〈坂本美雨さんの子育て日記〉87・父の音が娘の体のどこかに染み込んでいたら…

(2025年3月12日付 東京新聞朝刊)
写真

父・坂本龍一のインスタレーション作品を展示中の東京都現代美術館を娘と訪ねた

坂本美雨さんの子育て日記

繰り返される家族の会話

 娘が生まれた日、生まれたばかりの赤ん坊の写真を父に送ると、「将来は指揮者だな!」とメッセージが返ってきた。写真の娘は目を閉じたまま顔の前で手の指を広げていて、たしかにオーケストラ指揮者が曲に入り込んでいるような様子に見えなくもない。…ただの親ばか、じじばかなのだけれど(笑)。

 そんなことはすっかり忘れていたが、娘は近頃学校の音楽の時間で指揮に興味を持ったらしい。はやりの歌を流してはやたらと「これ何拍子?」と聞いてくる。うちの母親も、わたしが小さい頃、「これ何拍子?」と聞いてきたことを思い出す。抜き打ちテスト的に突然聞いてくるので、反射的に答えられなければいけない、となぜか思っていて、ジャズや民族音楽などの変拍子のものを言い当てるとやたらとうれしかったし、母も満足げにしていた気がする。知らず知らずのうちに同じような会話が繰り返されているのだから不思議なものだ。

「この子とたくさん…」

 せっかく指揮に興味を持ったのだからと、父が10年前に指揮したオーケストラコンサートのドキュメンタリー映画が上映されているのを娘と2人で見に行った。スクリーンの中の父はまだがっしりとしてエネルギーに満ちていて、時にピアノを弾きながらいきいきと大人数のオーケストラをまとめ上げていた。さまざまな楽器がひとつになって父の曲を奏でる様子は1匹の生き物のようで、海を悠々と泳ぐ大きな鯨のようにも見えた。

 演奏があまりに素晴らしく、そして父も心の底から楽しそうで、感極まっては娘に背中をさすってもらい、まるで自分が小さな子どもになってしまったようだった。途中でそっと横を盗み見ると、娘は演奏に合わせて小さく指揮の動きをしていて、寝てしまうかと思ったけれど思いがけず集中して見ていた。父が孫に直接音楽を教えることはなかったし、娘が彼の演奏を見たのも数回だけだけれど、彼女の体のどこかに父の音が染み込んでいたらいいなと思う。

 そして、映像を見ながら、急に「この子とたくさん映画を見たり音楽やったりけんかしたり、とことん話したりしよう」ということがはっきりと迫ってきた。習い事とか塾とかは周りほどやれないかもしれないけど、うちはそれでいい。限りある時間とお金を何に費やしていこうか、という、最近延々と迷っていたテーマに、急に光がさしたのだった、父の姿を見ていたら。ポン、と肩をたたかれた気がした。いいんだよそれで!と。

坂本美雨(さかもと・みう)

 ミュージシャン。2015年生まれの長女を育てる。SNSでも娘との暮らしをつづる。

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  • ayamahomama says:

    記事を拝読させていただき、暖かく優しい気持ちになり、涙ぐんでしまいました。美雨さんにもお嬢様にも坂本教授の「音」は染み込んでいると思います。DNAってちゃんと受け継がれ備わっていてタイミング良く発現するものなんですね。

    子育てってモデルプランなんてなくて、我が子と向き合いながら一緒に悩んだり迷ったりしているうちに、子どもたちはいつの間にか大人になり独り立ちし、同時に自分も成長している、私の場合はそうでした。

    最近行ったコンサートでゲスト出演の美雨さんを何度かお見かけし、ご両親のイイとこ取りで本当に素敵な方だと思いました。仰るとおり、お嬢様と向き合い、いろんな経験をして、美雨さんが思う子育てを日々積み重ねていけたら良いのかなと思います。

    ayamahomama 女性 50代

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