目黒女児虐待死、父親の遅すぎる後悔 「親になろうとしてごめんなさい」法廷で嗚咽

小野沢健太、山田雄之 (2019年10月5日付 東京新聞朝刊)
子育て世代がつながる
 東京都目黒区で昨年3月、両親に虐待された船戸結愛(ゆあ)ちゃん=当時(5つ)=が死亡した事件で、傷害や保護責任者遺棄致死などの罪に問われた継父の雄大(ゆうだい)被告(34)は4日、東京地裁であった被告人質問で「しつけがうまくいかず、暴力を振るうようになった」と述べた。一家が上京した昨年1月以降は、「(毎日に近い)かなり多くの日数、暴行した。1日に複数回やったこともあった」と話した。

子育て方針を巡り、妻を「泣くまで威圧」

 被告人質問で雄大被告は、元妻の優里(ゆり)被告(27)=一審で懲役8年判決、控訴=と結婚した2016年4月ごろから、子育て方針を巡り優里被告を「泣くまで威圧」するようになったと説明。「あまり食べ過ぎないように」などとしつけようとしたもののうまくいかず、「怒りが強くなり、暴力になった」と述べた。

 香川県から目黒区に転居した昨年1月、結愛ちゃんの生活態度に「怒りを爆発させた」雄大被告は、1日1食などの食事制限をした上で、頭をたたいたり、冷水を浴びせたりする暴力を繰り返したという。

 検察官から暴行の頻度を問われると、「必ず毎日というわけではないが、かなり多かった」と述べた。公判は7日に結審し、判決は15日に言い渡される予定。

進んで手伝いをする「いい子」に、なぜ身勝手な虐待を繰り返したのか 

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船戸雄大被告

「友達が多い子」理想像を求め”しつけ”に執着

 「親になろうとしてごめんなさい」。船戸雄大被告は4日の法廷で、亡くなった結愛ちゃんに嗚咽(おえつ)しながらわびた。この日の被告人質問では、身勝手な考えで「しつけ」と称した虐待が繰り返された状況の一端が浮かんだ。

 結愛ちゃんと出会って間もないころ、2人で公園に行った際に雄大被告は、結愛ちゃんが1人でシーソーに乗り、「パパ見て」と手を振ったのを見て悲しく思ったという。「シーソーの遊び方を教えてくれる友達がいないのだろうか」

 雄大被告は「友達が多くて明るい子」という自らの理想像に向け、しつけに執着。最初は「歯磨きしな」などと言葉で諭したものの思い通りにならず、「いら立ちや焦りの感情」が募ると怒声で脅し、暴力を振るうまでになった。

激高のきっかけ 「時計の勉強をせずに寝ていた」

 上京後に虐待をエスカレートさせていった雄大被告が、「結愛ちゃんを衰弱させた要因」と認める暴行をしたのは昨年2月下旬。きっかけは「時計の勉強を指示したのに寝ていた」というささいなことだった。

 激高した雄大被告は、結愛ちゃんの首をつかんで無理やり風呂場に連れ込み、馬乗りになって10センチほどの至近距離から冷水シャワーを浴びせた。さらに手加減せずに両手で顔を何度も殴打した。

「仲直りのきっかけ、いくつもくれていたのに」

 それから数日間、結愛ちゃんは嘔吐(おうと)を繰り返したという。死亡前日の3月1日には命の危険が頭をよぎったが、「虐待の発覚を恐れる保身」から病院に連れて行かなかった。

 被告人質問の終盤、弁護人から結愛ちゃんへの思いを問われた雄大被告。出会った当初、進んでトイレ掃除をしたり洗濯物を畳んだりするのを見て「いい子だな」と思ったという。「ひょうきんで明るくて、私に仲直りのきっかけをいくつもくれていたのに、私がすべて見過ごしてしまった。本当に申し訳ない」。遅すぎる後悔を口にした。 

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