外の世界にどっぷり浸かってきた子どもの「におい」はいつか…〈瀧波ユカリ しあわせ最前線〉23
赤ちゃんの甘いにおいはあのお菓子
午後3時ごろに外を歩いていると、小学校の校門から子どもたちがどうどうと流れ出てくるところに、よく出くわす。小さい子も大きい子も入り交じった群れを見ながら、私は思う。ああ、今この子たちは、小学校のにおいを家に運ぶ途中だなあ、と。
子どもは、保育園や小学校など子どもの集まる場所から帰ってくると、必ずそこのにおいがする。太陽、古い木の備品、ぞうきん、給食なんかが混じり合って、ぎゅっと凝縮されたにおい。それが家にかけこんだ子どもの髪から、服から、ほっぺから、どわっと立ちのぼる。
このにおいは、子どもが「外の世界」にどっぷりと浸ってきた証しである。だから親の私は少し圧倒される。朝とは全然ちがうにおいになっちゃった! 一体、何をしてきたの? この子は本当に、うちの子か? 本能が騒いで、そわそわする。早くお風呂に入れて、いつもの子どものにおいに戻したい。親猫が子猫の全身を舐め回す気持ちが、よくわかる。

子どもを産むまで、私はまったく知らなかった。子育ては常に「におい」と共にあることを。乳児の顔のあたりからは、柔らかく甘やかなにおいがする。仙台銘菓「萩の月」のにおいにそっくりだ(私は密かに「萩の月」を「食べる赤ちゃん」と呼ぶ)。「大」をしたおむつからはなぜかお米の炊けるにおいがして、「炊いてたっけ?」と惑わされた。離乳食が始まるとそれは大人と同じにおいになり、ショックだった。
寝かしつけの時、うっすら汗ばんだ娘のおでこに鼻を当てると、ミルクとムスクの混じった芳香がして、多幸感が押し寄せる。寝息から「風邪のにおい」がした時は、緊急モードに突入する。そんな夜を、添い寝が好きな娘のおかげで10年近く味わった。
いつしか遠ざかり、ひとりの大人に
最近は、しばらくわが子のにおいをかいでいない。不思議なことに、中学生になったら外からにおいを持ち帰らなくなった。学校も塾も無臭なのだろうか。それとも、私の嗅覚が衰えたのだろうか。じっくり確かめてみたいが、においをかげるほどの接近はもはや許されていない!
におい、温度、手ざわりが少しずつ遠ざかり、子どもはひとりの大人になっていき、私もまたひとりの大人に戻っていく。それが寂しいという気持ちもあるし、すがすがしい気持ちもある。一方の子どもは恐らく、何も考えてはいないだろう。それでいい。どんどん外に向かって進んで、いろんな空気に触れて、いつかすっかり私の知らないにおいになってほしいと思うのだ。
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瀧波ユカリさん(木口慎子撮影)
瀧波ユカリ(たきなみ・ゆかり)
漫画家、エッセイスト。1980年、北海道生まれ。漫画の代表作に「私たちは無痛恋愛がしたい~鍵垢女子と星屑男子とフェミおじさん~」「モトカレマニア」「臨死!! 江古田ちゃん」など。母親の余命宣告からみとりまでを描いた「ありがとうって言えたなら」も話題に。本連載「しあわせ最前線」では、自身の子育て体験や家事分担など家族との日々で感じたことをイラストとエッセーでつづります。夫と中学生の娘と3人暮らし。
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