埼玉の朝鮮学校で傷つく子どもたち 他県の手本だった”共生”が… 「政治を学校に持ち込まないで」〈埼玉朝鮮初中級学校の60年・上〉

前田朋子 (2021年12月22日付 東京新聞朝刊)
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初級部の算数の授業の様子=さいたま市大宮区の埼玉朝鮮初中級学校で

 埼玉朝鮮初中級学校は今年開校60周年を迎えた。民族としてのアイデンティティーを伝えつつ、日本社会で暮らすための教育を目指すが、取り巻く環境は決して易しくない。地域との共生の道を見いだそうとする学校の現在を追った。

大宮の「私たちの学校」 悲願だった設立

 コロナ禍で机の間隔を広く空け、静まり返った教室で小学生が計算問題を解く。黒板に書かれたハングル文字や、女性教諭が着る民族衣装に「異国」を感じるが、子どもたちが休み時間にじゃれ合い、壁に習字や絵が飾られる光景は日本の学校と変わらない。

 その学校は、さいたま市大宮区の「見沼田んぼ」にある。「埼玉朝鮮初中級学校」が正式名称だが、児童生徒やOBらは親しみを込めて「ウリハッキョ」と呼ぶ。朝鮮語で「私たちの学校」という意味だ。

 かつての日本統治時代、朝鮮半島の人々は本来の自分たちの名前や言語を奪われた。戦後も日本にとどまることになった在日朝鮮人社会にとっては、語学をはじめとした民族教育をする学校の設立は悲願だった。

当時の市長が祝辞 スムーズだった連携

 1961年、現在のNACK5スタジアム大宮(同市大宮区高鼻町)の場所に、日本の小学校に当たる初級部が開校。在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)の青年同盟委員として創立に奔走した全力(チョンリョ)さん(84)は「私は先生ではないが、先生以上の気持ちで学校に尽くさねばと思っていた」と思い出を語る。費用は同胞に寄付を募り、お金がない人は資材運びを手伝うなど、多くの力を合わせて開校した。

 埼玉の朝鮮学校は全国的には後発ながら自治体との連携がスムーズで、1965年に中学校に当たる中級部を設立。1967年に現在地に移転した際は当時の大宮市長が祝辞を寄せた。1972年に初当選した畑和知事や県幹部が度々訪れ、学校のあり方を語り合ったという。

 国内各地で民族教育に携わっていた優秀な教員が集まり、朝鮮学校の「手本」として他県の生徒も進学を望む有名校に。全さんは「県と学校が手を取り合って学校を発展させていく、いわば『共生』が他県より立派だった」と振り返る。

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新校舎落成を祝賀する当時の新聞を眺める全さん=大宮区で

北朝鮮問題で補助金停止 運営費不足に

 しかし、その関係は今ぎくしゃくしている。埼玉県は私学助成として1982年度から支出していた補助金を2010年に停止。当初は学校に借金があり財務の健全性が理由とされたが、返済後も支給されないままだ。

 背景には北朝鮮による日本人拉致問題やミサイル発射があり、埼玉県議会は12年、県が予算計上した学校への補助金に「拉致問題などが解決されるまでは予算の執行を留保すべきだ」との付帯決議をつけた。県は現在もこれを不支給の理由とし、埼玉弁護士会は「重大な人権侵害」と批判している。

 県学事課によると、最後に支給された2009年の補助金額は約900万円。その後に支給されたかもしれない金額は1億円を超える。

何より心配なのは、子どもたちの疎外感

 設備の改修や書籍の購入など、鄭勇銖(チョンヨンス)校長(50)は「そのお金があったら子どもたちに何をしてあげられたか。考えることはたくさんあります」と切ない表情を見せる。運営費の不足を補うため授業料を値上げし、教員の給与を削った。何より心配なのは子どもたちへの影響だ。「県が学校を認めていないことを子どもたちは自覚しています。『埼玉県民なのに、埼玉が嫌いになっちゃうよね』と話したり」

 現在の朝鮮学校は児童生徒の日本永住を前提に、保護者からの要望もあって日本の社会や文化を学ぶ内容が増えているという。保護者も県内外の企業で働き、税金を納め、地域の一員として暮らす。経済的な打撃はもちろんだが、日本で生きようとしている子どもたちを傷付け、疎外感を味わわせていることがつらい。鄭校長は言う。「政治を学校に持ち込まず、子どもたちの好きな埼玉であってほしい。それだけなんです」

朝鮮学校とは

 在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)が設立に携わった学校で、現在は各都道府県に置かれた学校法人が運営し、地域の在日朝鮮人らが支えている。文部科学省によると、幼小中高で全国に63校あり、うち5校が休校中。学校教育法1条に定める公立小中学校などと違い、自動車学校などと同じく134条に規定する「各種学校」に当たる。教育内容の自由度は高いが、授業時数や教員数などの一定基準を満たし、都道府県知事の認可を受けている。児童生徒146人が学ぶ埼玉朝鮮初中級学校では、朝鮮・韓国籍の子どもが在籍者の大半を占め、中国籍、日本籍の子どもも通う。

元記事:東京新聞 TOKYO Web 2021年12月22日

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