赤ちゃんを抱っこして歩くとなぜ泣きやむ? 脳科学で解明、哺乳類の「輸送反応」
ライオンや猫も同じ! 4児の母の研究者が世界初の証明
ライオンや猫は、親がまだうまく歩けない子どもを運ぶ時に首の後ろをくわえます。すると、子どもは運ばれやすいよう丸くなります。人間の場合も、泣く赤ちゃんを親が抱っこし歩き回ると泣きやむことは経験則として知られています。
理化学研究所脳神経科学研究センター(埼玉県和光市)の黒田公美(くみ)チームリーダーらは2013年、赤ちゃんを抱っこして歩くとリラックスする仕組みの一端を解明したと発表しました。赤ちゃんが親に運ばれる時におとなしくなる現象を「輸送反応」と名付け、それを世界で初めて科学的に証明したのです。
黒田さんは現在、0~18歳の4児を育てる母親です。「子育てが研究に圧倒的に役立ちます」。当時、赤ちゃんだった次男の胸に電極を付けて心拍を測り、実験の計画を立てました。まず、生後半年以内の赤ちゃんが母親に運ばれる時、どんな反応を示すか12組の母子で調べました。
歩き始めると3秒でリラックス マウスも体を丸くする
母親が赤ちゃんを抱いて、30秒ごとに歩いたり、いすに座ったりを繰り返しました。すると、母親が座っている時に比べ歩いている時は、赤ちゃんの泣く時間が10分の1、手足の運動量が5分の1に減りました。心拍数は母親が歩き始めて3秒ほどで下がり、リラックスしました。次に、マウスの母親をまねて、人がマウスの子の首を手でつまみ上げると、やはり動きと鳴き声をやめ、心拍数も下がり体を丸めました。
感覚をまひさせたマウスの子では、運ばれることが分からないために暴れ、母親マウスでさえ運ぶのに時間がかかることも分かりました。また、小脳に異常があるマウスの子は体を丸めることが困難でした。
おとなしく体を丸める輸送反応には、持ち上げられていることを感じ取る感覚や、運動や姿勢の制御をつかさどる小脳の働きが必要なのです。
危険回避…おとなしくなることで、母親を助けている
この結果から、黒田さんは輸送反応の理由を「赤ちゃんは、おとなしくなることで母親を助けている。自然界で母子が急いで避難するような状況では、赤ちゃん自身も危険から逃れやすいため、進化の過程で定着した」と結論づけました。
ところが、マウスの子は成長するにつれ、母親がいない所では輸送反応を示さなくなります。人が首の後ろをつまんで運ぼうとすると、暴れるようになるのです。人間の赤ちゃんでは、生後半年ごろから始まる「人見知り」に当たると考えられます。
黒田さんらは2018年、この「母親がいない所で輸送反応を控える現象」が大脳の「前帯状(ぜんたいじょう)皮質(ACC)」という部分の働きで起こることを突き止めました。
本能行動のうち、脳にとって最も難しいのが子育て
哺乳類の脳には、子が親を慕う「愛着行動」、親には子どもを守り世話をする「養育行動」に必要な神経回路が備わっています。輸送反応は最も原始的な愛着行動の一つとみられます。しかし、こうした行動の多くは、自動的にできません。たとえば授乳でも、上手にできるようになるためには経験や学習も必要です。
「哺乳類の食事やセックスなどの本能行動のうち、脳にとって最も高度で難しいのが子育て」と黒田さん。親にとって、子の誕生から独立まで何年も経験や学習を重ね、脳の神経回路を何度もつなぎ直し洗練させることが必要だからです。
子よりも親の脳の研究の方が進んでいます。人間の親の子育てに中心的な役割を果たすとされる脳の部位は、内側視索前野(ないそくしさくぜんや)(MPOA)、扁桃体(へんとうたい)と前頭前野(ぜんとうぜんや)という部分です。MPOAは「泣く子を放っておけない」など子育ての意欲に、扁桃体は「危険が迫っている」などの感情に関係します。前頭前野が理性でこれらの感情をコントロールします。黒田さんは「脳科学で現代の子育てを支えたい」と子どもの虐待防止の研究にも取り組んでいます。
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