保育士の人件費10.7%アップ「もらえていない」が多いのはなぜ? 関係者が明かす複雑な給与事情/社労士編

 保育士の処遇改善のため、2024年度の公定価格が10.7%増額された。東京すくすくが2月に記事【保育士の人件費10.7%引き上げは始まっています 本当に給与に反映される? 園の収支「見える化」の効果は?】で紹介したところ、現役の保育士たちからコメントが多く寄せられた。「もらえていない」人がいることについて、4月に三原じゅん子大臣に質問した記事の反響には、「85万円もらえた」人がいる一方で、「給与に反映されていない」「配分が不平等」という意見も多かった。「3月末でやむをえず退職した元同僚が、園長の判断でもらえなかった」という九州地方の元保育士の話から、園の給与事情に迫った。
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園長と交渉した元同僚の保育士からのLINE(九州地方の元保育士提供、一部省略)

3月末で退職前に園長に直談判したが…

 九州地方で25年間、保育士として働いてきた田辺かおりさん(仮名、40代)は、昨秋、やりがいのあった園の現場を離れた。現在は、経験を生かして保育園を巡回するアドバイザーとして働く。辞めた園に残る保育士とは今もLINEグループでつながる。今年1月、「3月末で辞めたい」という30代の元同僚にこうアドバイスした。

 「24年度は10.7%の引き上げがあるみたいだから、もらえるまでがんばってみたら?」

 引き上げについて知らなかった元同僚は、勇気を出して園長に聞いたが、10.7%引き上げの政策について把握していないようだった。

 記者が自治体に問い合わせたところ、担当者は昨年末に「公定価格が10.7%引き上がる」という国の通知を、今年に入って「増額分は人件費にあてること」という通知を、各園長にメールで伝えていた。

 その後、元同僚が懇願すると、「(国の増額分が入る)5月になら払う」と承諾してくれた。ただ、3月末で辞める予定の元同僚に対しては、「5月までいるなら」と支払う気がない様子。結局、もらえないまま辞めてしまった。

 今回の10.7%は、人件費として支給するよう告示で縛りをつけている。園長は、どのような対応を取るべきなのか。

 4月の会見で三原じゅん子こども政策担当相に質問したところ、「令和6(2024)年度に保育園に勤務されており、3月末に退職する職員も対象になりうる」と言及した。ただ、こども家庭庁は、園に「賞与・一時金は5月に支給」「支給日に在籍していること」などの規定がある場合、支払われない可能性もあるとみる。

 3月末で辞めてしまった場合、まずは園を管轄する自治体に相談してみるのがよさそうだ。

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写真はイメージです。記事中の保育園とは関係ありません

職員全員が10.7%一律アップではない 

 今回の改定分を、すでに支払っている園はどのように対応したのか。5つの園を運営し、社労士として他の園の労務管理サービスなども手がける社会保険労務士法人ワーク・イノベーション代表の菊地加奈子さんを訪ねた。

ー国が推奨する3月末を過ぎても「もらえていない」という人が多いのはなぜでしょうか。

仮に「賞与として5月に払う」というケースが絶対にだめかというと、そうとも言い切れないです。賃金規定の中で、賞与の支給月が定められています。期末賞与、決算賞与を4月~5月に払うという規定があれば、それは問題ないということになります。

ー勤め先の園の給与規定を確認する必要があるということですね。

そうですね。今回の人事院勧告分のお金は各施設に入ってきて、配分方法は事業者に委ねられています。もちろん、恣意(しい)的な偏りは認められませんが、必ずみんな均等にもらえるものではありません。報道で見られる説明も誤解しやすいかもしれません。10.7%の賃金改善なので、「私は今30万円お給料もらっているから、3万円くらい賃金改善されるのね」と受け取ってしまっている方がたくさんいますが、そうとは限らないです。事業主は、職員に丁寧な説明をするべきです。

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公定価格引き上げについて実感を話す社労士の菊地加奈子さん。5つの園の運営も手掛けている

園長の裁量による配分方法に不満も

ーコメント(すくすくボイス)に集まった声の中には、以下のように配分方法に不満を抱える方が少なくありません。

「支払われるべき職員に満額支払われず、そうでない人に必要以上に支払われたりと…本当に理不尽な思いをしています」

「保育士ではなく事務で働いていますが、今回の処遇改善の分は多分、正規の保育士だけにこっそりと払われ、私のような事務やパート、調理の方にはまったくありませんでした」

ー菊地さんの運営する園では、どのような考え方にもとづいて支給されたのでしょうか。

私の運営する園では、事務員、調理員、パートさんも全て対象に配分しています。配分方法は人事評価を取り入れました。日ごろから、園長・同僚・自分による360度評価を昇格時などの参考にしています。今回の10.7%は支給額が大きいので、人事評価を加味することにしました。360度ではなく、管理職による評価です。それと基本給も考慮して、園長や主任など役職がある人ほど高くなる仕組みです。

私がかかわっている保育園では、「新卒の給料を上げたい」「若手の給料を手厚くしたい」と底上げしていました。うちと逆ですね。考え方はそれぞれかなと思います。

ー支給額は多い人でいくらでしょうか。

一番多い人で60万円です。

ー職員の中で、不満は聞かれないですか?

人事評価は本人にフィードバックをしていますし、みなさんから「ありがとうございます」とメッセージをいただいています。

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こども家庭庁を率いる三原じゅん子こども政策担当相

支給が遅い一因は事務作業の複雑さ

園長や事務職員から、給与支給の難しさについてのコメントも届いています。

「ややこしい計画書や報告書を毎回作成させられるのは苦痛です」

「何をもとにして10.7%なのか、複雑な計算をしないと出てこず、自分の園にいくら配分されるのかしっかり理解している園長は多くないと思います」

今回の改定分の計算はそんなに難しいのでしょうか。

すごく大変だと思います。10.7%引き上げで事業者に配分されるのは「この金額です」と通知をしてくれる自治体も多いのですが、いくらか分からなくてうやむやになってしまっている自治体もいくつかありました。

ーえっと、国の通知では、3月末までに保育士に支給できるよう園の事務負担を減らすため、市町村に対してこう呼びかけていますよね。「各施設に関する情報(月ごとの園児の数、加算の取得状況など)に基づき、改定の影響額を算定してすみやかにお知らせすること」。なのに、自治体が放棄しているということですか?

そうですね。これをやってくれない自治体はありました。例年、処遇改善費(保育士の手当)の年度末精算の確認を終えて、園に委託金が支給されるのは4~5月という自治体は多いと思います。計算シートをちゃんと持っている自治体は、その精算確認を待たずに概算で影響額をお知らせできると思います。

そうでない自治体は、公定価格の全ての単価が改定されているので、担当者もどこがどうなっているのか分からなくなっているのかもしれないです。私もいろんな自治体の職員さんとお話ししますが、彼らも2~3年で部署異動なので、支援が追いつかないケースがある。自治体の職員さんだけが責められる話ではないのかなと思います。

写真 地面に落書きする子ども

ー「市に問い合わせても、担当者が答えられないばかりか、『大きい声では言えないんですが、そこはうまいこと調整してもらうしかないですねぇ』という回答しかできない」というコメントもあったのですが、まさにこのことを指摘しているのですね…。

本当に多くの自治体であると思います。でもやっぱり職員は数年で代わってしまうので、来た年に仕組みを理解するのは非常に難しいと思います。そもそも今回の10.7%も、国の資料に計算式が入っていないので、独自にエクセルで推定金額を計算できる自治体の園は改定分の支給が早かったと思います。

自治体も園長も配分額が分からない

ーでは、取材に応じてくれた田辺さんの園のように、処遇改善の精算と自治体からの委託金支給を待ってから、「5月以降に支払う」という園は多いかもしれませんね。事業者もそういうことをきちんと職員に伝えてほしいです。「委託金が出るのは何月だから、一時金の支払時期はこれくらいになりそう」と。

分からない事業主さんもいるかもしれないですね。私も1日に何度も何度も説明することもあります。人事院勧告を踏まえて2023年度に5.2%引き上げられた時の分ですら、当時は大きな金額で、処遇改善につながったのか自治体による確認が追いついていないケースもあります。

ー2024年度の10.7%分だけでなく、23年度も増額分を払えていない園があるかもしれない、と。その場合、支給された大金は園にプールされているということでしょうか。

恐らく、費用としてかかっているのだと思います。そもそも国の配置基準に対してしか委託費が入ってこないので、基準より手厚く保育士を置いている場合とか、あまりよくないかもしれないですが、人材紹介会社にお金がかかる場合は、その費用に充てている園もあるのではないでしょうか。プールしているわけじゃなくて、人件費もかかって、なんだかよくわからないけどお金は残ってはいないということは、あるかもしれないと思います。

どうやら複雑な給与の計算に、自治体も事業者も戸惑っているらしい。菊地さんは取材中、たびたびつぶやいた。「誰が悪いのかなっていつも思います」

 後編は、菊地さんの話をもとに、自治体や園長、こども家庭庁の関係者を当たって、聞いた話を紹介します。

菊地加奈子(きくち・かなこ)

1977年生まれ。一般企業における人事に従事後、出産を機に専業主婦に。2010年、社会保険労務士事務所を開業。12年、第4子の出産を機に保育園を開園。保育分野の労務管理、親が働く環境整備の重要性を実感し、社労士事務所の主軸業務として専門強化。23年、一般社団法人 こどもの未来につながる働き方研究機構代表理事就任。こども家庭庁で「こども誰でも通園制度」の検討委員などを務める。1男5女の母。

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  • 匿名 says:

    はなさんの仰る通りです。

    高齢の園長は、子ども達のために頑張っている職員の事なんて見もしません。職員トイレや子ども達が日々使うホールや廊下玄関等の掃除や玩具の消毒は「職員全員でやる。そこは平等に」と言うけど、やったフリして当番表にチェックだけしたり「忘れてました〜」と平気で言う常勤保育士。

    ほんとにこの仕事が好きで責任持ってやってるのかと思います。勿論、園長はそういう事が当たり前になってる事は知りません。

    子どもと遊んだり絵本読んだり…確かに書類関係や記録物が多いのは分かりますが、うんちしてるのを見つけておいて「お願いしま〜す」と連れてきて一人引き受けると続々と頼ってきます。

    パートなので働く日数が少ないだけで、やってる内容は常勤保育士と同じです。世間から「保育士は子どもと遊ぶだけで給料もらえていいね」と言われても仕方ないと思います。その通りの保育士がたくさんいますから。

    自分が昼食で使ったコップさえも洗わず、パートに任せたり…保育士以前に社会人としてどうなのかと…そういう人が未来を担う子ども達を保育、指導、教育している事にゾッとする事があります。

    ほんとに閉鎖的な保育の世界。私が書き込んだ内容の園長や園の中身はどこにでもある事だと…きっと今後も変わらずずっとこんな調子で行くのだろうと諦めています。

    ただ、常勤保育士の三分の一の賃金で、不公平で理不尽で、もう「何もかも引き受ける都合いい先生」にはならないようにしようと思いました。

    匿名 女性 50代
  • はなちゃん says:

    私の会社(株式会社)も、10.7%の遡及分も、いまだ支払われていないし、会社からの説明も全くありません。

    行政からの入金は5月上旬ですが、7月以降になるとの社内の噂レベルの情報です。入金されたにも関わらず、1〜2ヶ月の間、会社の預金になるのは問題ないのでしょうか?

    はなちゃん 女性 50代
  • はな says:

    園長・管理職の方は底辺で保育を支えているパートは必要ないと思っているのでしょうか。管理職は人権教育を受けて育ってないのでしょうか。

    新年度になり正規職員は絵本を読むことだけで力仕事や雑用、掃除などはやりません。正規職員の給与はパートの3倍ですが。ずっとこの理不尽な保育士の労働環境が変わらないなら、この保育の世界に関わりたくないなと思います。関わるから怒りと悲しみがあるんだなと思っています。

    労働形態やキャリアアップ受講で格差を作り縦社会を作る保育の世界。本当に危険な世界です。

    はな 40代

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