【後編】島田ゆかさんが絵本を描き続ける理由 被災地でのサイン会 「何もできないけど、ただ笑って、楽しんでほしい」

コラージュ

子どもにサインした絵本を手渡す島田さん(左)=川上智世撮影=と、『バムとケロのおかいもの』

「バムとケロ30周年記念 島田ゆか絵本原画展 〜あのころもいっしょ いまもいっしょ〜」を終えた絵本作家・島田ゆかさんへのインタビュー。前編に続き、今回は後編です。作家になった経緯や、どうして被災地でサイン会を行ったのかなどを丁寧に教えてくれました。島田さんが考える絵本の持つ力とはー。

運命を決めた書店のアルバイト

-島田さんは1994年に『バムとケロのにちようび』で絵本作家デビューされ、昨年、作家生活30年を迎えました。絵本作家になったきっかけはなんだったのですか?

 先ほども触れましたが、20代前半の頃、東京・吉祥寺の大型書店でアルバイトをしていました。私が担当しているレジの近くに、児童書売り場があったのですが、お客さんから児童書のことをよく尋ねられたのです。しかし当時の私は絵本や児童書のことはほとんど知らなかったので、簡単なことくらいは答えられるようになろうと、本の整理をするふりをして、絵本を見るようになりました。

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たくさんの原画が並ぶ原画展の様子

-絵本はあまり読んでいなかったとは意外です。

 それまで絵本に触れたことがほとんどなくて。でも読んでみるととても面白くて、それで私も絵本を描いてみたいと思うようになりました。

-すぐに絵本作家になれたのですか?

 もちろんすぐにはなれませんでした。子どもの頃から、絵を描くことは好きだったのですが、お話は作れなかったので、童話の書き方を習うためカルチャーセンターに通いました。短い童話を書いてくるよう言われるのですがなかなか書けず、「いいかげん書いてきなさい」と怒られたこともありました。その後、絵本のワークショップに通い、そのときに作った作品をフリーランスの編集者の方がいくつかの出版社に持ち込んでくれて『バムとケロのにちようび』の出版が決まりました。今もその編集者さんにはとても感謝しています。

-当時はどんなことを考えていたのですか?

 そうですね。その当時は「絵本作家になりたい」というよりも、「なろう」と思っていました。自信があったわけでもなんでもないのですが、夢や憧れではなくて、とにかく絶対に「なろう」って。なぜ根拠もなくそう強く思っていたのか、今でも不思議です。

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原画展で再現されたバムとケロの部屋。散らかり具合も愛らしい

漫画家になりたかった幼少期

-子どもの頃はどんなお子さんでしたか?

 おとなしい子どもでしたね。外遊びも好きでしたが、家で絵を描いたり漫画を読んだりする方が好きでした。小学生の頃は漫画家になりたかったんです。けれどお話もせりふも全て考え、絵もたくさん描かなくてはいけない漫画家は、私には難しすぎると諦めました。

-どんな漫画を読んでいたのですか?

 少女漫画雑誌の『りぼん』が大好きでした。特に大矢ちきさんという漫画家が好きでした。大矢さんの絵はとても細かくて、メインのお話とは関係のない絵がどこかに小さく描かれていました。洋風のお話なのに、ページの端の方に「どこかに二宮金次郎がいます」みたいなことが小さく手書きで書かれていて、そういう小さな秘密を見つけるのがいつも楽しみでした。

-それで島田さんの物語には、主人公とは別に小さな生き物が出てくるのですね!

 その影響は大いにあると思っています(笑)。

絵本の力を感じたできごと

-絵本作家になって30年がたちました。絵本を描いてよかったなと思うことは?

 サイン会では、いろいろな方からバムとケロとの思い出を直接聞くことができるのですが、いつも本当に感激します。私の描いた絵本がどこかで誰かを励ましたり、勇気づけたりしているのだと知って、絵本を描いていて良かったと心から思います。

-お手紙をもらうことも多いと伺いました。

 はい。今でも覚えているのは、以前、小児病棟の先生からお手紙をもらったときのことです。長く入院している女の子が「バムとケロ」が大好きだそうで、絵本が彼女を励ましているといった内容で、その子が作ったフェルトのバムとケロも送ってくださいました。絵本作家になったときは想像もしていませんでしたが、絵本にはそんな力もあるんだということを知り、もっと頑張らなくてはと思いました。

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文溪堂主催で行われた原画展で展示された画材や色見本帳

-絵本作家の使命を感じた?

 絵本を描いているときは、誰かを励ます絵本を描こうなどとは考えていません。ただ、自分が楽しいと思うものを描いている、それだけです。でもそんな私の楽しいという気持ちが、読者にも伝わっているのかもしれませんね。

-「バムとケロ」の一番の魅力は島田さんが楽しく描いていることなのかもしれないですね。

 子どもの頃に楽しいと感じることって、意外と今も昔も変わらないのかもしれません。絵本の中に「こういうことあるよね」というのを見つけたり感じたりすることで、子どもだけでなく大人にも「バムとケロ」を楽しんでもらえているのかなと思っています。

-確かにそうですよね。

 以前、小学生から「バムとケロを読んで、なんだか懐かしい気がしました」という手紙をもらって驚きました。時代が変わり、遊びやおもちゃもどんどん変わっていくけれど、世代を超えて共有できる、ずっと変わらない小さい頃の感覚というのがあるんだなと感じました。

被災地の若者と14年ぶりの再会

実は、今回のサイン会で、島田さんと14年ぶりの再会を果たした人がいました。大星美波(おおほし・みなみ)さん(26)。大星さんは宮城県出身で、東日本大震災後の2011年11月に、被災した仙台で行われた島田さんのサイン会に参加したそうです。

大星さんは、「当時、小学6年生だったですけど、まだ余震が続いていて、すごく怖かったんです。そんなとき、島田先生のサイン会があるというので、お母さんと一緒に行きました。サインを書いてもらって、すごくうれしくて。不安な気持ちが和らいだのを覚えています。サインは今でも宝物です」と話してくれました。

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原画を楽しむ人々。一番左が大星さん

-東日本大震災後に宮城、福島などの東北地方でサイン会を行ったそうですね。去年は、能登半島地震後に富山、金沢など北陸地方でもサイン会を開催しています。どのような思いで被災地でサイン会を行っているのですか?

 2011年1月に『バムとケロのもりのこや』が刊行されました。震災直後に、平積みされている『もりのこや』の上に崩れた天井の破片が落ちてくるのを、少し離れたところでおびえながら見ている人々の写真を偶然ネットで見つけました。東北地方の書店の写真だと思います。とてもショックでした。その後、何か私にできることはないかと考えました。

−それでサイン会を?

 2011年11月に、福島、宮城、盛岡の書店でサイン会を行いました。私はサインをするだけで精いっぱいで、誰かに声をかける余裕はなかったのですが、たくさんの親子連れが来てくれて、どんなにバムとケロが好きかを一生懸命話してくれました。福島では多くの子どもが県外に避難していたので、「久しぶりに子どもたちの声が聞けました」と書店員さんも喜んでくださって、行ってよかったと思いました。

あれから14年。大星さんは今、幼稚園で働いていて、子どもたちに絵本の読み聞かせを行っているそう。読む絵本はもちろん、「バムとケロ」シリーズ。「これからも子どもたちに読み聞かせをたくさんしていくつもりです」と話していました。

「楽しい」と思ったことをこれからも

-大星さんのように島田さんの絵本で元気づけられた人がたくさんいると思います。

 災害など現実から目を背けたくなるような出来事が起こったとき、被災した子どもたちは絵本を読んでいるときだけは本の世界に入れて、いろんなことから解放されると聞いたことがあります。現実ではつらいことがいろいろあるけれど、絵本の楽しい世界の中に入り込んでいる間は心が休まるのかもしれませんね。

―去年震災があった能登にも同じように足を運んでサイン会を行いました。

 私が行ったのは金沢市と富山市だけなのですが、震災の日に生まれたお子さんを連れてきた方がいらっしゃいました。本当に大変だったと思います。私にできることなどほとんどないのですが、少しでも誰かのお力になれたのなら幸いです。

―島田さんにとって、絵本とは何でしょうか?

 震災もそうですが、現実の世界にはいろいろつらいことがあります。自分の境遇に近い本を読んで、悲しみを共有する方もいらっしゃるでしょう。私は、思わず笑ってしまうような絵とお話で、少しでも誰かに寄り添うことができればと思っています。私の絵本は、とにかく自由に楽しんで、心が楽になるものであってほしいと思います。その気持ちは絵本作家になった30年前から変わっていません。なにげない日々の出来事に全力で取り組むお気楽な動物たちの暮らしを、これからも楽しみながら描いていきたいと思っています。

―ありがとうございました。

◇前編はこちら→【前編】絵本作家・島田ゆかさんが語る「バムとケロ」の30年 「ずっと一緒にいる家族のような存在」

島田ゆか(しまだ・ゆか)

 1963年生まれ、絵本作家。カナダ・オンタリオ州在住。東京デザイン専門学校グラフィックデザイン科卒業後、食品のパッケージデザイナー、書店アルバイトなどを経て、1994年に絵本作家デビュー。主な作品に「バムとケロ」シリーズ、「ガラゴ」シリーズ(いずれも文溪堂)、『ぶーちゃんとおにいちゃん』(白泉社)などがある。2011年に『バムとケロのもりのこや』で第4回MOE絵本屋さん大賞を受賞。

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