元横綱白鵬 間垣翔さん 父はモンゴル初の五輪メダリスト ここ一番で的確なアドバイス

海老名徳馬 (2022年7月10日付 東京新聞朝刊)

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家族のこと話そう

5人きょうだいの末っ子 甘やかされた

 15歳で日本に来るまで、両親と川の字になって寝ていました。反抗期はなかった。5人きょうだいの末っ子で、1番上の兄は17歳離れている。両親にとってはある意味孫みたいな感じで、すごくかわいがってもらいました。

 兄の後は女の子が3人続いて、自分は待ちに待った男の子。お母さんはみんなが寝た後で果物とかクッキーとかおいしいものをくれて、2人で食べていました。医者をしていて忙しく、「勉強は大事」とよく言われましたが、甘やかされていましたね。

 おやじも厳しくはなかった。モンゴル相撲の横綱で、メキシコ五輪のレスリングで銀メダルを獲得。モンゴル初の五輪メダリストになりました。国民の皆さんに愛されていて、いるだけで存在感がありました。引退後もナショナルチームの監督などを務めて忙しかったけれど、モンゴル相撲の合宿に毎年行ったり、一緒に狩りをしたり。どこにでも連れて行ってくれました。

ハングリー精神を育てた草原生活

 モンゴルが民主化したのは6歳のとき。社会主義の時代には、配給の列に並んだ覚えもあります。おやじの妹は今でも遊牧民をしていて、子どもの頃は夏に1カ月ほど過ごしていた。馬に乗るのが好きでね。遊牧民の草原でのルールは、肉を入れる食事は1日に1回だけ。遠くまで水をくみに行き、羊を見張って、朝から晩まで働く。家では冷蔵庫を開ければ食べ物があるけれど、草原で腹が減る生活をしたおかげでハングリー精神が強くなりました。大相撲に入門してからきついこともあったけれど、あの経験があったから乗り越えられた。

 おやじは大事なところでアドバイスをくれる人でした。入門してすぐの頃に体が細くて「足首を太くするトレーニングは」と聞いたら「牛と馬はどっちが速いのか」と。馬だと答えたら「足首が細い方が、ばねとスピードがあるから、太くする必要はない」。番付下位の力士に取りこぼしが多かった三役の頃には「毎日が優勝決定戦だと思え」。負けないだろうという感覚で土俵に上がっている気持ちを見抜いていたんでしょう。

背中で語る父親になっていきたい

 日本の国籍取得を決めたときもそう。おやじが亡くなる1年前の2017年に、思い切ってどう思うか聞いたら「わが道を行け」と言ってくれた。レスリングの選手やナショナルチームの監督として世界を見てきている男だから、そう言って送り出してくれたんだと思います。

 15~5歳の4人の子どもたちには、おやじが自分にしてくれたのと同じように、大事なところでアドバイスをしてあげたい。いるだけで存在感があって、背中で語る。私もそういう父親になっていきたい。

間垣翔(まがき・しょう)

 本名・白鵬翔。1985年、モンゴル・ウランバートル市生まれ。2001年3月の大相撲春場所で初土俵。07年5月の夏場所後に第69代横綱に昇進。優勝45回や通算1187勝などの最多記録を樹立し、21年9月の秋場所後に引退し、年寄・間垣を襲名。宮城野部屋付きの親方として指導に当たる。

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