「週末1/4ルール」知ってる? 医師が設立したクラブ けがにつながる長時間練習に警鐘〈野球のミライ〉
クラブの練習時間は1日3~4時間
9月の土曜日、午前8時にグラウンドで小学1~4年生の練習が始まった。酷暑対策で8月は練習を控えたこともあって、キャッチボールも打撃練習も、皆きびきびとした動き。暑さがピークになる前の午前11時には終了し、午後は5、6年生が練習した。
成長過程の小学生に長時間練習をさせると故障のリスクが高まるため、クラブの練習時間は3~4時間ほど。投手の球数制限など投げ過ぎ防止も徹底している。放射線診断専門医で同クラブ代表の岡本嘉一さん(52)は「目の前の勝利よりも子どもの将来の方が大事。大会決勝で大ピンチの場面でも、球数制限に達したら(投手を)代える」と言い切る。
2013年の設立当初から導入している「週末1/4ルール」の狙いは故障防止の他にもある。「腹6分目にして、モチベーションを上げている。親子で自主練習をするのが一番伸びる」と岡本さん。この日も全体練習だけでは物足りなかったのか、何組かの親子がグラウンドに残ってキャッチボールしていた。
チームの目標は「可能な限り故障させることなく、上達して中学に送り出すこと」。岡本さんがその考えを貫くのは、行きすぎた勝利至上主義によって野球人生を断たれた子どもたちを目の当たりにしてきたからだ。
大人に酷使された子どもの体は
チーム設立前、小学2年の長男に「野球をやりたい」と言われ、戸惑った。当時、岡本さんは筑波大付属病院に勤務。ボールの投げ過ぎなどで生じる肘関節の障害、いわゆる「野球肘」の小学生を数多く診てきた。中には中学では野球ができないほど重症化していた子も。「『えっ』と思うぐらいの頻度でいた。なぜこんなことになっているのだろう」と疑問を感じていた。
学童野球の実態を知ろうと試合や練習に足を運ぶと、信じられない光景が広がっていた。土日は両日とも1日練習が当たり前。年間100試合にも上る試合日程に、連投もいとわない選手起用。体が出来上がっていない、配慮が必要な時期の子どもたちが、公認指導者資格や基本的な医学知識のない大人に酷使されていた。
「とても息子を預けられなかった」と岡本さん。そこで「週末1/4ルール」に加え、「罵声指導の禁止」「父母会設立の禁止」を掲げてチームを設立した。勝利は全力で目指すが、あくまで選手の将来が最優先。野球経験がなかったからこそ、固定概念や価値観にとらわれないチームをつくれた。
罵声指導や父母会の設立は禁止
とはいえ最初に集まった選手は10人。試合は大差で負け続け、初勝利まで2年半かかった。前例のないチーム理念もなかなか浸透せず、反発する保護者には繰り返し説いた。「やらなくてはいけないという使命感があった」。野球好きな子どもたちを守り、学童野球界を変えるため、このやり方で勝てることを証明しなくてはならなかった。
約3年前に県大会初出場を果たすと、その後も継続的に結果を残している。所属選手は60人を超え、県外から通う子もいる人気チームに成長した。全国から問い合わせが相次ぎ、同じ理念を掲げるチームも各地で誕生している。
岡本さんは「つくば市では徐々に雰囲気が変わってきている。僕らのやり方を全国に浸透させたい」と熱を込める。子どもたちの未来を考えたチーム運営が、令和の学童野球のスタンダードになる日も近いかもしれない。
けが予防にMRIで野球肘を健診
岡本さんは医師や研究者らでつくる「筑波大学野球肘研究会」のメンバーとしても、子どものけが防止に取り組んでいる。今年5月に東北大保健学科の教授に就任。週末に仙台市と茨城県つくば市を行き来しながら精力的に活動している。重点を置いているのが、小型のMRI(磁気共鳴画像法)を用いた出張野球肘検診だ。
MRI検診はエコー検診などに比べてより正確に診断できるが、機器が大きく病院でしか受けられない。岡本さんは「試合会場や練習場所で検診ができれば」と、筑波大の寺田康彦准教授に協力を依頼。車に載せられる小型MRIを開発し、クラウドファンディングで集まった約140万円も資金に充て、2019年から本格運用を始めた。
ミカン箱大の小型MRIをミニバンに載せ、検診にかかる時間は5~10分ほど。これまで茨城県内で延べ約300人が受診し、早期の野球肘の選手を見つけることもできたという。9月29日にはつくば市の吾妻小学校のグラウンド脇で、地元の学童野球チームの選手を対象に実施した。
岡本さんは「ほとんどのチームがけが防止への関心が薄いのが実情だ」と警鐘を鳴らしている。
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