【選択的夫婦別姓がわかるQ&A⑤】旧姓と戸籍姓の二つの名前を使うと困ることって?

【疑問9】二つの名前を使うと何か困ることがあるのですか。

 <答え> 本人にとっても所属する組織や周りの人たちにとっても、ダブルネーム(二つの名前)の使い分けの煩雑さや混乱が生じます。また個人の同一性の把握ができないといった不利益も発生しています。

 たとえば、会社で旧姓を通称として使用することが許されたとしても、税金や年金などの制度と関わる手続きにおいては戸籍姓を使用することが要求されています。そのため、会社の人事担当者は常に、社員の戸籍姓と旧姓(通称)の両方を把握した上で、ひも付けをしておいて、場面に応じて使い分ける必要があります。

 また、戸籍姓でしか銀行口座の開設ができない金融機関がありますので、旧姓で仕事をしていても、報酬などの送金口座が戸籍姓であるために、相手方にその都度不一致の理由(結婚改姓したけれども、旧姓を通称使用しているということ)を説明して、仕事と関係のない個人のプライバシーを開示しながら、同一人物であることを理解してもらわなければならないといったことも、実際によく起きています。

 内閣府の調査で旧姓使用を認めていない企業に対してその理由を尋ねたところ、「人事関連の手続きが煩雑になるため」「給与などの支払い関連の社内手続きが煩雑になるため」「一人二つ以上の姓名があると、周囲が混乱する可能性があるため」が多くを占めました。

 もともと旧姓で保有していた銀行口座を、結婚改姓後も変更の手続きをせずに旧姓のままで利用することは違法行為ではないものの、全国銀行協会のホームページには「戸籍と口座を一致させておかないと不都合が生じる可能性があります」と記載されており、その具体例として、「例えばペイオフ*で保証される場合、現在の名前と口座が違えば本人とみなされない場合があります。定期預金なども下ろす時は本人確認が必要となります。ほかにも公共料金、クレジットカードの引き落とし時に名義が違えば引き落としできなくなります」とリスクが記載されています。

*金融機関が破綻したとき、預金保険で一定額まで保証する措置

 さらに、旧姓併記ができるとされる法人登記簿、不動産登記簿、パスポート、住民票、マイナンバーカード、運転免許証ですが、いずれも、「旧姓のみ」を記載できるわけではなく、戸籍名に旧姓を「併記」することが認められているに過ぎません。併記を選ぶことで、本来、示さなくてよい個人のプライバシー(結婚したこと及び配偶者の姓)を常に表示しなければならなくなってしまいます。

「国際社会ではほとんど理解されない」

 特に海外で働く際にはダブルネームの使用は混乱や深刻な誤解が生まれやすく、新たな問題も生じています。

 パスポートは、旧姓併記が認められていますが、組み込まれているICチップには、国際標準により、併記された旧姓は登録されていません。そのため、航空券も戸籍名で予約・購入しなければなりません。このため、滞在先のホテルでの予約名(通称)とパスポート名が一致しないことによるトラブルなども多数報告されています。

 また、ダブルネームはマネーロンダリング(資金洗浄)の温床になりやすく、海外では犯罪行為の疑いをかけられるリスクもあります。

 夫の姓に改姓後、旧姓使用を続け、国立大の准教授からオーストラリアの大学の客員教員となった日本人女性Kさんは、職場、銀行口座、免許証、著作物などすべて旧姓で表記されているのに、パスポートと永住権ビザが戸籍姓だったため、現地の役所で「このままでは、あなたは二人の人間になりすましていることになる。どちらかに統一しなければならない」と注意を受けたそうです。

 彼女は「このような問題で悩んでいることは、国際社会ではほとんど理解されません。21世紀は世界中で、個人の選択を尊重し、選択的別姓が認められているからです。日本国籍を捨て、オーストラリア国籍を取得し、姓の問題から解放されたい、と考えているのは私だけではありません」と訴えています。

 なお、現在の旧姓併記は省庁ごとの運用となっているため、旧姓が複数ある場合、管轄が異なる公的書類に別々の旧姓を併記することができてしまうといった問題も生じています。

◆次の疑問は→近日公開予定。

【子育て世代の疑問に答えます】

 9月の自民党総裁選で争点の一つになった「選択的夫婦別姓」。夫婦が、同じ姓を名乗る(夫婦同姓)か、それぞれ結婚前の姓を名乗り続ける(夫婦別姓)かを選べる制度です。夫婦同姓を法律で義務づけているのは世界でも日本だけで、晩婚化やグローバル化、IT化など時代の変化に伴い、さまざまな不都合が生じています。そして、その不都合を感じているのは、ほとんどが女性。男性の議員や経営者、裁判官らに訴えても理解を得にくい問題でもあります。

 最近よく耳にするようになったけれど、詳しい内容が分からず、「今までと違うのは、なんとなく不安」という人もいるでしょう。衆院選を前に、子育て世代にも身近な疑問を、別姓訴訟弁護団にかかわる弁護士、榊原富士子さんと寺原真希子さんの著書「夫婦同姓・別姓を選べる社会へ」(恒春閣)を基に解き明かします。

家族の絆がなくなる? 周りは分かりづらい?

子どもの姓はどうなる? かわいそうではない?

別姓だと戸籍はどうなる? 制度が崩壊しませんか?

旧姓を通称として使用すれば問題ないのでは?

⑤旧姓と戸籍姓を使うことで困ることって?(このページ)

選択的夫婦別姓とは

 夫婦が、同じ姓を名乗る(夫婦同姓)か、それぞれ結婚前の姓を名乗り続ける(夫婦別姓)かを選べる制度。1996年、法相の諮問機関「法制審議会」が導入を盛り込んだ民法改正法案要綱を答申したが、自民党保守派から「家族の絆が壊れる」といった反対意見が強く、国会に上程されないまま30年近くの年月が流れた。以前は別姓を認めていなかった国も男女平等などの観点から制度を是正する中、日本は別姓を選べない唯一の国として取り残されている。2023年に婚姻した夫婦のうち94.5%が夫の姓を選択した。

 別姓を認めない日本に対し、国連女性差別撤廃委員会は再三の改善勧告をしている。日本は、旧姓を通称使用する独自の政策を推進しているが、グローバル経済の中、二つの名前を使い分けるローカルルールとして混乱のもとにもなっている。多様性や公平性なども含めて課題に対応する「DEI」の観点から、経団連は24年6月、選択的夫婦別姓の早期実現を政府に求める提言を発表した。

著者の紹介

◇寺原真希子(左) 東京大法学部卒業後、司法試験に合格。長島・大野・常松法律事務所など東京都内の事務所で勤務後、米ニューヨーク大ロースクールに留学しニューヨーク州弁護士資格を取得。帰国後、旧メリルリンチ日本証券での企業内弁護士を経て現在、東京表参道法律会計事務所の共同代表。2011年に選択的夫婦別姓訴訟弁護団に加わり、22年から弁護団長。

◇榊原富士子(右) 京都大法学部卒業後、1981年から弁護士。婚外子相続分差別訴訟、子どもの住民票や戸籍の続柄差別違憲訴訟などを担当。離婚と子どもに関するケースを多く扱う。2009~14年、早稲田大大学院法務研究科教授。2011~22年、選択的夫婦別姓訴訟弁護団長を務めた。