。ブルマーを忘れた規律を破る子は下着で授業を受けさせることもしていました。
当時は戦前の師範学校卒や軍隊経験者の教員もまだ多く、効果が不明でも規律訓練として見なされれば受け入れやすい土壌があったと思います。したがって、当時行われていたことをいまになって意味付けしたり、合理化してもあまり意味がないと思います。
やはりこのような学校文化は、当時、指導していた教師、指導されていた当事者に取材するなどして教育史の研究テーマとして考える必要があると思います。