自分と同じ、児童養護施設出身の若者8人と製作 サヘル・ローズさんが初監督映画「花束」に込めた思い
映画「花束」は、自らと同じ児童養護施設出身の若者8人に「表現をすることで自分の生い立ちと向き合う体験をしてほしい」と7年がかりで真摯に製作に取り組んだ。子どもたちに伝えたいのは自らを愛し、困難を乗り越える方法。どの作品にも「アナタはこの世界に必要な人」というメッセージ、そして「自分と違う他者のことを知ってほしい」という願いが込められている。
映画「花束」
児童養護施設で育った8人の若者たちが、実際に体験したことを語ったり演じたりする実験的映画。幼少期や思春期につらい体験をした彼らが、施設で過ごした記憶をたどり、過去の経験や思いをカメラの前で語り、表現する。エグゼクティブプロデューサーは岩井俊二さん。音楽はSUGIZOさん。特別出演に佐藤浩市さんなど。
「児童養護施設出身=かわいそう」ではなく
-2024年は児童養護施設で育った8人の若者が登場する初監督映画「花束」を公開しました。作品を製作した経緯を教えてください。
私が生い立ちを踏まえて紹介される時に「児童養護施設出身のサヘル・ローズ」という説明が一種の「タグ付け」のように添えられることがあります。私は覚悟の下に活動しているのでまだ良いのですが、施設出身とレッテルを貼られたりマイナスに見られたりすることも少なくなかった。私自身「サヘル・ローズ」という人生を背負うのはすごく苦しくて。でも俳優として表現をしている時だけ、「サヘル・ローズ」ではない人間として生きている実感がありました。
普段の自分だったら受け止められないし、解決できないことが山ほどあるのですが、歌うにしても、本を書くにしても、役者にしても、監督にしても、生い立ちに由来する表現って強いなと思います。その表現をしている時だけメンタルケアができていることに気づいたんです。おこがましいかもしれませんが、表現をすることで自分の生い立ちと向き合うという体験を、当事者にもしてほしいと思ったのが製作のきっかけです。
-映画では、どんなことを伝えたかったのですか?
今って、多様性や多文化共生という言葉があふれ、いろんな人を受け入れようと社会が訴えている時代なのに、現実は社会で取り残されている人、こぼれ落ちる人だらけ。
私のような中東出身者は、演技する中でテロリストや死体役を当てられることも多かった。中東イコールそうした配役。日本の表現の問題点だと思いました。異国から来た人が何か悪いことをしたら、そうではない人の方が圧倒的に多いのに、ヘイトがどんどん生まれていく。全てを変えることはできませんが、少しでも背景を知ってもらうことで1000人中1人でも意識が変わってくれたらと願っています。
社会的養護と一口に言っても、実親と暮らせない子にもいろいろな背景があります。この映画に出る8人にはそれぞれの人生がある。施設イコール悪いではなくて、施設で楽しかったこと、施設があったから生き延びられたこと、血のつながりが彼らを生かしてくれたわけではないことを、「かわいそう」ではない伝え方で知ってもらいたかったんです。
悩んだ どの言葉を残し、どの言葉を削るか
-撮影や編集の過程で苦労したことは。
生い立ちにいろいろな傷や闇を抱えている彼らのインタビューシーンを撮るのが難しかったです。残酷な言葉や経験を振り返ってもらう中で、彼らが将来この映画を嫌いになるのではでなく、胸を張ってこの映画とともに生きていくためには、どの言葉を残し、どの言葉を削るべきか。
「あんなこと話さなければよかった」と後悔しても、一度人前で話したことはずっと残ってしまう。自分や誰かを守ろうとして発した言葉が、後の自分を苦しめることもある。私自身、過去に自分が語った内容に苦しみながら生きてきました。8人の人生を預かった責任として、そのさじ加減にすごく気を使いました。
製作する中でうれしかったのは、彼らの瞳に私が映っていたこと。私は「自分に居場所がない」「誰の目にも自分が映っていない」と感じながら生きてきました。自分と同じ思いをしているだろう彼らに居場所をつくりたい、というのが映画製作のきっかけでしたが、私自身が一番自分の居場所をつくろうとしていたことにも気づきました。
-「花束」は各地で自主上映が広がります。映画で特に伝えたいことは。
今だとクラウドファンディングという方法もありますが、「彼らがかわいそうだからお金が集まった」という形は避けたかったですし、寄付や助成金は今、切実に支援を必要としている人の元に行ってほしい。協賛という形にこだわって資金を集めたのは、企業を巻き込みたかったからです。
社会的養護を巣立った人たちの多くは、企業の中で働いていきます。その中で、うまくなじめなかったり、仕事を辞めていったりすることもあります。その時に「ほら、やっぱり施設出身の子は続かない」「コミュニケーションがうまくない」という残酷な言葉が発せられるのをたくさん聞いてきました。社会の中に、会社や同僚の中に、「そうではない」という視点と理解のある人を増やしたい。そう考えて、企業を巻き込んでの自主上映につなげています。
今の子どもたちは、たとえ親が2人いて家庭が豊かだとしても、心の中で飢えていたり、孤独を感じたりしています。そうした社会の中で、社会的養護の経験者かどうかは関係なく、大人も子どもも全ての人に伝えたいのは、自分をまず本当に愛してほしいということ。大人が幸せになってくれたら子どもも幸せになれるので、大人が救われる社会であってほしいです。
戦争、貧困、難民… 手紙のように伝えたい
-自分を愛して、未来を切り開く生き方のヒントとして、年末には10代向けに優しい語り口で伝える著書「これから大人になるアナタに伝えたい10のこと 自分を愛し、困難を乗りこえる力」(童心社)も出版されました。
戦争や貧困、難民問題など、目の前で起きていることを大きな規模ではなく、「自分だったらどうだろうな」と、自分や身近なことに置き換えられるような範囲で物事を伝えたかったんです。読んでいる人が自分に向けられた手紙だと思って読んでほしかったので、話しかけるように書くことを心がけました。
-力を入れる難民キャンプでの活動から、現地の子どもたちから託された絵や手紙を題材にした絵本「Dear 16とおりのへいわへのちかい」(イマジネイション・プラス)も刊行されました。
目の前で母親を亡くした子や、戦地に行った兵士の父を待つ子の絵や手紙で構成しました。彼らが共通して発するのは「自分たちは生きられないかもしれないけど、代わりに生きてね」というメッセージです。「ただただ今生きている命、生きられている人へ。生きるって残酷だけど、もし生きていてくれたら『ありがとう』の気持ちだし、あなたの命は誰かの分まで生きているんだよ」というメッセージを日本の人に伝えたいです。
-各地で紛争がやまない状況をどう受け止めていますか。
あまり報道されませんが、ウクライナやガザだけではありません。2024年にミャンマーから逃れた少数民族ロヒンギャや、ウガンダにある難民居住地を訪ねました。ウガンダでは、約2400人の虐殺孤児が、1週間をたった100グラムの小豆を食べて生きています。
今、世界はどんどん平和から遠のいてしまって、居場所を失い、親を奪われ、祖国を追われた子どもたちに憎しみの感情だけが植え付けられていきます。イスラエルとハマスのガザ停戦合意は発効しましたが、「ハマスを壊滅させる」とガザを侵攻したイスラエルこそが新たなハマスの芽を育ててしまったのです。
私が少年兵やテロリストにならなかったのは
-ご自身もイラン・イラク戦争を生き延びました。
一人の戦争孤児として、この負の連鎖、憎しみの連鎖に絶対に気持ちを染まらせてはいけないと思って生きてきました。憎しみの感情を持ってしまったら、次の戦争に私自身が加担することにつながるからです。私が武器を持たず、少年兵やテロリストにならなかったのは、ペンを握らせ教育を受けさせてくれた人がいたから。生き延びた当事者として、戦争の怖さ、戦争の引き金を引く恐ろしさを伝える責任があります。
日本の子どもたちは夢を語るとき、「大人になったら」と言いますが、私が出会った難民の子どもたちは「大人になれたら」と言います。戦争を知らないことがどれほどありがたいことか。でも、知らないことと、知ろうとしないこと・無関心であることは違います。世界で何が起きているか、目を背けないで知ってほしいと思います。戦乱の中を生き延びた子どもたちに報復のスイッチを押させないために、私たちに何ができるかが問われています。
-各地で紛争が続く中、私たちにできることは。
インターネットの使い方によっては自分に興味のない情報が遮断されるので、世界規模で起きていることが分かりづらくなっています。手元の小さなスマートフォンでいろいろ知った気になったり、誰かが切り取ったところが(Xで)リポストされるのを見て安易に信じたりしてしまう。
メディアにはさまざまな情報の発信の仕方があります。人間が作っている時点でパーフェクトな発信者はいません。正解も分からない。でも、私たち情報の受け手が偏ってはいけません。どれも程よく見て、最終ジャッジは自分がします。
そのために、「毎日15分間、世界を旅しよう」と呼びかけています。世界を知るために動いてほしい。ドキュメンタリー番組や新聞もその助けになります。同じテーマでも、いろいろな媒体を読んで、見てほしい。全然違うから。情報の作り手を非難するばかりではなく、私たち情報の受け手が、いろいろな視点から広く情報を取得する力を身に付ける必要があります。
映画「花束」も絵本「Dear」も自分と違う他者のことを知ってほしいという思いも込めてつくりました。考え方が違っても共存はでき、知ることで歩み寄ることができます。分断ではなく共存を探るために、私たち一人一人が動いていきませんか。
サヘル・ローズ
1985年、イラン生まれ。7歳までイランの孤児院で過ごし、8歳で養母とともに来日。日本を拠点に活動し、主演映画「冷たい床」(2017年、日本)でイタリア・ミラノ国際映画祭にて最優秀主演女優賞を受賞。国内外で支援活動を続け、20年にはアメリカで人権活動家賞を受賞。24年、児童養護施設で育った8人の若者が登場する初監督映画「花束」を公開。「花束」は全国で上映中。1月25~31日は正午から、ケイズシネマ(東京都新宿区)で上映予定。
<児童養護施設について知りたい人は…>
◆児童養護施設の子どもたちに4年間かけ密着した映画「大きな家」 企画・プロデュースの齊藤工さん、監督の竹林亮さんに聞く 「お守りになるような作品に」
◆【虐待防止月間・上】児童養護施設の職員は「心の家族」 社会活動家・山本昌子さんが引き継ぐ愛のバトン
◆【虐待防止月間・下】「私には実家がいっぱいある」 15年間の虐待に耐え、里親を選んだ私が思うこと
<戦争と平和について取り上げた本を読みたい人は…>
なるほど!
グッときた
もやもや...
もっと
知りたい