保育士の人件費10.7%引き上げは始まっています 本当に給与に反映される? 園の収支「見える化」の効果は?

 保育士の処遇改善のため、国は2024年度の人件費を前年度比で10.7%引き上げた。10.7 %は、自治体が園に支払う「委託費」のうち、人件費分に上乗せされた。過去最大の水準で、25年度も維持される見通し。一方、現役保育士は「本当に改善につながるのか」と不安がる。こども家庭庁は、上乗せ分が保育士に行き渡るよう園の運営費の「見える化」にも取り組むが、効果はあるのか。
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園児からもらった手紙などを手に「何度も辞めようと思ったが、子どもたちが心の支え」と話すみさとさん

20年続けても手取りは20万円以下 

 「22年に手取りが月9000円上がった時も、その程度では全然うれしくなかった。今回は本当に改善されるのでしょうか」。関東地方で保育士歴20年のみさとさん(仮名、40代)は、不安がる。これまでに複数の園に勤務し、今の園に来て給与の手取りが下がった。1月は20万円を切った。

 みさとさんは主任として、各クラス担任の相談を受けたり、年間の行事内容などを考えたりする立場。各クラスには発達が気になるが、診断はされていない子どもが複数いて、落ち着きなく走り回ったり、すぐに手を出してしまったりする様子が見られる。

 園では国の配置基準よりも手厚く保育士を置くが、それでも各クラスで保育士が足りていないことは痛いほどわかる。「毎日疲れると思います。担任を見守る立場として、心も体も心配になる」とみさとさん。診断がないためすぐに加配保育士は付けてあげられないが、そんな現状だからこそ「せめて仕事に見合った給与にしてほしい」と訴える。

 2月の強烈な寒波に見舞われた時期には、保育士が次々とインフルエンザやコロナに感染し、日々のやりくりに奔走した。「低賃金でさらに人手が足らなくなるとどうなるのか…」と不安を募らせる。

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給与の手取りは20万円を切る

国から人件費支給も園の判断で決まる 

 園の収入は、公費と保護者らから支払われる保育料からなる。公費分は、保育に必要な経費として、在籍する子どもの年齢や人数、園のある地域などに応じて国が定める「公定価格」に基づき、自治体が「委託費」として支払う。

 委託費の内訳は人件費、事業費(文具などの保育材料費や給食費など)、管理費(土地建物の賃借料など)に分かれ、うち人件費が8割を占める。ただ、実際に保育士に支払われる給与は園を運営する事業者に委ねられているのが現状だ。8割全てを人件費に充てない保育園は少なくない。

 運営が市区町村や社会福祉法人に限られていたころは、「人件費は人件費に」と使途に縛りがあった。だが、待機児童対策で株式会社の参入を認めた2000年からは、人件費8割では企業が利益を出せないため、国の通知によって一定の条件を満たせば、積み立てや他の系列園の運営費、施設整備費など人件費以外への流用が認められている。中には過大な流用や不正もみられ、これが保育士の給与が低い一因とされる。

 保育に詳しいジャーナリストの小林美希さんは、「保育園の経営は本来利益が出るものではない」とした上で、園側は委託費に含まれない大規模修繕に備えた積立などが必要なため「人件費8割はなかなか難しく、現状では7割前後が妥当ではないか」とみる。

 今回の10.7%アップも保育士の手元に届くのか不安がつきまとうが、国は人件費に充てるよう、告示で縛りを付け、事業者に実績報告も求めるという。

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ジャーナリストの小林美希さん

いつから給与に上乗せか園に確認を

 昨年12月27日公表の公定価格単価表の「基本分単価」を見ると、昨年3月29日公表分と比較して、すでに引き上げられていることが確認できる。毎年の人事院勧告に基づく処遇改善で、2024年度は補正予算により昨年4月分までさかのぼって適用される。こども家庭庁の担当者は、「園によって給与に反映される月が異なるので、いつから上乗せされるか、遡及(そきゅう)分は一時金などどのような形で支払われるのか、園に確認してほしい」と話す。園には、補正予算のため、できれば3月末までに支給してほしいと呼びかける。

 委託費の人件費分が健全に保育士に支払われているか、こども家庭庁は4月、子ども・子育て支援情報公表システム「ここdeサーチ」で、運営費の収支状況の公開も始める。

 想定するのは、職員1人あたりのモデルとなる基本給、手当、賞与など月収と年収の目安、配置基準と比較した実際の配置との比率、収入に占める人件費の割合など。報告期限は年度終了後5カ月以内のため、遅くとも今年8月末には見られる見込みだ。

 小林さんは、「見える化ですぐには変わらないが、データをもとに保育士や保護者が園に指摘することで不適切な運営が改善される」と期待する。

園のデータをチェックして伝えよう

 運営費の見える化は、すでに東京都が2015年度から民間保育所を対象に独自の処遇改善費「東京都保育士等キャリアアップ補助金」の一環で実施している。補助金を受ける園には、保育士のモデル賃金や収入に占める人件費の割合などの財務情報の公表を義務づけ、都の「とうきょう福祉ナビゲーション」で見られる。

CG:とうきょう福祉ナビゲーションの見方

 小林さんによると、園の収入が人件費以外にどれだけ流用されているかを知るには、財務情報の「事業区分間・拠点区分間・サービス区分間繰入金支出」をチェック。この園以外の本部、他の系列園、施設整備などに回している金額で、数千万円単位の多額であれば、園に使途を確認したほうがいいかもしれない。

 「保育材料費」は、2024年度で計算すると園児1人当たり3歳児以上で月に約1900円、3歳児未満で月に約3700円が公費で出ているが、コストカットのため玩具を保育士に手作りさせる園もあるという。熱心にチェックした保護者が「おもちゃ(保育材料費)が少ないのでは」と指摘して改善された例や、保育士が同規模の園と比べてモデル賃金が低いことを労働組合に伝え、賃上げにつながったケースもあるという。

 小林さんは「直接園に言いづらければ、(園を監督する)自治体に問い合わせて。自治体としても園の聞き取りを進めやすくなる」とアドバイスする。

CG:財務情報のチェックポイント

識者 ジャーナリスト 小林美希

写真 ジャーナリストの小林美希さん

1975年、茨城県生まれ。株式新聞社、週刊『エコノミスト』編集部の記者を経て2007年からフリーランス。就職氷河期世代の雇用問題、女性の妊娠・出産・育児と就業継続の問題などがライフワーク。保育や医療現場の働き方にも詳しい。2013年に「『子供を産ませない社会』の構造とマタニティハラスメントに関する一連の報道」で貧困ジャーナリズム賞受賞。2024年11月「ルポ学校がつまらない~公立小学校の崩壊」(岩波書店)、「ルポ保育格差」(岩波新書)、「ルポ保育崩壊」(同)など著書多数。

 

筆者 東京すくすく編集長 浅野有紀

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1988年、岐阜県生まれ。2013年中日新聞社入社。滋賀、愛知、埼玉で県警、市政、県政などを担当。23年から中日新聞東京本社(東京新聞)東京すくすく部。ウェブメディア「東京すくすく」の編集長を務める。子どもが子どもらしく生きられる社会のために、児童虐待や孤育てにならない取り組みなどを取材。保育園に通う長女は年少の4歳。親と過ごす時間以上にお世話になっている保育士の先生が置かれる現状も注視している。

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  • いも says:

    処遇改善費を出しても法人の上が取ってしまうので、手取りはさほど増えない。今年度途中で退職した保育士の分は社長の独り占め。給与が安くてやむを得ず退職した職員にも支払うべきだが、経営者の車が高級車に変わっていく。

    しかも、5月くらいに支払うから、お金欲しいなら3月退職の予定を伸ばして、5月までいてもいいですよっていう経営者。もう少し、きちんと管理したうえで、支給するようにしてほしい。

    国の決定は保育士には届いていないことが多いから、保育士が足りなくなることを知ってほしいと思う

    いも 女性 40代
  • 雪国パパ says:

    そもそも保育園や介護施設は大きな収益がでない構造になっています。どの産業も人手不足のなか、給与が上がっても人が集まる保証はありません。保育士は社会的にも必要とされる大変重要な仕事です。

    大変ですがやりがいもあります。課題は組織のマネジメントが上手く機能しない点と思います。園長や主幹など職責者の力量にも左右されます。かといってそこに問題を押し付けても解決しません。国はもっと現実の保育現場の構造的な課題に真摯に向き合う必要があると思います。

    雪国パパ 男性 40代
  • says:

    人の命を預かる仕事なのに、なぜこんなにお給料が安いのか。

    けがをさせないように、子どもの気持ちに寄り添えるように、理想的な保育をするには、人が足りないと思います。

    災害や不審者から守るのに、1歳児4人が限界なのではないのでしょうか。
    いざとなったら、自分が犠牲になるしか子どもたちを守れないよね、と先生たちは、その覚悟を持って働いています。

    今の時代に合わせた人員を、現場に入って考えて欲しいと心から願うばかりです。

    お金も大切ですが、人員を増やしてもらえたら、安いお給料でも子どもへの愛で、多少我慢もできるような気がします。

    み 女性 40代
  • ミンジー says:

    運営法人が利益を優先するあまり、保育士の処遇改善費まで他に流用しなければならないような自転車操業では、保育士のモチベーションが下がるのも当然だと思います。また、保育士などの現場でのストレスが児童への虐待につながる危険性があることを、保護者を含めた関係者全員が認識していく必要があると考えます。

    少なくても保育士を含めた運営側に子どもの人権に関する研修を積極的に行う必要があると考えます。研修は保育士の「休日に自費で行ってください」的な事業所のなんと多いことか…

    ミンジー 無回答 無回答

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