保育士の人件費10.7%アップ「もらえていない」が多いのはなぜ? 関係者が明かす複雑な給与事情/園長編

(写真はイメージです)
改定額の周知ができていない自治体も
市区町村は、今回の人事院勧告に伴う引き上げにどう対応しているのか。こども家庭庁は、昨年12月の事務連絡で、各園の事務負担を減らすため、自治体が園に追加支給の見込み額をすみやかに伝えるよう求めている。
関東地方のある小さな町の役場では今、2024年度の委託費の最終確認に追われている。各園への支給は5月になる見込み。10.7%引き上げによる追加支給の見込み額は、提示していないという。理由を尋ねると、「いろんな園があるので、調整が大変で…」と後ろめたそうに話してくれた。各園が職員に改定分を支払うのは「5月以降になるのではないか」とみている。
九州地方のある市では、「3月末までに一時金を支払うために、取り急ぎ金額が知りたい場合は概算を出すのでお知らせください」と各園に通知したという。担当者は「人手不足もあって、全ての園の計算は追いつかない。希望する園にしぼらせてもらった」と話した。
都内のある区は、処遇改善費などを算出する計算シートで、見込み額もはじき出せるようにした。担当者は、「月ごとに園児の数が変わることもあるので、各施設によって計算しやすいようにした」と話す。

「処遇改善費の支給は本当に複雑です」と話す新島亮太さん(仮名)。都内の保育園で園長を務める
経理は素人、今でも「わけが分からない」
続いて、経営者側に今回の改定分の計算がどんなに大変かを聞くことができた。都内の私立認可園で園長として10年勤める新島亮太さん(仮名、40代)によると、区から公定価格が引き上げられると通知が来たのは1月初旬。処遇改善費の年度末精算のための計算シートが送られてきたのは3月に入ってからだった。それをもとに、処遇改善の未払い分を計算し、各職員への配分を考える。これらは2日もあればできるというが、「ここまで早くなってきたのは、ここ最近です。とにかく毎年、記入して提出すべき資料の内容が変わるんです」。
園長になりたての頃は、どう計算し、どのような基準で配分を決めればよいのか考えあぐねた。今でも、健康保険や厚生年金など給与から天引きする「法定福利費」の計算は、「わけが分からないと思いながらやっています。保育のプロではありますが、経理は素人なので簿記の資格を取るなどしない限り、すらすらできるようにはならない」。
新島さんが自身で計算したのは、あくまで処遇改善費の金額。ここからさらに、改定分の金額を算出する必要がある。区から、その金額の提示はなかったからだ。区の計算シートには改定分を出せるような項目はあったが、記入しても間違いがあり、法人本部から「改定分が反映されていない」と指摘された。ただ、3月は、精算の他にも書類業務が山積み。都独自の保育支援プログラムの申請や、誰でも通園制度の参画に関する書類、新年度のための業務など、事務手続きの提出期限が次々とやってくる。
結局、改定分は法人本部の経理担当者が概算した。職員への配分方法は新島さんに任され、「3月末までに支払うためには時間がなかったので、役職ごとに差を付けず、栄養士や事務員を含む常勤の職員で平等に分けました」。なんとか月末ぎりぎりに区からの支給を待たず、法人が立て替える形で支払えたという。

「保育士の口座に直接振り込んでほしい」という願いが保育士や園長からも寄せられた
ただ、経営側の立場として悩みもある。今回は非常勤の職員に支払いはできなかったが、「現場は非常勤の保育補助さんに支えられ、彼らがいないと回らない日もある。ただ、経営面だけを考えると、保育士資格のある人の配置で園への委託費が決まるので、あくまで保育士のためのお金とせざるをえない…」。
新島さんは、人事院勧告によって公定価格が引き上げられても、「保育士にきちんと行き渡っていない」というコメントが多いことについて、強い危機感を抱いている。「私の勤める法人は透明性が高いので、3月末までになんとか支払うぞと動いてくれた。ただ、上層部に『私腹を肥やそう』という考えがある園では、国から実績報告が求められていてもあくまで自己申告なので、上層部の取り分を多くして、わずかな残りを保育士に分配するようなことができてしまう余地がある」
「記事のコメントで、『直接、保育士の口座に振り込んでほしい』という切実な声が多いのもよく分かります。処遇改善のために税金が使われているのに、今の仕組みのままでは現場で保育士が低賃金で苦しむ構図は永遠に変わらない」
こども家庭庁の担当者は、各園に求めている実績報告書に実際の配分と異なる内容が書かれている場合は、「自治体の監査で明らかになるはず」と話す。丁寧に監査をする自治体であれば、加算の実績報告書を確認する際に職員の給与明細まで見るところもあるとして、「間違いがないか、丁寧にチェックしてほしい」と呼びかける。「いずれは、施設全体で人件費が10.7%引き上がっているかどうか、調査をしていきたい」
なるほど!
グッときた
もやもや...
もっと
知りたい
<『直接、保育士の口座に振り込んでほしい』という切実な声が多い>とのことですが、むしろ経営者のほうがそうしてくれると本当に助かります。
国や自治体が保育士に直接支給してくれれば、ややこしい計算をする必要は無いし、人件費のやり繰りで頭を悩ますこともありません。社会保険料や所得税の徴収の件がネックになりそうですが、何とかできないものかと思います。