〈坂本美雨さんの子育て日記〉58・娘とケンカした後、私の中は沈黙した

(2022年3月25日付 東京新聞朝刊)
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大きなシャボン玉に挑む寸前の、深呼吸

坂本美雨さんの子育て日記

「なにか食べて帰る?」「外で食べたい」

 夕方、仕事が押してダッシュで娘を園に迎えに行き、ご飯を作る気力もなかったため「なにか食べて帰る? それともおかず買って帰る?」と相談すると、外で食べたいと言う。しかし駅に近づいたところで唐揚げを買おうと言い出したので、いいよ、となったところで私の中では、唐揚げを買う=家で食べる、に変換されてしまった。

 その時点で「家でいいのね?」と確認しなかったのは私が悪いのだが、いざ家に帰ろうというところで、娘がそれは話が違うだろうと機嫌を損ねた。声を荒らげ、持っていた傘でバンバンと床をたたいたので、おいちょっと待て、とケンカになり、うっかりまた同じレベルで争ってしまった。

 …とここまでは日常茶飯事の情けない痴話げんかなのだが、怒りが少し収まってから悲しそうに娘が伝えてきたのは「いつもとちがう場所でたべたかったの」ということ。よくよく聞いてみると、ただ外食がしたいということではなく、いつもと違う町で、ということだったらしい。違う町の、知らないお店で。結局いつもの町の、よく知っているお店で食べて帰ったのだが、私の中は少し沈黙した。

一見ただのわがままでも、その背景には

 来月には小学生。入学したら自由に休めなくなるんだろうと思い、そしてどんどん自分の世界が広がって親より友達といたくなるだろう、という切なさに駆られ(早すぎる心の準備)、近頃たくさん旅や仕事に連れ回している。友人と娘の「今日なにしてたの?」「ママに振り回されてた」というやりとりが漏れ聞こえてきた時には愕然(がくぜん)としたが、たしかにそんな日々。

 知らない世界に興味を持って、新しい景色や出会いに心を開いていてほしいと赤ちゃんの時からさまざまなところに一緒に旅した。そのおかげか、場所見知りも人見知りもほとんどなく溶け込むが、その代わりにどんどん境界をはみ出す人になってきている。

 気がつけば高い所に登っている、気になった場所へ行ってしまう、自分のものじゃないのになんでも触るなど、親としては「ちょっとやめて」と注意することばかりなのだけど、よく考えたらそれは小さな旅マインドなのではないか? 違う町でごはんを食べたい!と主張されてどれだけめんどくさくても、理不尽だ!とは怒れない。一見ただのわがままでも、その時によって微妙な心の揺れが反映されていたりするし、その背景には自分と過ごしている時間がある。(ミュージシャン)

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なるほど!

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グッときた

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もやもや...

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